あと少し
使用お題ひとつ
フッと息を吐く。
見下ろす世界は雑多に澱むつまらない世界。人が為す戦いの愚かな灯火が空を燻す。
世界をきよめる姫皇女であると神託を受けた赤児を天に浮かぶ我が城に迎え入れて随分と時間が重ねられた。
世界は変わらず戦火の灯火が広がり、怨嗟と復讐の螺旋は終わらない。もっと、生きる人の数は少なくあるべきなのだ。
争う余裕などなく、ただ生きるように。
搾取と復讐と暴力が本質なら人は滅ぶべきではないだろうか?
争いの野を竜の焔で撃ち払う。
生き延びる者が生き延びる。
我が望みは争いのない世界。
人のいない世界。
竜や獣の時代。
人の戦力は奪わなければならない。
「あら、騎士様。あれはなにかしら?」
窓から身を乗り出した皇女姫が竜に乗り、帰城した私を見上げている。
天空に浮かぶ我が城の窓から身を乗り出して、なにも掴まずこちらに手を伸ばしてらっしゃる。
「騎士様?」
不思議そうにこちらを見上げて小首を傾げれば蜂蜜色のおぐしがふわり風に舞う。
「っえええい。部屋でおとなしゅうなさいませ!」
「だって、気になったんですもの」
ぷくりと薄桃色の頬を膨らませ、窓枠に長いスカートを引きながらあろうことか立ち上がり、ぴょんとこちらに飛び移る。
「まぁ。高いのですね」
紫水晶の瞳を煌めかせ、姫皇女が微笑む。
風が心地良いですねと微笑む姫皇女を抱きとめ城内へと降りる。
歩けるなどと言い訳はきかない。
塔の螺旋階段。窓に格子のはまる最上階。
「まぁ!」
控えの間もない全てがひとつでまとまった部屋。
「おとなしゅうなさいますよう!」
「かわいいお部屋だわ。ステキ!」
……頭痛がする。
物心ついた頃から私は姫皇女と呼ばれている。
礼儀作法を指南してくださる執事を幼いころは父とも思って。
知っているの。
ソトの世界は争いに満ちている。
私は眠ることが怖いのだ。
神は私にぼろぼろと壊れていく今を夢として見せてくる。
私には嘆く人々を哀れむことはできても、なにもかもが遠く心が本当には動かない。
それは私が守られているから。
昼の私の前にはなんの不幸もなく、知りたいことばかりが広がっているのだもの。
大人しく学びなさいとおっしゃる騎士様が私の為に作ってくれる甘いお菓子。寝る前のお話。私をどこまでも危険から遠ざけようとなさる。
私が人前で恥ずかしくないように。生きていけるように。ソトを知らないまま愛されている。夢を伝えたりできない。
それでも、時がくれば私は役割を果たすでしょう。
神の御下に戻ることで世界は祝福されると私は知っているのです。
私は多数を救うなら、そう、今この瞬間にも飛ぶべきなのでしょうね。
でも、そう、それでも。
ほんのすこしだけでも、私はまだ、生きていたい。貴方の守りの中で。
天に浮かぶ城に住む騎士。神経質で不安要素はすべて潰さないと気が済まない。己の地位をおびやかす姫を陥れ幽閉する。
趣味はお菓子作り。
#もし悪役だったら
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