秋雨の店
使用お題ひとつ
冷たい秋雨から逃れて古びたのれんをくぐった。
その店は何の店かもわからない。
のれんにふさわしく店内も古びていた。
懐かしいような、でけどどこか嫌な気持ちが沸き起こるのが抑えられない。
「ああ、お客さんかえ」
奥から現れた老人が曲がり気味の腰をのばし、よっこいせと近づいてくる。
線香の匂いだ。
強くなった匂いに記憶が勝手に連想再生を始める。
『泣きもしない』『わかってないのよ』『誰が引き取るんだ』
あの時考えてたことはただひとつ。
『置いていかれた』
「ああ、雨やねぇ、濡れやせんかったかね?」
老人の声に暗い世界からフッと現実にかえる。
「少し、だけ」
「拭くもんとぬくいのん、持ってきたるけぇやむまではおればええよ」
「おじゃま、では?」
「客もこんけぇ、心配せんでええわ」
くすんだ窓を打つ雨はすぐにはやみそうになくて不安と奇妙な安堵に心が惑う。
まぁるいおぼんにいびつにも見えるゆのみをのせて老人が戻ってきた。
「こっちきて座りぃ」
濡れたところを拭いておけと差し出されるてぬぐい。
「店主はおひとりなんですか?」
お礼を言いながら受け取り、そのついでとばかりに雑談を振ってみる。
「ああ、今夏にな、いってまいおったわ。ひとり置いていかれてもなぁ、簡単には死ねんからなぁ」
かかと笑って線香くさいかという言葉に慌てて首を横に振る。
「ええ、ええ。確かに辛気臭いからなぁ、そのせか客足も遠のいてしもうたしな」
老人とのそれ以降の会話は当たり障りのない雑談。
聞きたい言葉を飲み込む。
置いていかれた時、すべての世界から扉を閉ざされたと感じた。
閉ざされた世界で遠い誰かの世界からこぼれる光に焦がれながら辿りつかない場所を目指し進んできた。
開かれると感じた隙間はいつだって寸前で閉ざされる。
一人置いていかれる。
「また、おいでぇ」
雨がやみ、お暇する時、老人は笑っていたのだ。
冷たい秋雨が老人の笑顔を思い出させる。
四十九日も済んだ遠縁の遺産整理に古いのれんをくぐる。
埃のつもったまるいおぼんといびつなゆのみ。
誰も出迎えることのない古い店。
『また、きたねぇ』
老人の声が聞こえた気がした。
「暖簾」「葬式」「秋雨」の中の単語を使って何か書(描)いてみましょう!
#単語から想造しよう
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