表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
自縄遊戯  作者: とにあ
276/419

わかっていますか?

 私の父上は大陸を統べる国王だ。

 だが、父上は政を優秀な側近達に丸投げしている。

 笑って「できる奴が整えればいい」と言う。そして、「お前は人付き合いも含めて頑張れ」と無責任に撫でてくる。

 父上が王都に居るのは年に二カ月くらい。どうしても外せない儀式の為に帰っていらっしゃる。

 その二カ月の間、私は眠る時以外父上のそばに居る。どんな難しい会議や謁見の時も父上は私を横に座らせたり、膝に座らせたりするのだ。

 父上は私が父上の甥である事を知らないと思っておられる。

 父上の側近達に何度、私の処分を父上に進言したと言うのに生かされていることを感謝せよと突きつけられたことか。

 それをもっとも突きつける彼女はすぐに他の側近に抑えられる。やり過ぎなのだ。そして、その若い側近をも信用出来ないと罵るのだ。

 私は父上しか見ていないそんな彼女が好きだった。

 彼女は父上を見て、言葉を交わして嬉しそうに笑うのだ。

 父上を叱りながらも笑うのだ。

 私はそんな彼女が好きでしかたない。父上に敵わないことは当たり前だと知っていたし。


「悪趣味ですよね」


 父上の側近の中でも若手の彼も彼女に罵られ仲間。でも、彼女に恋はしてないらしい。あの笑顔に心揺らされないなんて、どっかおかしい?


「父上が好きだと言うのは良い趣味だと思うよ?」


 彼は小さく笑う。


「彼女は貴方を虐げるだけでしょう?」


 虐げられているのだと冷静な部分では気がついている。でも、表情を歪め、「簒奪者の息子のクセに!」と罵る彼女の激昂すら私に向けられているのが嬉しいのだ。なぜ、彼にはわからないのだろう。

 彼女にとっては父上こそが正しい継承者で私の父は簒奪者。私もそれで正解なのだと思う。

 私は彼女に聞いたのだ。「父上に妃を持って正統な世嗣ぎを望まないのですか」と。

 年長の者達が不快げな表情を見せたことで、失言だったのだろうと思う。思えば、当然だった。彼、彼女らは本当に父上の望まないことはしないのだ。

 王宮内で散策すれば其処此処で陰口が聞こえてくる。暴君である父上をそしる声だ。

 父上は笑って聞こえなかったフリをする。すがすがしい笑いで「俺は暴君だからな。希望は叶えないと」と囁く。ああ、幼い頃から父上がそういうことを楽しんでらっしゃるから、私も罵倒をあまり不快に思わないのかもしれない。父上や彼女を貶められたならそれはどうやって社会的制裁を受けさせようか悩ましいところなんだけどね。

 私は知っている。

 彼女は私の陰口や父上のとりまきである他の側近達に対する陰口を許さない。口にすることを許さないのではなく、他者に広まる場でなされる事を許さない。「処分をしなくてはいけなくなるから」と説明する彼女は本人に堂々とぶつけてくるので陰口ではないと認識しているらしい。私もそれでいいと思う。

 父上は私が成人近くなってもまだ幼子であるかのように振る舞う。

 兄や姉のような父上の側近たち、何人かは私についてくれている。彼らが笑って、父上にとって私が癒しなのだと言われると悪い気はしないので反抗したりはしない。

 珍しく視察の旅に連れ出された。

 外の世界は広くて貧しくて目新しかった。

 王宮の食事に雑穀雑炊などと言う得体の知れない物は出ない。父上に不満かと問われれば、否定できる。病で寝込んだ折りに出された物に似てるような気もした。麦粥は苦手だ。

 蕎麦と言われて確かどこかの里の産物だったなと思う。挽いて薄く焼くか丸めて茹でるかが調理法だったか。

 彼女の視線を感じたので笑いかけてみる。

 睨まれた。

 本当に可愛い姿と仕草だと思う。どう行動すれば、私のものになるだろう?

 父上の奇妙な行動には慣れているつもりだったが、また変わった行動をとりはじめた。鍋に蓋をして薪をくべていくのだ。父上、食事は?

 加熱された鍋蓋を弾き飛ばして父上と口喧嘩をはじめたのは黒く艶やかなドラゴンだった。

 大鍋にいつ入ったのかみっちり詰まった黒い鱗を持つ鍋蓋!

