ぬいぬいチャーム売りの少女は破滅する
使用お題ふたつ
「今週もよろしくお願いします」
なじみの販売店にてのひらサイズのぬいぐるみ。お守り(チャーム)を付けて女の子に大人気の『ぬいぬいチャーム』を籠いっぱい届ける。その数は籠いっぱいで十五個くらい。
「もう少し数を増やせないかしら?」
店長さんが先週の売り上げを差し出しながら交渉してくる。
かさばるぬいぐるみを運ぶのは大変だからと私はそっと苦笑いを見せる。帰りには素材も買って帰るのだから制作時間と運搬時間と日常生活を合わせて売り物をひと籠が週に精一杯であると主張している。
「城壁内に暮らせば少しは増やせないかしら?」
「お家賃が……」
今、城壁都市内でぬいぬいチャームは流行っているけれどいつまで人気が続くかもわからないことだし、流行れば類似品も出回っていくだろうという予想は簡単につく。今、売り上げがいいからといってこれからもそうとは限らないし、万が一の時に本当に助けてくれるかどうかもわからないのは困るのだ。あまり、納品の増量や居住について意見されるのなら今後は違う店に卸すことになるだろう。
そんな私のためらいを察知したのか店長さんが「仕方ないわね」と笑って「また来週」と送り出してくれた。
ぬいぬいチャームを引き渡して軽くなった籠の中には端切れや可愛いボタンがそっとひと塊り入れられていた。基本的にいい人なのだ。
素材街に寄って流行りらしい柄や色をチェックし少量購入する。今週の売り上げのほんの一部しか使わない。
鉢金や小手、砥石とロングソード。兄から頼まれているメモをチェックしていく。背負う荷物がぐっと肩に痛みを与えるのが難点だけど、問題なく買い揃える。私と兄は城壁の外に住んでいるので装備の充実は死活問題だから。
城壁都市に住む住人の大半は城壁内で生まれ城壁の外を知ることなく寿命まで生きる。
それは素材街でありとあらゆる素材が手に入るから。
金属も食材も建材も。戦力も。
食材を召喚できる力を持つ者。金属を精製する力を持つ者。四大属性を操る力を持つ者。力のある幻獣を呼び出す力を持つ者とあらゆる力を持つ者たちが城壁内に暮らしていた。城壁の外の蛮行の地に出ていくのはモノ好きや有益な力を持たない下層者のみとみなされている。それがここの常識。店長が城壁内で暮らすように勧めてくれたのもその関係もあるのだろうと思っている。
そんな城壁都市に貴族として生まれた私と兄は無能者として貴族籍から排斥されて城壁外に住んでいた。
ところで、私には数年前に目覚めた前世の記憶があったりしたりします。
特に日付けを入れもせず、誰にも見られない日記を綴ることにして早数年。
前世の情報と、現世の情報を見比べているとどっちもどっちだなぁとあたりまえの感情を抱きます。
前世では魔法はなく科学技術の恩恵をそこそこ受けることが可能だった無能人でしたし、魔法のある根性において私が与えられた能力はただ単に『金属を発現させる(混ざりもの多し)』力とみなされ、中の下扱いです。
実はめちゃくちゃ役立つ能力だったんですが、活用の実用化がなかなか受け入れられない系能力でした。
おかしいですよね。
私、天使様を召喚しようとして必死に素材集めて、やり方調べて実行したはずなんですけど、なんで魔法のある世界にいきなり転生してたんでしょうかね。
おかしいですよね?
魔法が使えるはずの世界なのに、私はファンタジックな魔法は一切使えないんですよ?
三つ年下の弟は四大属性魔法に幻獣召喚までできるというのにズルくないですか?
弟がそんな能力を持っていたからこそ私と兄はお母様のご意志によって捨てられたんですけどね!
妾腹の私だけじゃなく実子でもある私のひとつ上のお兄様まで一緒に捨てるだなんておかしいでしょう!
