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自縄遊戯  作者: とにあ
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兄として、友として

前話兄視点

 七歳の資質診断の時私の手には小さなぬいぐるみが残っていた。

 同じ年同じ月階級差はあれど同じ王宮生まれである彼は笑っていた。

 なにひとつ手にすることなく。

「よほど、よい資質を認められたのかい?」

 同じ月生まれのため、これまでも同席することは多い相手だった。そっと小さなぬいぐるみを後ろ手に隠し尋ねた。

「聞いてくれ。チェイト!」

 パッとうれしげに両手を広げて笑っている王子に私は苛立ちを感じた。

「オレが魔王に選ばれたんだ!」

 誇らしげに私の背をパシパシと叩く。

 ひどく表情を見せろと思うけれど、同時に見るのがこわくてしかたない。

「安全な城壁の外に追放されるんだぞ?」

 なにを喜んでいるんだ? ようやく出せた言葉は掠れていただろう。

「そう。オレが追放されるんだ。兄弟じゃなくオレが!」

 王子は嬉しそうに笑いながら、グッと私の肩を押しやった。

「だから、うん。もし弟が、もしくは妹が選ばれたら手を貸してやってくれ。本当にチェイトでもなくて良かった」

 私におまえを殺せと?

「断る」

「ひどいな。友達だろう?」

 その言葉、そっくり返すよ。

 その日から、私の友達である王子の存在は最初からいなかったかのように抹消された。



 私の力は『なにもない』からの『ぬいぐるみ創造』で母がひどくがっかりして能力の開示を禁じられた。生み出されるものがただひたすらにぬいぐるみなのだからしかたない。貴族の子息として自慢できる能力ではないのだから。

 母はひとつ下の妹と四つ下の弟に期待を移している。

 どちらかが優れた能力を持っているならば私は居ないことにされるだろう。その後は追放か幽閉か。ああ、病死もありうるか。母なら迷わないだろう。

 私は生きる技能を身につけなければならない。

 戦力を、知識を。

 いつか友人に再会する日のためにも。

 あの泣いているような笑顔が忘れられない。

 笑う父の妾、妹の母が私に手を伸ばして「かわいそうね」と毒を注ぐ。魅了の資質を持ち父の妾として幽閉された毒婦。父は母に義務をもって、妹の母に執着をもって狂っていく。私はかわいそうではない。そんな哀れまれる弱さは捨ててしまいたい。

 はじめから狂った家の中で、私は存外王子という友人に依存していたのだろう。それはかわいそうな弱さなのだろうか?


 妹の力は金属の塊を生み出すことだった。

 ある意味私と同じだ。

「せめて逆ならば」

 母は不満そうだった。でも、母は妹の力がその母親譲りの魅了でなかったことに胸をなでおろしていたのを知っている。

 人並み以上に情報を頭に詰め込み、武術の修練にかまける。

 弟が資質診断を受けた時、私と妹は家から捨てられた。

 四年の猶予が私にはありがたかった。

 それでも、母に本当に捨てられるとは信じたくはなかった。母を裏切った気分で準備した準備品の数々。妹が、私の指を握って怒っていた。母に。

 私を捨てたと私の分も怒っていた。

 いまいち残念な妹に救われる日がくるとは思っていなかった。

 私に捨てられる可能性を思いつきもしないまま、私の指を握って私のために怒っている。

 父も母も私という個人を見ないのに。

 家名を捨てさせられた私と妹は斡旋所に登録する。日雇い仕事や採集狩猟納品をすることで納税を受け付けてくれるのだ。納税していれば、万が一の危険時に城壁の中に避難する事もできる。

 そのまま城壁外に住処を用意した。誰のものとも知れない古い狩猟小屋。

 妹はもしかしたら素材街でどうにかやっていけるかもしれない。だけど、私が妹の温もりに依存した。

「お兄様。こっちです。こっちで寝ましょう!」

 金属のドアがスライドし、狭いが小綺麗な寝室がそこにはあった。

「きゃんぴんぐかーなら使えますよねー」

 妹は嬉しそうに笑う。

 きゃんぴんぐかーってなんだい。妹よ。

「きゃー。こっちはシャワー室〜」

 シャワー室ってなんだい。妹よ。

 はしゃぐ妹を見ながらこじんまりとしたベッドに腰をかける。ふかふかだった。

 しかもガラスのはまった窓がある。

 とても快適だった。

 なぜかなにかが理不尽だと感じる。

 翌日は妹に頼まれてきゃんぴんぐかーを土の下に埋めた。妹はその上に向きを変えてもう一台同じようなきゃんぴんぐかーを出した。それも埋めた。もちろん出入り口はあるのでベッドルームは使える。狩猟小屋をその上から偽装するように組み直した。まぁ、夜は快適に眠れたから体力的に問題はなかった。台所に慣れるのが少しだけ大変だったが慣れると戻れなかった。

 このオーブンレンジってすごく時間を短くする。ちょっとこわかったがこの圧力鍋も。

 妹よ。建築業に弟子入りしたらかなり有能だったのでは?

 妹の力は確かに少し異端だと思えた。それでも、私より母に認められる能力だったのではないだろうか?

 壁を叩けば灯りがつくし天井も金属で雨漏りはしないし、すごく便利だ。

 城壁の外の生活にしていた覚悟がすかっと抜けた日々だった。

 薬草を摘み小型の魔物を狩り薪を集めて城壁内に運び込む。

 作ることができる素材街があるといってもなにかと素材は求められるのだ。人が生み出すものと外で育った素材は質が異なるという話だった。

 私も妹も思う存分能力を発揮した。

 私の生み出すぬいぐるみは見方を変えれば布と綿。役に立たないはずもない。ぶかぶかの服も少しつめれば使えるものだしね。妹にはかわいい格好をさせたかった。

 そんなある日、妹が彼を連れてきた。

 彼はあいかわらず笑っていた。

「どうして魔王を歓待するかなぁ!」

 あまり身綺麗とは言えない彼を妹はまずシャワー室に放り込んだ。私は着替えや櫛を用意する。

 それと食事。

「トラックぶつけたのにぴんぴんしてるの。お兄様、あの人いろいろおかしいです」

 ふくれる妹を見ながらおまえも大概おかしいよとは言えなかった。

 あとで見せられたとらっくとやらは大きい金属の塊だった。

「今まででおまえが一番手ごたえのある勇者だぞ?」

 誇れ。とばかりに笑う魔王に妹は舌を出す。

「勇者じゃありませんー」

 いつまでも続かないとは知っていた。

 弟が、彼の弟と私の弟が彼を討ち取り、私は空虚感と安堵を感じていた。

 平和が維持されたことに、妹が弟が生き延びたことに、そして自分が生きていることに私は安堵したのだ。

 そうなることが正しいと彼自身が語っていたのだ。おそらく彼は喜びの中滅んだのだ。そうでないはずがなかった。そうでなければいけないと私は自分を騙していた。


 妹は許さなかった。

 世界の平和は彼を代償とするには釣り合わないと怒り狂った。

 彼自身が守りたかったものをすべて壊す勢いで。

 もちろん妹はそれが正しくないと知っていた。

 友達だと思っていた恋心が彼女を壊した。

 できることはとめることだけ。

 君は抵抗などしなかった。

 我らが友の元に行くことを受け入れて剣を振り上げている私を見つめていた。


 私はどこまでも誰に対しても無力な存在だった。


 私はどちらも、誰もとめることも守ることもできない。


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