森の香り(蛇足)
蛇足なのでお題不使用
肝だめしをしようって仲間を集めたんだ。
カヤコとおれは学校近くに住んでいた。
だから、驚ろかしの仕掛けを作りに約束の時間より早く学校にいたんだ。
おれもカヤコのうちも親は夜勤で見送った後は自由だった。
全員が来れるとは思っていないけど、少しでも多ければいいなってカヤコと笑った。
「あー。コーちゃん雨ふっとぉよぉ」
さぁさぁざぁざぁ雨玉が窓を揺らしていた。
「みんな、これっかなぁ」
なんとなく流れそうだとは思っても待ち合わせ時間までは待つべきだと思った。
「コーちゃん、雷やぁ。きれいねぇ」
「おい、カヤコ。ロウソク置け。あぶない」
「うん。コーちゃん、そっち行く」
ガシャンと音が響いてカーテンが風に巻き上がった。
あっという間だった。
ロウソクの火がカーテンに移ってカヤコのスカートや髪に燃え移る。
おれは泣きながら手を伸ばしてくるカヤコから逃げた。
髪の焼けるイヤな匂い。パチパチと弾ける音。
火は木造校舎を焼いていく。
「コーちゃあん」
気がついたら、カヤコと知らない女の子と三人でいた。
カヤコと知らない女の子は真っ白なお面に絵の具を塗っていた。
「コーちゃん、肝だめし楽しみだねぇ。みんな、楽しんでくれるよねぇ」
カヤコの声に準備中だったことを思い出す。
「そーだな。みんな来れるかなぁ」
「カヤコちゃんとコータくんはみんなとお約束したんだから来てくれるよぉ」
知らない女の子がそう言って笑う。
カヤコは嬉しそうにその少女に抱きつく。
「ホント?」
「ホント」
「ヤシロちゃんが言うならきっとだねぇ」
カヤコがご機嫌に笑ってる。
ヤシロと呼ばれた少女もにこにこしている。
ヤシロはにこにこと笑っていない目でおれを見る。
「楽しみだね。コータくん」
気がついたんだ。
おれとカヤコはあの時死んだんだって。
カヤコは誰かが来るたびに嬉しそうにはしゃぐ。
ヤシロとカヤコは双子のように寄り添っている。
「コータか?」
少年の呼びかけにはたりと気がついたんだ。
ああ。
悪友だ。
ああ。
おれの手を取るな。
「ああ。あたり前だろう」
覚えていたんだ。
ああ。
呼ばれたのがすごく久しぶりな気がする。
悪友はおれの手を取らずに一人立ち上がる。
ヤシロが苛立たしげだ。
逃がさなきゃ。
助けなきゃ。
カヤコが来なかった理由を問い詰める。追い詰めるように。
「そうだよ。なんで来なかったんだよ」
そうだよ。なんでいまさら来たんだよ。
おれは堂々とはヤシロにはむかえない。
ヤシロが何を望んでいるのかがわからない。
ヤシロがそっと合図をしている。
肝だめしに来たみんなが仲間が増えると笑いだす。
お線香の匂い。それは悪友の袖から香った。
小さな光が胸元に灯ってる。
「ごめんごめん」と悪友が繰り返す。
おれは雨のあの日、学校にいた。
地崩れが起きて学校ごと押し流されたと。
おれとカヤコの家も流されたって。
ああ。そっか。
家に居ても死んだんだ。
いいんだ。いいんだ。
おれとカヤコがお前の名前を捕まえる前に逃げてくれ。
おれたちは土の味を知らずに焼け死んだんだよ。
なぁ、これ以上引きずり込みたくないんだ。
逃げて、逃げてくれ。
生きてくれ。
「振り返らず走れよ」
おれが言えるのはそれだけ。
理科室の窓から塩化ナトリウムをまいて悪友を突きとばす。
「コーちゃん、ヤシロちゃんが怒ってるよぅ」
カヤコが笑ってる。
「ねぇ、コーちゃん。また、ヤシロちゃんが迎えに行ってくれるよねぇ」
ケタケタとカヤコが笑ってる。
「やだよぅ。さびしいのはいやだよぅ。どーしてカヤコだけさびしいのぉ」
「おれはいるだろ」
笑うカヤコに自己主張してみる。
ピタリとカヤコの笑いが止んだ。
「コーちゃんは逃げたよね。コーちゃんはカヤコが助けてってしても逃げたよ。熱かったよ。コーちゃんが逃げて心も痛かったよぉ」
「男の子ってホント身勝手ね」
ケタケタ笑うカヤコを抱きしめるヤシロはクスクスと笑ってる。
「コーちゃんはねぇ、ずぅっとカヤコにつぐなわないといけないの。コーちゃんがいるのはあたり前なんだから」
なぁ。
生きてくれ。