怒り狂う私に、お兄様は優しく笑って手際よく平民生活の準備をなさいました。いろいろおかしいでしょうお兄様。
「残念だわ」
お母様がそう言い捨てて去っていく。
十歳の私とひとつ上の兄は言葉もなくその後ろ姿をただ見送った。
「いやな夢」
ふんわり滑らかな布を楽しみながら目を開け体を起こす。乙女チックな甘いパステル色の部屋に少し眉を寄せる。
「朝ごはんできてるよー」
階下から朗らかな兄の声。
「はーい」
サッと着替えて梯子を降りる。
深緑の長めの髪を束ねた兄がにこりと笑う。
野草の煮込みを卵で炒めた物をパンに挟んだものとスープだ。
私と兄は城壁の外に住んでいて、森の魔物退治や野草鉱石薪を売ることで生計を立てていた。
当時、十歳と十一歳の子供が市民権を買えるほどの才覚と予算がなかったせいということになっている。
十一歳に過ぎなかったはずの兄が家を出されてすぐに行ったのが目立たない服の購入と着替え。着替えてから職業斡旋所に私と兄自身を労働者登録することだった。
斡旋される仕事をこなして収入を得ることで門の通行権と人頭税を払う為に。
城壁の外に出なければ稼ぐことができない者はどうしても無能な者として蔑まれる傾向があるが、兄は気にした風もなかった。むしろ城壁内に住んで知り合いに会うようなことがあるほうが嫌なようだった。そうでなければ、ろくな魔法を使うことができないとはいえ、頭も良く、腕もたち人あたりも良い兄が城壁内で生活できないはずもないのだ。
下手な大人に目をつけられた日にはストリートチルドレンへと一気に転落することもあり得たけれど。ああ、兄がいたからそうはならなかったんだなと思う。
「ウィンが昨日買ってきてくれた生地かわいいよね」
楽しそうな兄の声にいやな予感がした。
「作っちゃった」
語尾にハートマークをつけていそうな軽い口調でドン、っと出してきたのは頭のてっぺんが私の腰あたりにくるくらいのクマのぬいぐるみ(かわいいドレス着用)だ。
「このマントの柄に採用してみたんだけど、なかなか悪くないでしょ?」
見て見てと嬉しそうな兄を見ていると私もうれしくなる。
だがしかし、だがしかしである。
「おにーちゃん、置き場、どうするの?」
でかい、のである。
「あ」
売りに行くにもこれを抱えて門をこえるのは重いし、恥ずかしい。
「えっと、コレクトボックスを使おう!」
コレクトボックスというのは大きいものをコンパクトにしまうための便利魔法具だ。兄が貴族時代に入手していた虎の子財産である。入る数は十個。遠征の時に非常食を入れたりするのが元々の使用法だ。
「売りに行っていい?」
少し躊躇った兄は渋々と頷いた。
「嫁に出してもいい十体を選ぶよ」
十体を選ぶよ?
いつの間に十体以上増やしているの。お兄様。
「ボックスを使う時は気をつけて」
コレクトボックスは希少価値がありいわゆるヒト財産なのだ。
私は昨日と違う店にコレクトボックスを持って突撃する。
「あら。久しぶりね」
裏口をノックすればちょび髭の紳士が私をすっと奥に招き入れる。
人間並みの大きさを持つぬいぐるみを買ってくれる店はどうしても限られるのだ。需要がそこまであるとも思えないし、一般人は部屋のスペースが許さない。
ボックスから出てくるうさぎやクマ擬人化ライオンに店主が『きゃー』と野太い黄色い声を飛ばす。『かわいいわ。癒しだわ。さわり心地もさいこーだわ』とあっちこっち触り倒している。
「素敵なお嫁入り先を見つけてくださいね」
ちょっと引き気味の感情を抑えてにっこり笑ってみせる。業務用スマイルスマイルだ。頑張れ私。
「任せて!」
そして私は今日もやたら高収入を手に入れた。
「材料費と技術料だけど、ほんとならもう少し技術料あげてもいいのよねぇ」
申しわけなさげに微笑まれた。
現物を一気に術式で具現物質化させる能力者達から不評がくるという面倒なので払えるギリギリらしい。毎回申しわけなさげにされるのだが、このぬいぐるみもその手法で生み出されてます。お気になさらず。と言えぬ我が身の罪悪感である。
ま、ぬいぬいチャームの店長も大型ぬいぐるみの店長もほかの生産者より私の持ってくるぬいぐるみの出来に評価をくれてるんだけどね。
あー。嬉しい!
帰路で斡旋所帰りの兄と並んだ。自然な流れで荷物が奪い取られ、屋台で夕食を仕入れて食べ歩く。門までは私がぬいぐるみが売れた話と最近の流行り傾向を語り、門から先は兄が最近の依頼傾向を語る。
いわゆる事後報告、物納が承認される系の依頼は私でもできるものがあるのです。
というわけで翌日は私、本領発揮の狩りに出かけます!
