過去の虜囚
使用お題ふたつ
ほんの一瞬の出来事だった。貴方と私が手を離したのも一瞬で、それなのにスローモーションのように離れていく。
(ああ、奇跡を)
奇跡なんて起こるはずもないのにそのときの私はただ奇跡を望んだ。
諦めたくなかった。貴方との時間を。繋いだ手のぬくもりを。
そして記憶は途切れた。
気がついた私は幸せな家族に囲まれて幸福だった。
優しいけれどしつけにうるさい母。寡黙だけど、それとなく優しい気配りと叱るべきは叱る父。そっけないけれど、甘やかしてくる兄と、やんちゃな妹。
そんな家族の中で無意味に寂しさを募らせる私。
(奇跡なんて起こるはずがないのに)
そう凝り固まった私への罰なのかしら?
顔も声も名前だって何一つ思い出せない貴方が、どうして心に居座るの?
わからないのに貴方がいないから寂しくて寒いのがわかってしまう。
隠れて泣く私に家族が心配している。悪いのは私。
思い出せないのに諦められない。貴方から逃れられない。
貴方を見つけた。
貴方だとすぐにわかった。
でも、声はかけれない。
つらくて辛くて、一人で泣いた。
寂しさにとらわれて動けない私とは違って、貴方は朗らかに今を生きている。
「幸せそうだね」
いいことなんだ。
過去に囚われている私がおかしいんだ。
それでも涙が止まらない。
奇跡なんて起こるはずもないのに。私はそれに縋りたがる。
「ちょっと二人で旅に出よう」
急にかけられた声に驚く。
兄がいきなり何を言い出すのかと思った。
「環境を変えたら少しは気が楽になるかもしれない。話せるようになったら話せ」
唖然とする私の頭を兄はくしゃりと撫でる。
照れたように視線を逸らす兄。
「奇跡は、起こるんだ」
兄の言葉は小さくて、かすれ気味。
囚われた私が抜け出すには足りなくても、小さな風が吹き込んだ。そんな気がした。
お題【どうして心に居座るの。/ほんの一瞬の出来事だった。/幸せそうだね。】
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お題//自分とは違いすぎて、( 奇跡なんて起こるはずないのに )、ふたりで旅に出よう、
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