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自縄遊戯  作者: とにあ
312/419

好きの告白は

使用お題ひとつ

 夫となる人はおとうさまよりも上の方。

 お義母さまは苦々しげに『大奥様とお呼び』とおっしゃり、ご自身が住んでおられる離れ屋敷に引き込まれてわたしに会う気は皆無のようだった。

 西洋風のお屋敷でわたしは少し浮かれていた。靴を履いて移動する廊下。靴に慣れていないわたしは少し足に負担をかけない歩き方を模索する。

「大丈夫かい。義姉さん」

 ひっそりとした式にもいた男性で、旦那様の弟と紹介された青年だ。あの人より年上だろう。

「大丈夫です。ご心配いただきありがとうございます」

 どんなひととなりかもわからず、対応に困る。

 里からは身ひとつで呼び寄せられ、思い出の品も近しい使用人もない。それでも、わたしは当主の妻と招かれた。しゃんとしていなくてはならない。

「宇多子。時臣」

「ああ、にいさん。義姉さんは洋装に慣れていないから足を傷めたみたいだよ。僕が手を貸す?」

 それともと笑う時臣さんがどこか居心地悪い。

 ふっと天井がまわった。

 旦那様が近かった。

「無理をするものじゃない。時臣、先に行きなさい」

「はいはい。仰せのままに」

 たたみに座布団ではなく、赤くふっかりした椅子に降ろされた。

 時臣さんは扉の開閉だけして「またね」と去っていった。

 旦那様はおとうさまとおなじように寡黙でわたしは空気のように扱われる生活となると感じていたのに、旦那様が近くてとまどう。

「あてよりふさわしい奥様があったでしょうに……」そう言ってしまおうとして「あて……」と言ったところで止まる。お義母様にその言葉がみっともないと言われたではないか。

「時臣はお国のものになる」

 わたしは言われた意味がよくわからなくてまばたきをした。時臣さんは兵隊さんだということだろうか?

 北の大陸に人を送っていることは知っていた。

 幼馴染みのおとうさまは北に向かって帰ってこなかったとも聞いている。珍しくもない話と田舎に暮らすわたしも知っていた。

 けれど、それがなんなのだろうか?

「時臣を、好きになってはいけないよ」

「……あて、わたしの、旦那様は旦那様ですよ?」

 この人、なにを言っているんだろう?

 わたしが嫁いだのは旦那様だ。時臣さんではなく。

「あては、物知らずのふつつか者ですが、嫁いだ相手くらいちゃんとわかっていますから」

 闇の閨で優しくしてくださるのは旦那様です。それが時臣さんであってはいけないことです。

 朝餉と夕餉、閨。旦那様との時間は短くてきっとわたしは足手まとい。

 女中やら使用人達にも『奥様』と思われるよりは『田舎者』と思われているようで。

「旦那様の奥様としてふさわしくなりたい」と希望を音にのせれば、「宇多子らしくありなさい」と髪を撫でてくださる。

 だからこそ、ふさわしくありたい。

 一男二女に恵まれ、久方ぶりに実家に帰っていたあの日。

 わたし達のおうちが崩れ落ちた。

 都心部を更地に返すほどの大災害。大きな地揺れにその後の大火。入ってくる噂話はこの世の地獄。

 旦那様からしばらく実家にいるよう連絡があり、旦那様の無事に胸をなでおろした。

 ついている使用人も「若君のご無事を憂慮なさいませ」と言い聞かせてきた。わたしは、旦那様の元にいきたかった。

 いささかふさぐわたしを子らが心配する。

 旦那様を待つ数ヶ月。

 わたしは旦那様の元に行くに行けなくなっていた。

 膨らみはじめた重い腹を撫でながら彼の人が復興に向け、奮闘する街の方に祈りをかける。わたしにはそれしかできなかった。


 村外れの診療所に行き倒れがあったと聞いて見舞いの品を持って訪ねた。

 震災からはありとあらゆる悪いことが重なっているかのように世間が乱れていた。

「宇多子」

 診療所の寝台に半身を起こした旦那様の姿に意識が真っ白になる。

「いきだおれだなんてなにをなさっておられるんですか!」

 気がつけば怒鳴りつけていた。

 ぎょっとしてオロオロする姿がなお腹立たしい。

「ご無事でようございました」

「私がいなくなれば、好いた男といつか結ばれたかもしれんのに」

 そんな言葉を聞いた気がする。

 曖昧に思うのは気がつけば診療所の先生の寝台で目覚めたから。

「宇多子さんは相変わらず癇のお強いこと」

 里の産婆でわたしを幼い頃から知る女が笑っている。

「お会いしたかったのではないの?」

「だって、旦那様があんなことおっしゃるんですもの」

 拗ねて寝具を捻る手を軽く叩かれる。

「ゆっくりとおはなしあいなさい」

 彼女の前ではわたしは拗ねた幼い頃に戻る。

「はぁい」

「今は、ひとりではないんですからね」

 人手を使い、旦那様はわたしの実家へと運ばれた。道の途中で食い詰め者に襲われたという。男衆が道を確認に走ったとおとうさまに聞かされた。


「あては旦那様にお会いしたかった。邪魔と言われてもおそばにありたかった。それが宇多子の本音です」

 旦那様の枕もとに座って詰る。

「私は長くない。諸々手を回してはいるが不義理も多かろう。のちは宇多子の好きに生きればいいと思うのだがな」

「好きにいきます。あての旦那様は旦那様だけです。宇多子をみくびらな……っ」

「大丈夫か?」

 ちょっと舌を噛んだだけですとも。

「宇多子はっ、旦那様をお慕いしております!」

 操をたてるのは当たり前なのです。

 キッと顔を上げると、旦那様が赤くなってらっしゃいました。

「幸せか?」

「宇多子は旦那様に嫁いで幸せですよ?」

「そうか」

「はい」

 どうして伝えることができないのでしょう。

 たった一言なのです。

 でも、言えないのです。『旦那様は?』の一言が。

お題は『伝えることのできない一言』です。

https://shindanmaker.com/392860

あなたは6時間以内に9RTされたら、大正時代の設定で両片想いから告白する漫画または小説を書きます。

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