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自縄遊戯  作者: とにあ
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ずるい

使用お題ふたつ


「いい天気だなー」

 二階の窓から雲ひとつ泳いでいない空を見上げる。

 ふぅと息を吐く。

「ここでタバコでもふかしてたらかっこいいんだろうなー」

 空を見上げたまま、軽く身体をねじった。

「……ぁぶない!」

 下から聞こえた声に驚いた俺は窓から転がり落ちる。

 衝撃に呼吸が、息が詰まる。瞬間的に訪れた無音状態。

 かろうじて即落ちを免れた俺は呆然と空を見上げる。身体は痛い。今までの経験から大きな怪我がないのもわかってる。

 受身は、とれたしな。

「だ、大丈夫ですか? き、きゅ、救急車を今!」

 そんな声が聞こえてきて焦る。

「ちょっと待て! 大丈夫、大丈夫だから!」

 あんたのせいだと罵ろうかと思ってやめた。おどおどと覗き込んで近づきも出来ない姿にほだされたのかもしれない。

「でも、病院、行ったほうがいいんじゃあ?」

 今にも救急車を呼びそうな青年を引き止める。

「いいんだよ。ちょっと痛いだけ。打ち身ぐらいだし。頭は打ってねぇからさ」

 仰向けに寝転がったまま言うから説得力がないらしく、青年はケータイを握り締めている。ぶら下がるキーホルダーが面白いほど揺れていた。

 びくびくと怯えつつ、寄ってくる。

「打ち身のショックで、」

「やっぱり救急車!」

 言葉の途中を遮られて叫ばれる。

 イラッとする。

「っ大丈夫だっつってっだろ!」

 ぐっと身体を起こすと眩暈が走って気持ちが悪い。

 急に動きすぎたことを少し反省。

「あの、やっぱり、その救急車」

「いらねぇっつってる。この程度で呼んだりして必要な人が呼んだ時出払ってたらどーすんだよ。ふざけんな」

 でもともごもごごねる青年の胸ぐらを掴む。

「急に動いたからグラっときただけだ。たいしたことねぇ。受身はとれてるし、頭を打ったわけでもない。だいいち治療費がかかるだろうが!」

 落ちた庭は雑草まみれの土庭でコンクリ敷きじゃない分、物理衝撃を逃がせる。

 衝撃を受けたメンタルショックも怒鳴りつけたことで少し散った。

 酷かったとしても捻ったり打ち身。ヒビくらいだと憶測を立てる。それなら時間薬が一番いい。

「あ、あの」

「なんだよ? 心配しなくてもあんたのせいだなんて騒いだりしねぇよ?」

「で、でもお仕事や生活に差し支えるんじゃあ?」

 鼻で笑う。

「別に差し支えねぇよ。仕事はしてねぇし、買物はネット宅配だし、問題ねぇよ」

 青年はいかにも普通に勤め人してますという風だった。それに対して俺は無職。数ヶ月前に最後の身内が死んでこの家を相続した。

 前職場で対人トラブルを起こした俺にはちょうどいい逃避場所だった。

 もう少し、誰とも関わりたくなかったのに。

 立ち上がると流石に痛みが走る。

 そっと身体を支えられる。

 睨めばスッと視線を下げられる。

「自分が驚かしてしまったせいですから。その、お、応急処置だけでもさせてください」



 青年は家の中に入り込んだ。

 唖然としているのがわかる。

 家の中はとっ散らかったままだ。

 葬儀、納骨。それが終わってから、この家の諸々を相続することになってると教えられた。

 はっきり言えばもっと早く教えろと思った。

 いや、何度か伝えようとしていたのを俺が仕事の都合で対応できなかったのだ。

 家のごたごたを片付けるために仕事に穴をあけたことをねちねち言われて限界がきた。お悔やみの言葉もなく、恩着せがましい言葉の数々。多分、それ以前にも蓄積していたんだろう。仕方ない。自分が悪かった。なんて考えられなかった。売り言葉に買い言葉。対人関係は職場の人間関係はぼろぼろ。

 そう職場を辞めたのだ。

 再就職が簡単にできると思うなよといわれた。

 それでも、溜まっていた有給休暇を消化し、失業保険手続きをした。訴えられることは避けたかったのか、申し訳程度の退職金も出た。一年ぐらいニートをしてもいいかと思っている。

 安い家賃で部屋を借りるより田舎のこの町にある持ち家へ引越してきた。難点は家の中がわからないことだった。だから荒らしては散らかったまま。まだ、整理整頓をするほど心身の疲弊は取れてないと言い訳をする。

 それに面白かった。

 アパートマンション暮らし。それを繰り返してきた俺には一戸建ての家は未知の存在。

 押入れを探れば、歴史がこぼれる。

 無造作にしまわれたボードゲーム。古い、俺の知らない誰かが作った工作。アルバム。洗濯機のそばに並べられた数種類の洗剤。ぎしぎし音をたてる板張り廊下と台所。

 それなのに誰もいない。

 俺だけの家。

 自由だった。

「お、お家の方は?」

 ぼんやりと状況を再確認しているとおずおずと声を掛けられる。

「俺だけだよっと」

 ソファーの上に身体を落とす。青年は慌てて介助しようとする。

「も、いいぜ? 独りでも平気だからよ」

 青年はキョロキョロと辺りを見回して、戸棚の一つをそっと開ける。

「湿布とテーピングしておきましょう」

 出てきたのは救急箱だった。

 こういうものの置き場はあまり変わりませんからと照れくさげに呟きながら捻ったり、打ったりした場所を確認する青年。

 その置き場の想像すら俺にはつかなかったけどな。

 俺はトレーナーの上下で、めくったりしやすい格好だった。

 抑えたり湿布を貼ったり、応急手当を素早く済ませる。

「時間が経てば熱が出るかもしれませんよ? あの、夕方、また来ますね」

「は?」

「一人で動いて負荷をかけたら治りが遅くなりますし、その、気になるので」

 もごもごと口ごもりつつそんなことを言う青年。返事をする前にそそくさと出て行く。

 なに考えてんだ?

