アイスクリームの白い夏
使用お題ひとつ
世間では火のないところに煙は立たないそうだが、根も葉もない噂ってやつはある。
つまらない疑いは好きじゃないと思いつつもままならないものだ。
「テンション上がってるね。楽しそーじゃん」
店に入ってきたと思ったら流れるように自然にカウンターにうつぶせるのは幼馴染みだ。
「あー。すーずーしーぃ」
誤解だという苦情は今日も言えない。間延びしたしゃべり方に窓を見れば、白い夏の日差しが外を見せない。
つっぷして魂すら溶けださせそうな幼馴染みに熱く蒸したおしぼりをのせてやる。
跳ね起き、熱がりつつもいろいろなところにおしぼりをあてていく。
「うっはー、生き返るーー」
苦笑をこぼせば捻じったおしぼりでこちらを指してくる。
「温度一定のトコに安穏といる貴様にはわからない。この冷房の効いた極楽であっついおしぼりで汗を拭い去る幸せが! 羨め!」
「いや、それで女、捨てんなよ」
周囲を気にしない男前な態度に笑いが隠せない。いや、そこがまたいいとこなのだが。
「捨ててないも~ん」
なにがも~ん、なのかはさっぱりわからないが幼馴染みだということに甘えて台ふきを渡し、汗を吸いさめたおしぼりを引き取る。
「カウンター、拭いてないの!?」
「拭いてるって。ただお前が汗染みつくるんだろ?」
「っく。まだシミになってない。証拠はいんめーつ!」
大きな動きで自分がうつぶせた場所を拭いていく。
笑いが込み上げるのだが、時々こいつのテンションについていけない。
ちりんと天井ファンに揺らされた風鈴が金属音をたてる。
「注文は?」
「死霊の見える特製アイス」
そう、これだ。
「なんなんだよ。それ、ウチのメニューにそんなものはない」
最近、多くない客の間でそんな噂があるのだけど本当かと確認されるということが相次いでいた。
「評判だよー。楽しみにしてたのにー」
「すんな」
ふてくされてぶーぶーこぼす幼馴染みをなだめながら白いカップにチョコを散らしたミントアイスとミルクアイス。ガラスのティーセットにホットのカモミールティ。少しばかり不思議な気もするこいつのお気に入りのセットをつくる。
「死霊が見えるだなんてなんでそんな噂が出たんだろうねー」
「あー、それで暑そうなのに客が少ないのかな?」
迷惑極まりない噂だ。
「面白いから、客は増えそうなのにねー。まっ、アタシはすいてて助かるけどね」
「潰れんだろうが」
店長が売り上げにこだわったとこは見たことないが売り上げは大事なんだよ。
「あはは。それは困る!」
鮮やかに笑い、幸せそうにアイスを口に運ぶ。薄い金属のスプーンがその濡れた唇に吸い込まれていく。
ちらりと見える舌が、冷たい甘さに幸せそうな表情がドキリと胸を高鳴らせる。こんな情報は伝えない。
またね。そう言って彼女が白い夏のむこうに帰っていく。
とたん、キィっと天井を回るファンが異音をたてた。
造花の薔薇が風に揺れる。
死霊が見えるアイスなんてない。
街の住人すべてが無視しているだけだ。
気がついてはいけない禁忌として。
綻ぶほころぶ。
蕾が花開くように。
本当に根も葉もないうわさに過ぎない。
みんな、蒸発した町で同じあの日を繰り返しているだけだというのに。
自分以外もそれに気がついたらこの時間は終わるのだろうか?
世間では火のないところに煙は立たないそうだが、根も葉もない噂ってやつはある。
死霊を見れる生者はきっといないんだ。
明日もまた彼女はカウンターを拭うだろう。
場所:アイスクリーム屋
書き出し:世間では火のないところに煙は立たないそうだが、根も葉もない噂ってやつはある。
三題:薔薇/無視/魂
台詞:「テンション上がってるね」
テーマ:清々しい
字数:1,662字以内
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