サボタージュ
使用お題ひとつ
ぽぅっと空を見上げる。
遠い場所からチャイムの音が聞こえてくる。
学校をサボるなんてはじめてだ。
さっきまでやたらドキドキ激しい動悸はチャイムの音で鎮まった。
学校をサボったからって雷に打たれることもない。
世界は変わらず時を刻んでいる。
私なんていてもいなくても変わらない。
意味もなく目頭が熱い。
空がにじむ。
藍の作務衣と下駄の歯。
黒い髪がふわり落ちる。
まぼろし?
「……ぁん?」
ガラの悪い威圧するような声と青臭い匂い。
「見えてんのか?」
にゅいっと顔がまそばにあった。
「ひやぁああああ!」
気がついたら声をあげて突き飛ばし、その反動を利用して座ったままに後退するという器用な奇行をしていた。
羞恥で頭に血が上り、ガンガンと頭痛がする。
「なかなかの声だな。小娘」
作務衣の男がひょいっと私の後ろの手すりを掴んで周囲を見回す。
沈黙があった。
男の手が私の頭を撫でた。
「いくべき道はわかるか?」
男の言葉はどこか優しくて。でも、どこに行くべきかなんてわからなかった。
「名前は?」
知らない人に簡単に答えていいのかわからなかった。でも、嬉しくて私は答える。
「奥津城久遠」
「久遠、ね」
男の声で下の名を呼ばれた。
下の名を呼ばれるなんてどれほどぶりだろう。
学校では教師が苗字を出席確認で呼ぶだけ。家族は、といえば「おい」とか「ちょっと」と呼ぶだけで名前なんか呼ばれない。
声をかけられるだけで嬉しくて役にたとうと必死だった。
「苦しかったのか?」
私は男の言葉に首を必死に縦にふる。
そう。
苦しかった。
誰にも呼ばれず、いないものとして扱われる無能な自分。
私の存在はどう動いても人に不快感を与えるらしいから。
わかっていた。
早くいなくなれって言われていたのに居続けた私が悪いなんてわかっていた。
それでも、それでも、私だっていていいって言われたかった。
役に立ちたかった。
誰かの負担不快にしかなれない自分が最も呪わしい。
「久遠、俺と来るか?」
タバコに火を点けながら男が私に問う。
「ここに居たって仕方ないだろう?」
ここ?
ここは屋上。
屋上は立ち入り禁止。
ドアを封鎖していた鎖がチャリチャリと揺れている。
ドアの向こうからずりずりと重いものを引きずる音が聞こえてくる。
ああ。
私は。
私は。
男が立つ手すりへ駆け寄る。
下には赤い花が咲いている。
「私、死んだの?」
じゃあ、貴方は迎えに来た死神?
死神な彼はウザったそうに舌打ちをする。
ああ。
やっぱり、私は人に不快感を与えるしかできない。
「来たか」
死神さんはドアを見ていた。
ドアの向こうから重い音を立ててくる何かを。
重く黒い塊。それは見ていて吐き気が込み上げる。
シネ。イナクナレ。ウセロ。ウゼエ。キエロ。キモイ。
「まるで呪詛だな」
死神さんはそう言ってタバコを手すりでもみ消す。
「ここにいろ。動くなよ」
正直、死神さんがなにをしているのかはよくわからない。
でも、私を守ってくれようとしている気がした。
「オクさん、なにをボーッとしてんの?」
私は彼に微笑みかける。
「旦那様とはじめて出逢った日のことを」
彼はひょいっと卵焼きの尻尾をつまみながら渋い顔。
彼は死神ではなく、祓い屋さん。
「ん。懐かしいな」
私は旦那様の用意したこの家から離れられない。
唇の端に残った卵焼きの欠片に手を伸ばす。
パクリと咥えられた指先に目の前がチカチカと染まる。
「ん。今日も美味しい。弁当の準備よろしくお願いします」
ふ。
「ふみゅああああああああああ」
あがった奇声に旦那様は笑いながら支度部屋へ行ってしまう。
ああ。
もう。
私は何度、旦那様にヤられるのでしょうか?
今日のお題は死神×いじめられっ子です。
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