 気がつけば眠り込んでたらしく、開けっ放しの窓から冷えた空気が流れてくる。

 打ち身が熱を持ったらしくだるい。

 横に置かれた水に手を伸ばし、一口含む。

 何か視界が違った。

「起きましたか?」

 エプロンをつけた青年が立っていた。

 いや、ちょっと待て。

 確かに後で来るっつってたけど不法侵入だろうが。と怒鳴りたい。

 それでも準備された料理の誘惑に負けて食卓に着いた。

 青年の名前は青戸あおと藤路とうじ

 町の雑用を引き受けている何でも屋の社員だという。

 業務内容は墓参り代行、犬の散歩代行。一人暮らしの老人家庭への安否確認を兼ねた訪問。家事代行。時には失踪ペットの捜索までするらしい。

 怪我をさせたお詫びに家事代行をさせてほしいと申し出られたのだ。

 少し探りを入れれば、けっこうな零細事業所のようだった。家族経営の。

 俺はため息をつく。

 うざったいが、これも縁か?

「家事代行料は払ってやるから料金表出せ」

 ぱっと一瞬表情が明るくなる。

「い、いぇ、僕が驚かせたせいで怪我をさせてしまって!」

「うるせぇ! 責任感じてるんなら、料金払わせねぇなら二度とくんな!」

 ぐるっと、動いたせいで痛みが走る。

 藤路は鞄の中から料金表を引っ張り出す。

 それを俺はひったくって確認する。

 契約書も料金表の裏にクリップで連ねてあった。ものすごく大雑把な書類だ。

 ついもう少しまじめに作れよと言いたくなる。

 添えてあるボールペンで書類の空白スペースに『家事代行』『遺品整理』『雑務』、署名欄に『暮原くれはら天満あまみ』と書き込む。

 料金表を見た限り一ヶ月ぐらいは大丈夫だし、それまでには落ち着きもするだろう。

 まぁ、飯うまいし。

「あの、いいんですか?」

「んー? いいぜ。ただし、あんた限定な。しらねー奴にうろうろされんのはウザい」

「はい! わかりました。いっぱいサービスしますね!」

 子供みたいに笑われてちょっと困った。



「天満さんはずるいひとだと思うんです」

 は?

「断れないように押し切ってしまうんですから」

 朝飯を食べながら苦情を突きつけられる。

 心外である。

 白ご飯と卵焼き、骨を考えずに食える小魚の焼き魚。こう、頭からがりっと齧り付くのはけっこう新鮮だ。

「いや、俺は断りたかったんだぜ? 譲らなかったのはお前だろ?」

 そうでしたっけと奴は照れくさそうに笑う。

 朝のうちにと目に見えてゴミと判別できる物を奴は纏め上げていく。散らかった洗濯物を洗濯機に放り込み、分別していく。

 洗濯物を干したり掃除機をかけたりくるくると働く。 

 動けば痛みはあるが、問題はない程度。ただジャマにならないようにソファーに寝転がる。

 やつが片付ける合間に時々雑談をする。

 たとえばこの地域のごみ出し曜日と時間とか。昼からは別の仕事が入ってるとか。そんな話だ。

 日常をこなす。

 それは心を整える工程なのかもしれない。


 

 そんな出会いから一ヶ月。

 藤路は今、なぜかうちに居候している。

 下宿先の老夫妻が息子さんのところへ行く影響で居場所がなくなったせいだ。

 基本的にはお互いのプライベートエリアは守りつつ、暮らしている。

 酒を飲ませてみるとあまり強くはないようでくだを巻かれた。

「体温が、恋しいと縋られればそばにいなきゃって思いませんか?」

 だの、

「恋の苦しさは気持ちいいとか言われたら困るじゃないですか。告白されたのかとか思うじゃないですか」

 とか言うから意中の相手がいるのかと思えばそういうわけではないらしい。

「でも、付き合ってるわけじゃないですし、他の人と話しただけで、ひっぱたかれるとかないと思うんです!」

 酔って藤路はいろいろと自分を暴露する。

 俺は酒を飲みながら流すようにそれを聞く。

 照れくさそうな、気弱な姿に母性本能を刺激されたお嬢さんたちは無意識に藤路に惚れて、他の相手に親切にしてる藤路を見ては裏切られたと思うらしい。

 俺にとってはバカらしい。

 そして最近、絡まれるのが減ったと藤路は喜んでいる。

 俺と同棲してるという噂が広がってるせいなのは認めたくない展開だ。




恥ずかしがり屋の浮気男と健康的でいやに行動力のあるニートが段々おかしくなっていく話書いてー。

http://shindanmaker.com/151526

今日のお題は、『ずるいひと』『体温が、恋しい』『くるしい、きもちいい』です。

#jirettai http://shindanmaker.com/159197

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