 兄のような友人に引かれて距離をとらされる。


「食器の蓋のデザインに提案してみようよ」


「この状況で殿下の発想はずいぶん生産的ですね」


 彼は最近になって自分と同じように父上の側仕えを勤めている女性と婚姻を結び、私の彼女をめぐる恋敵候補から外れた心友だ。

 「結婚するまでは恋敵、つまり敵でしかなかったと言われてしまいそうだね」と当たり前のことを笑って言うから、その通りだろうと応えれば束の間の沈黙の後「かわいそうに。早く応えてもらえるといいね」と励まされた。

 父上がドラゴンから出された料理は赤く艶やかな塗りの器に入れられた灰色の糸玉だった。横に差し出される皿と根物。一部削られた根は鮮やかな緑を示していた。


「毒見にいってくるよ」


 ドラゴンから提供された料理を疑ぐるのは賢明とはいえないが、悪意ない間違いがないとも言えないので、死を覚悟しておかなくてはいけない。いろんな意味で。

 戻ってきた彼は泣きながら辛味を訴えていた。

 父上とドラゴンからは生温い視線を送られていた。

 そんなこんなでの食事会、ドラゴンのお供の少女がドラゴンをたしなめる。


「今日から人のもとで暮らすのだ!」


 ドラゴンの言葉に父上が面倒みることになるのだなと思った。父上も周りもそう考えているようだった。彼女はやはり不満そうだったけど。

 どうして、私以外の誰かが貴女の表情を変えさせるんだろう。


「は? るぅるぅいきなりなに言ってんの!?」


 少女は事前に告げられていたわけではなく不満をドラゴンにぶつけている。

 るぅるぅというのがドラゴンの個体名?


「この大陸は統一されて表立った争いはないのだ。なら父親のもとに娘を返すことは当たり前なのだ!」


 得意げなドラゴンの宣言に空気が固まった。

 目の前で起こる親子とおそらくはじめて認識したぎこちない確認の眼差し。父上は、父は娘を見、娘は父を見る。互いに異物を見る視線だと思う。

 父上が私との婚姻を持ち出すことはないだろうけれど、囀る駄鳥どもはいるだろう。水面下の流れは煩わしくなると知れる。


「父上、私の姉上ですか? それとも妹なのでしょうか?」


「あね、だな。その、ハズだ」


 父上にしては歯切れが悪かった。


「お会いできて嬉しく思います。これからよろしくお願いしますね。姉上」


「胡散臭っ」


 姉上は父上同様わかりやすい方とわかった出会いだった。

 私は姉上愛せると感じた。

 元気で愛らしく、貴族生活には壊滅的に向かない少女。彼女の子供ならともかく、彼女が政務に関わることはあり得ない。つまり、王妃の道は彼女にはなく、無論、女王など以ての外。それでも、父上の側近達には間違いなく愛されるだろう。私も弟として姉上を慕っていけばいい。

 チラリと彼女が嫉妬してくれないかとも思うがぼんやりと彼女は姉上を見ていた。

 私と姉上の仲は友好的で順調。時に父上を、時にドラゴンを交えて談笑する。


「あんた、彼女が好きなんだ。行動は起こしているの? 好きだと伝えた?」


 嬉々として身を乗り出してくる様は年頃の令嬢達のかしましさを思い出す。頰を伸ばされて想いをはかされた。姉上も年頃の令嬢でしたか。


「あら。女性はいつまでたっても恋する乙女だし、恋愛の味方でありたいのよ。ちょっとばかりの野次馬精神もあるけど。幸せなのがいいじゃない」


 握りあわせた手を左頬に当てて笑う少女はどうしても年下に見える。


「私と姉上を婚わせる派閥もあるそうですよ」


「えー、ないわぁ」


 打てば響くような即答にさすがに苦笑いがこぼれる。


「私は不満ですか?」


「だって、あたしを愛しててもあたしに恋してないし、あんたの愛は姉に対する愛情でしょ。あたしは母さんが父さんに対して抱いたくらいの気持ちにさせてくれる人がいいの。いないからって妥協したくない。あたしに恋して愛してなくてもそれでもいいって愛情とはあたしも違うし」


「ですよね」


 笑いかければ頷き笑ってくれる。


「あんた、あたしには荷が重いし」


 よくわからないことを言われた。それでも、姉上とは友好的に付き合えていると思う。

 彼女はずっと長い時を生きている。若さを保つには力を得ること。姉上はおそらく強いのだろう。今の私の強さではまず私が先に老いて死ぬ。

 だからと言って私には父上のような武力は得れない。ならば、どうするか?