はい。私は魔法も使えないただの非力な少女です。十代なかばなんですよ。体力もさほどあるわけではないのです。しかも幼少期は貴族令嬢教育でしたからね。たおやかであれ、弱くあれ、男性をたてろですよ。前世を思い出したところで前世も非力かつ無知な女ですしね。どこまでも特別にはなれない自分がツライです。
家からそれとなく歩くと金属が積み重なったまさにゴミ置場。城壁内の人も捨てに来てるんじゃないかなと思うような惨状の場所。幸いにして懸念される悪臭は粘液生物が処理しているようでありません。
そう、このガラクタ山のむこうに(なぜだか)魔王の住まう地下迷宮が存在するのである!
ゲートを通過するとひらけた空間が私を迎える。
まず為すべきは!
「召喚!」
魔力をこめて前方に放つ。
その時に(攻撃用)と強く思考するのが大事だ。用途の方向性がとても、そうとても大事!
一瞬の閃光。私はあまり座り心地の良くない座席に座っている。
そしてするべきことは、適当に操作パネルを叩くことだ!
前世でも私が操縦したことがあるのは自転車だけだった。ブレーキ? アクセル? あ、エンジンはたぶんはいった状態で召喚されているんだと思います。
アニメや小説で初見の機体を操る主人公はそのセンスが素晴らしいと思います。私?無理です。いつだって暴走させるだけです。外に影響のないダンジョン内最高ですよね!
ところで、前方を無事砲撃出来ました。
「なかなかの硬度だな!」
砲撃の先から現れた魔王が召喚した車体外装を軽く殴ってから操縦席におりてきます。
あ、親友です。
はじめて出会った時、初対面でトラックぶつけました。私が。
あの時は人を轢いてしまったと無茶苦茶焦りましたが、笑いながら「なかなかいいアタックだった。俺の女にしてやろう」とか言ってくる人柄にこいつ大丈夫かと心の底から抱いた第一印象は変わりません。
兄が拾ってきた依頼内容を私から操縦席を奪った魔王サマに告げれば、「問題ない」と宝箱をくれた。
私が召喚した車のテスト走行をした後はいつものように一緒に兄の作った夕食を談笑しながら食べるのです。
それが、ずっと続くと私は信じてたんです。
「もうじき、会えなくなるな」
唐突に魔王が告げた言葉に私は何がなんだかわからなくてただ彼の目を見ていました。
必ず倒されるべき魔王とは世界を維持するための生贄だと魔王はうっすら笑っていて。
城壁内、王宮で生まれた子供から魔王と勇者が選ばれると教えてくれた。
勇者は弟で弟を傷つけることはしたくないし、城壁内の澱みは定期的に浄化する必要があり、自分が消えることは義務なのだとツトメなのだと得意げだ。
私、私はそれが嫌だった。
街では魔王討つべしの気風が高まりぬいぬいチャームも魔除け願掛け(魔王討つべしの)ものが増えているらしい。
それぞれは変わらずに優しく善良なのに、人々は当たり前に生贄を必要とした。
魔王が魔物というすぐそばにある危険を抑えているのに。
だから、魔王が勇者に討たれたと、もう会えないと聞いた時、私の中でなにかが壊れた。
「魔王は滅びるべきなのです」
勇者という称号を持つ王子様を支える側近の一人が吠えた。
「じゃあ、この城壁都市も滅びればいいじゃない。自由に広い場所で生きればいいじゃないかしら?」
私は罪人だろう。
納得していたのを知っている。
私自身は何もできない。そんな私に召喚が答えてくれた。
自走する戦車。人工知能搭載で命じれば私の希望を叶えてくれる。
私は魔力が尽きるまで召喚をし続けた。
なにもなくなった街で転がる焦げたぬいぬいチャーム。
突っ込ませた車を勇者たちは避ける事も受け止める事も出来なかった。
「全部、彼の犠牲の上にあるのならぜんぶなくなればいい」
私はたぶん、本名も知らない魔王が好きだった。
彼の喪失の代償が城壁内の維持だというのが耐えられなかった。
兄が泣きそうな顔で私に剣を振り上げた。それはもう救いなのだろうと思えたの。受け入れようと、魔王のところにいくんだと思ったの。
兄の体温が失われていくのを感じていた。
『マスター、次作戦を入力してください』
私はすべてを人工知能に任せて端末で幸せだった日々の思い出を書き綴る。
きっと私が間違えてしまっているの。
きっと私に泣く資格などないの。
私は外を見ることなくやさしい時間を綴る。
ねぇ。
おかしいですよね。
異世界での評判
shindanmaker.com/chart/910531-1…
異世界人「誰か止めて…」
#あなたは転生して活躍できるのか
shindanmaker.com/910531
なんか召喚しようとして異世界に転生しました。
転生時に得た能力は戦車や車を召喚できる能力です。
shindanmaker.com/910021




