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自縄遊戯  作者: とにあ
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武力制圧者の生きる道

使用お題みっつ(おまけ要素あり)

 

 武力でひとつの大陸を制覇し、王都に凱旋すれば、父が死に弟が王位に就くところだった。

 俺は別にそれでも良かったんだ。

 頭を使って人を使って立ち回る小器用で繊細な才覚はないのだから。

 喜んで膝をつこう。

 女も酒も別に興味はなく、ただ武器をふるい、飯を食い、内側に抱いた者を護る。それが俺の生き方。

 戦いの日が終わればこの大陸の内はすべてがすべて我々が護るべき者達。

 護られるべき者達。

 血で血を洗う争いは禍根を残しているからこそ枠の内で彼らこそ護らなければならない。

 護らなければならないのはおまえらの贅ではない。

 俺にうまい立ち回りが見えないだけかもしれない。

 だが、子供が餓えていた。

 屋根すら無い中で村が滅んでいく。

 人が死んでいく。

 争いは終わったはずなのに。

 王都だけが華やかだ。


「俺は政に関わらずに済んで幸運だと思っていたよ」


 そう告げた時、弟は訳のわからないことを喚いていた。

 どうしてこう何も感じないのかがわからないよな。


「でも、おまえも関わらずにいたんだな。それじゃあ駄目だ。だから、おまえは俺の役に立て。俺が暴君として名を馳せる為の礎となれ」


 弟は俺の役に立った。

 弟の妻もちゃんと添わせた。二人の個人財をばら撒いた。次の春までに餓死者を減らせと。

 道を整備し、集団住居を築き、町を、村を復興させろと指示を出す。

 実行するのは役人達だ。

 俺はふらり出歩いて確認していくだけ。

 なされていないのなら問おう。言い訳できずにいるなら俺は暴君らしく振るまおう。

 すぐに解決などできないし、禍根は残っている。


「父上」


 気がつけば甥が随分と成長していた。

 野営地で火に炙られる鍋を興味深く覗き込んでくる。


「どうした。雑穀と山鳥の鍋では食事として不満か?」


 甥はそうではないとばかりに頭を左右に揺らす。赤児ではなくなったが、まだ幼いのだなと隠れ笑う。


「父上、父上は普段このような物を食しておられるのですね」


 雑穀の雑炊だ。火が使えるなら温かく、腹も膨れる。


「これは麦ですか?」


「イイや。蕎麦だ」


 問いに答えれば、こぽりとあぶくをたてはじめた鍋を見つめている。


「蕎麦ですか」


 不思議そうな声音に王宮では口にしないのだと知れる。贅沢を尽くした料理を普段から提供するような生活は控えさせたが、人々が食に困らなくなってきた今、また良い食事が城内では供される。

 城仕えの者達のやる気を奪うのも本意ではなく、好きにさせている。

 子供が飢えず、小さな諍いはあれど、穏やかな日が望ましい。


「そろそろいいだろう。注いでやるから器を出せ。次の足を止める場所で火が使える確約があるわけじゃないからな」


「はい」


 重々しく頷く甥に雑炊を注いでやる。護衛の兵士達にも。無論、若い順だ。


「野盗報告はこの辺りにはなかったな」


 いるのは甥の外祖父だけか。

 まだ、造反を許すわけにはいけない。


「ちゃんと安全な場所にいろ」


 おまえが次の王だ。

 城の外に出すのは危険だろう。だが、城の中では知れない世界が外にはある。

 きっと、あの時差し出された殻が混じった蕎麦雑炊が外を知らなかった俺に護りたいモノを教えてくれた。

 俺の護りの中、味わう世界は甥の中にどこまで届くのだろう。

 俺はいつか、甥に詰られるのだろう。両親を死に追いやった仇として。


「父上は安全な場所におられずに真っ先に飛び出していくのに? 見送るハメになった兵士の気持ちも考えずに……」


 むせた。

 甥の後ろで兵士達が頷いている。


「段取りの悪いおまえらの問題だろう」


 困ったような表情を見せた部下達を笑う。

 俺は奴らにどう思われているのだろうか?

 俺を見上げる甥の頭を撫でる。もうそのような子供ではないと不満を口にのせるが逃げはしない。


「争いは終わった。だが、結束はない。うまく立ち回らねばたやすく瓦解する。おまえがじかに見て学んでいける機会なぞほぼないだろう。屋根がなければ凍える。食材が無ければ飢える。我らは民の守り手でなければならない」


 甥が静かに俺を見上げている。

 俺は武力をふるうことしかできはしない。

 俺は役人どもに要求する。なされなければ、首を刈る。役人どもを最終抑えたのは古馴染みの友だった。甥は俺のようには生きられない。


「なぜ、守り手でなければならないのですか?」


「力があるからだ。戦う力が、権力を活用する力が。血による継承の正当性で奴らに認めさせ、争いを打ち負かして抑え得る力が。おまえが跡継ぎである以上、御す力が必要になる。なれなければおまえの死をもって瓦解していくだろう」


 うまい飯も食えなくなり、子は飢える。


「はい」


 話すべきはこのあたりか。

 俺も食事を……あたりを見回す。甥が首を傾げた。兵達も揃って不思議そうな視線をこちらに向ける。早く食べたいのだからさっさとすればいいのにという視線は古馴染みの部下だ。

 ふむ。

 鍋を再度見下ろす。

 黒いな。

 軽く息を吐き、まな板がわりに横に置いてあった蓋を鍋にかぶせ、重石をのせて薪をくべる。

 確実に火力が上がるように淡々と。


「父上?」


 意味がわからないという表情を隠すことなく甥が呼びかけてくるが、ただ加熱を続ける。

 これは根比べだ。

 そう。負けるわけにはいかない。


「あっついのだぁああああ!」


「俺の蕎麦を返せぇえええ!」


 人の飯喰いやがって、この駄ドラゴンがぁ!