 私はこの時間が愛おしい。ただただ彼女を想うこの時間が。


「荷が重いと姉上に言われたんですよね。近々生まれた土地の統括者として赴任なされると聞きました」


「ありがとうございます。彼女の故郷も近いのでよく運営できるといいと思っていますよ。殿下。とても理解できますね」


 父上の側近である彼ら兄姉たちは元はそれぞれの亡国の王族だ。戻れば、「裏切り者」として恨まれないのかと心配にはなる。私にとっては信頼する心友であり、彼女に罵られ仲間なのだ。


「うまくいくといいね」


「大丈夫ですよ。裏切るとしたら、殿下か殿下の後継の方がしくじった時ですからね」


 冗談か何かのように軽やかに笑っているが、本気だろう。


「私も裏切られないように頑張って立ち回らないとね」


 そのためにも、私には彼女が必要だ。そろそろ、伝えることを考えなくては。

 断られたとして私は彼女を諦められるかと言えば、無理だ。

 彼女が私以外の誰かと寄り添うなんて想像でも許せないものだしね。

 だとしたら?

 父上ならば仕方ないのかも知れないけれど、それ以外の誰か?

 彼女が見たこともない表情をその誰かに見せる?

 ぎしりとどこかで軋む音が聞こえる。


「殿下……企むなら陛下の了承を得るか、露見しないように頑張ってくださいね」


 なぜか、心友が一歩後退していた。

 私は笑ってもちろんだと安心させようと答えてみせた。


「相談の手紙ならいくらでも送ってくださって構いませんからね。読んだら即燃やしますから」


 心友はなにを危惧しているのだろうか?

 鬱屈を溜め込んではいけませんよと言い残し、彼は故郷を治める為に帰っていった。彼こそ心労が増えるだろうになにを失敗して心配をさせてしまったんだろうか?

 そこは不本意だと感じる。


「心配せずとも大丈夫だよ。露見して問題のある行動を取るつもりはないよ」


 誰も聴くことのない言葉を紡いでみる。

 私にとって彼女が私の妃になる事を受け入れてくれたのは何にも増して喜ばしいことだった。

 おいていかれるコトに怯える姿はか弱く愛おしい。

 おいていったりするくらいなら、一緒にいけばいいと思うんだ。

 私も父上も同じくらい無関心だ。

 父上の愛は無条件過ぎて冷酷だ。

 すべてを慈しんでいる?

『王族のあるべき姿』をなぞっているんだと思うよ?

 父上はね、きっと『間違えた王族』となった父を処理するのに皆が想像するような苦痛を抱いたりしなかったと私は考える。

 感じたのは、皆の想像とはるかに乖離した自分の反応の異端さではないのだろうか?

 あくまで私の想像に過ぎず、真実を問いただす気もない。


「私もね、貴女以外は等しくどうでもいいんですよ。貴女は私の愛おしい妃です」


 ですが、私は他者に微笑む貴女を見るのが嫌なんです。

 父上の背を貴女が見つめていることはかまわないんです。父上は貴女に特別を向けませんから。

 できることならば、一人か二人子供を作って、あとは貴女を隠してしまいたい。

 私だけが鍵を持てばきっと、貴女を長く置き去りにすることはないと思うんですよ。

 幾日餓えて貴女は生きていけるのでしょうか。

 貴女をおいていかない方法をちゃんと私は考えます。

 だから、私を、私だけを見ていてくださいね。

 私が良き王としてあるには貴女が必要なのです。

 貴女だけが、私を引き留める。

 貴女だけが私を人らしい王に引き留めるのだから。


「いいか。私におまえは必要ないんだ。おまえがどうしても必要だと、言う……から、だな」


「私には貴女が必要ですよ」


 貴女だけが必要なんです。


「おまえが望む間、いてやる」


 実質、ずっとですよ。それ。


「では、約束代わりに口づけをひとつよろしいでしょうか?」


 きょとんとした後、茹で蟹のように赤くなってらしくない拙い動きで私を押しのける。

 可愛いくてたまらないと同時にやたら腹立たしい。


「なんて、破廉恥なコトを言うんだ!」


 貴女、妃になると言う意味わかっていますか?


『武力制圧者の生きる道』の設定に『共に歩く人』の設定を踏まえた別視点

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