竹林の小道
お題みっつ
竹林の小道の奥に古びた屋敷に通う猫がひたと歩みを止めた。
にゃあんと間延びした鳴き声に竹と違うしげみが動く。ボロ布を巻いた腕が猫を無雑作さに捕らえる。
「化け猫がなんのようね」
布切れよりはマシだと言える程度の着物は薄汚れた萌葱色。片袖は裂け落ち、片袖は広がらないように絞られて、あまり見目好いとは言えない。
掴まれた猫は身じろぎせず、立ち上がり、ついでとばかりに葉屑砂埃を払い落とす。
竹に鞘があたりジジッと低い音を響かせた。
「あの、剣士さま。その、あの」
「おや、べっぴんさんやな。なんのようね。あとワテはサムライでも剣士でもあらへん。ただ行き倒れかけた坊主やねん」
腹減ったぁと猫を抱えつつ蹲る人物に新たに増えた人物は引きつったぎこちない笑みをつくる。
「お坊さまでしたか。失礼致しました。私は少し先の屋敷で書生をしておりますシノと申します。その猫は先生が可愛がっている猫でして」
「ワテはモエギ。名は体を表すゆーやろ」
ほれと強調する着物は深い緑ということはわかるが薄汚れっぷりは元の色目を不明のものに変えていた。
「うちの先生は物珍しい話を好みます。よろしければおよりいただけますか。お茶とお湯を如何でしょうか?」
「お、おおきに。たすかるわぁ」
「モエギさん?」
柱にもたれ目を閉じていたモエギが弾かれたように目を開け蓮華の散る裾ににひゃりと相好を崩す。
「夢や、夢を見とったんよ。シノと会った日のな!」
「モエギさんと出会ったあの日は確か、雨上がりで皆元気な朝でしたね」
思い出しているのかすっと落とされた視線を受けとめたモエギは乱雑な動きで頭を掻き思い出を語る。
「湯ぅ使わせてもろーて朝餉に洗濯、繕いまで世話になったのーってな」
「そうでしたね。朝餉の支度がととっておりますのでこちらへ」
「おう。朝餉朝餉」
立ち上がり清潔に洗われてはいるがボロけた着物を払う。
竹林の小道での出会いはもはや数年前のこと。旅を続けるモエギは時おりシノが師事する先生のもとに通ってくるようになっていた。
「おはようございます。御坊。祓いの話、余所の話を此度もお願いします」
朝餉の席でシノの給仕で館の主人に旅の怪異を遠き地の生活をモエギは語る。
「どこぞ行くん?」
勝手口で高下駄に足を落とすシノにモエギが問う。
「竜宮まで先生のお使いに。夕餉も召し上がるのでしょう? なにがよろしい?」
「いや、町に出るさかい、夕餉は気にせんでええよ」
「淋しいですね」
「まだこの辺にはおるけどな」
コンと高下駄の歯が土間を叩く音。にゃーんと猫がシノの肩に跳びつきまとわりつく。
猫を抱き、一人竹林の小道を行く。
「なんと表現したらいいのでしょうね。モエギさんといると胸が苦しくて、ゆくとおっしゃるだけで目頭が熱くなるんですよ」
なぁんと猫は鳴くばかり。竹は風に揺すられざわめくばかり。
「もし、これが恋というものなら、きっと偽りの恋でしょう。本当の恋は心傷つかずにはいられないと聞きますから」
ふっとシノは息を吐く。
「彼の方は根付かぬ華人のお坊さま。私に根付いて欲しいなどと言えはしない……。いまいち台詞回しとしては野暮ったいですね。これではまた先生を困らせてしまいそうです」
(ねぇ、どうして君は帰って来ないの)
竹林のざわめきに声が混じったように聞こえたシノは緑に切り取られた空を仰ぐ。
「私はあくまで人間なのです。あなた方と生きる時間が違う。私は臆病です。恋も愛もしたくはない。恋を自覚しなければ、その方がいいのです」
シノは頬に感じる毛並みに寄り添って笑む。
「偽りの恋よ、どうか最後まで優しいままで。呪文としては素敵だけど、もう、心が痛い」
お題【(ねぇ、どうして君は帰って来ないの)/偽りの恋よ、どうか最後まで優しいままで。/君と出会ったあの日は確か、】
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華人族の僧で、関西弁お調子者。 茶色の一重で、黒色短髪真ん中分。萌葱色の横縞の片袖着物を着、天叢雲剣を装備。一人で、町によく現れる
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モエギ
人間の書生で、涙もろい。 紫色の目で、青系短髪。菫色の蓮華柄の着物を着、高下駄を履いている。猫を連れ、竜宮城によく現れる
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シノ




