ゲーム
使用お題ひとつ
見知った見知らぬ世界。
目覚めた場所は白い病室で。
カレンダーの日付は知っている時間から随分と進んでいて。状況を理解したとたん思考が凍り付いた。
身体には問題ないと起きた僕は混乱のままに病室を追い出される。
かつての住所に自宅はあっても、そこには見知らぬ人たちが住んでいた。
見知った世界。
幼いころから過ごした街。
それなのに数年の空白は見知った場所をたやすく見知らぬ場所に変える。
「居場所なんてないさ」
耳に届くケラケラと笑う声が耳障りだ。
居場所がないのは本当かも知れない。引きこもり気味だった僕をご近所さんは覚えていない。僕もご近所さんの顔を知らない。
さいわいにして銀行の暗証番号に守られた財産は無事で当座の寝床は確保できた。
それは十年前にかけた保険。
叶わなくてかまわない。気まぐれのような保険だった。
ケラケラと笑うのはアヤカシ。
術師という主人を持たない野良のアヤカシだ。
術師だった両親と違い、僕に術師としての才はなかった。だからこのアヤカシを自分の使い魔にすることもかなわない。意思の疎通ができるぐらいそこにいてくれても野良はあくまで主のない野良なのだ。
僕に術師としての才があれば野良と契約できただろうか?
銀行のキーを持ってきてくれた。それだけでどこか甘えたくなっているのだろう。
「野良、いいかな?」
僕の呼びかけに野良はちょちょいっと寄ってきて首をごとんと傾ける。
「ぁうん?」
「僕の体が縮んでいるような気がするんだけど、気のせいかな?」
僕の肩によじのぼってきた野良はなんだ。そんなことかと言わんばかりにケラケラ笑う。
「喰われたんだからしかたないさね。記憶を持って生きてんのが奇跡さ。でも家族の記憶は喰われたみたいだがな」
喰われた。
おそらく何かアヤカシに喰われたんだろう。記憶と時間を喰われた?
あと、喰われたのに生きるのに必要なことは残されたってことか?
つまりまだ見られている可能性もあるのか。
そんなことを考えていると野良は笑う。アイスを買えとせがみながら。
「保険だと言って記憶と知識を押しつけてきたろうが」
アイスをがしゅがしゅ齧りながら野良が肩の上で寝そべっている。
そう、野良に預けた記憶がなければ、病室で衰弱死していたのか。術師の家系のこととアヤカシの存在を思い出せたから動けた。
「取り戻せないのか」
「全部、失いたいのか?」
ここから先は関わろうとせずに安穏と生きろと告げてくる野良。
すべてを失いたいわけもない。
「全部、取り戻したいんだ」
取り戻せない僕はきっと、仕事ができない。
僕は売れない絵本作家。小さな子供たちに聞かせたいと思う話を描く語り手。
家族を忘れた僕に、そう。自分の大事ななにかを奪われてなにもしないなら、僕はなにかを伝えることなどできはしないだろう。
家族を大事だと思えない自分を僕は誇れないだろう。
「取り戻せないと仕事ができないから野良のワガママもきいてやれなくなる」
ヒュッと肩の上で毛皮がちくちくと毛羽立っていった。脅す気か、脅すのかと野良が繰り返している。
お互いに自立した対等な関係。
きっと、僕が参加しようと考えてるゲームは野良にとって不本意なのだろう。賭けるのは僕の全てで野良は心配する必要はないよと撫でれば、その喉の奥から不満だと言わんばかりの唸りを感じる。
そんなふうに心配してくれる野良がいる。
フッと、わざとらしく野良が息を吐く。
「ゲームオーバーはごめんだぜ」
ああ。
もちろんだとも!
僕の表情を確認した野良は目を細めて笑う。
「さぁ、ゲームを始めようか!」
数年前の過去から来た絵本作家と我がままだけど頼りになる野良が、人生を賭けたゲームをする話書いてー。
https://shindanmaker.com/151526