 キッチリみっちり鍋に詰まっていたのは蕎麦雑炊ではなく、真っ黒の翼あるトカゲ。人語を解し人智及ばぬ魔技を操る超越種と知っていても、今この場でただの飯泥棒!


「野盗報告はないが野良ドラゴンは退治しねぇとな!」


 鍋の中で寛ぎながら駄ドラゴンが俺に視線をおくってくる。


「しょーがないやつなのだぁ。受け取るのだ」


 赤く塗られた四角い器に灰色の細長い糸の塊のようなもの。

 ふざけんな。

 第一どっから出しやがった!?


「ざる蕎麦はこの黒いスープにこの根っこをすりおろし、食べる時にちょいちょいとつけて食べるのだ!」


 受け取れ。と差し出されるのはクリスタルのグラスになみなみと満たされた透き通る黒茶の液体。黒いのに濁りが少ないという不思議な液体だ。

 周囲を見回すとさりげなく距離がとられていた。甥はこっちに寄りたそうだが、兵士達が抑えている。「あっち行っちゃいけません」ってか?

 にやにやと鍋の中の羽つきトカゲが口を開ける。


「コワい、のか?」


 くっ!


「食ってやろうじゃないか!」


 ドラゴンの供する食事を辞するとその眷属から国単位で嫌われることがあるのだ。それは選ぶことができない。どれほど気に入られても国に加護はくれないと言うのに気難しいモノだと思う。

 実際、こちらはドラゴンに食事を供しその返礼に当たるのだから断りようがないのだ。たとえ、そのドラゴンが許可なく勝手に食べたとしてもだ。

 がりがりと突起の多い皿で根っこをする。緑色のモノを眺めながら味が想像できない。

 飢えで木の根まで食べる里に寄った時、こんな柔らかい根物があれば違ったろうにと仕方ない事を思わなくもない。


「陛下、毒見致します」


 確かに刺激は感じる。しかし、毒を供するようなドラゴンではない。


「おう。カタチだけな」


 喰いたいなら口に放り込んでやろう。

 絶叫が響き、俺は緩い動きでドラゴンを見据える。奴はいまだに鍋の中で寛いでいる。


「単品で食うからなのだー」


 いや、今の反応はなんなんだ?


「細く長いのは茹でやすさとツユにつける量を自分で調整して味わうためなのだぁ」


「いや、そこじゃねぇ」


 茹でやすさ、か。

 絶叫の元になった緑の塊をツユと呼ばれたスープに落とす。とりあえず、全部。

 で、どうやって食うか。そこが問題だ。


「ハシを使うのだー」


 ツヤツヤした爪が差すのは細く削られ、揃いに飾られた棒が二本。


「ハシ?」


 普段の食事は汁物なら匙。肉ならフォークとナイフ。基本的には一口サイズに揃えられているので薄く焼いた雑穀生地で包んで食べるなどが主流だ。


「こう、なのだー」


 器用にぷっくぷくの前肢で二本の棒を操り蕎麦の糸を持ち上げて見せられた。

 糸というには太く縄と言うには細いその蕎麦は食材にどうも思えない。


「扱えんわ!」


 苛立った俺はハシを突き刺し、ぐりっと絡めとった蕎麦をツユの中に投入し、解けて目減りしたモノを口に運んだ。


「あん時の娘さんな、死んだぞ」


 バッとドラゴンを見てものほのほ変わらず俺を見上げているだけだ。

 あの時の娘さんと言うキーワードは共通の知り合いであり、一人しかいない。

 殻が大量に混じった腹を埋めることを重視していた蕎麦雑炊を作った少女。

 彼女は大きな争いがない時間が長くある世界を望んでいた。

 俺がそれを彼女にあげると言い、立ち合ったドラゴンが三度命の危機を受け止め無効化してくれると言う武器をくれた。

 この大陸を統一できたのは彼女のおかげだろう。だからこそ、争いが起きない時間を延ばすことが必要で。

 甥に総てを任せたら、迎えに、いいや、会いに行きたかったんだ。


「……これは、なんと言うか、キツい味だな」


 じわり目頭が熱いのは感情か、味覚への破壊効果のせいであるかがわからない。


「争いを知らずに育てる子が増えるといい。それが娘さんがお前に贈った言葉。三度の危機回避が終わった後もお前が受けた苦痛を半分引き受けることを望んだ娘さんの言葉」


 知らずに受けてきた返すことのできない恩。

 知らずにいたかったか。悔いるだろう。知らずにいれば自死を選べるほどに悔いるだろう。

 間に合わなくとも今、知った。

 恩に報いるには争いが少ない世界。

 人は争う生き物だ。命は生きているだけで全てと争い続ける。

 自分自身と言う最大の闘争相手とは永久に続く。

 ツユを口に含むとそれはとてもからい。


「口直しなのだー」


 差し出されたのは薄い生地を包んだもの。


「そじょーしてきた産卵前の魚を植物から採取したオイルで漬け込んだ後、塩と香草と四足獣の母乳を発酵燻製させたものをふりかけて蕎麦生地で包んだ料理なのだー!」


 食べやすく、旨かった。


「涙が出そうなほどに美味いな」



蕎麦

大きな国で国民のためを思って権力を振るう口の悪い王の物語

るぅるぅ

↑ツイッターのフォロワーさんより


主人公:王(口が悪い)

キーワード:蕎麦

るぅるぅ(ドラゴン)

おまけ:お題は〔たとえば君が消えたとして〕です。

〔格言、名文の引用禁止〕かつ〔音の描写必須〕で書いてみましょう。

https://shindanmaker.com/467090

お題協力ありがとうございました!


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