窓の外へ
使用お題ひとつ
これでは籠の鳥だと兄が悪態を吐き、椅子を蹴る。
自由きままに許されてきた生き方を変えるのは大変らしい。
周囲からちやほやしてくる賛同者は減り、厳しい言葉で在り方を要求してくる者が増えた。
私の周りもだが、兄の周りは特にだろう。
息が詰まりそうだ。と愚痴るのは私の部屋でだけだ。この時ばかりは側仕えの者達も席を外させている。
魔王もまた神の使徒だと誰もが目を逸らしていた結果。
欲に溺れて正しい道からそれたゆえの魔族の侵攻。
兵を死地に送り出しながら遊興に耽っていた自らが持てる者だと驕った者のあやまち。
それは死を持ってあがなえるものでなく、生きて記憶し記録を守り、より正しく生きることをすすめること。
きっと苦しい。
兄も苦しい。
それでもやらなきゃいけない、通らなければならない道。
だけど呼吸は必要で。
無防備に笑う少女の姿はなによりも癒しで許しだった。
走れる歩ける進める。
兄を支えていける。
私が誰であるか知らない無防備な少女。
知ってるのかもしれない。
それなら、今だけは騙されていたい。
それは愚かなことかもしれない。
年に一度なら愚かな未成年で許されたい。
少女に恋してるフリで国以外を愛さない。
「すまなかったな」
弱音を吐いていた兄がすきりと立ち上がる。
私は笑って「平和は尊いですよね」と口にのせる。
兄はわざとらしくため息を吐いて挙動不審な動き。髪をかきあげて、閉じた目をゆっくりと開ける。
その視線はまっすぐに私を映している。
「もちろんだ。そのために王族はいるのだから」
しっかりと宣言する兄が心強い。
「……知らぬ姫との婚儀もか、覚悟を決めて貞節を、な」
そう言えば婚儀の話が出たんでしたね。
会ったこともない姫だとか。
最初の恋人達は戦地に散ってますものね。兄は。
「……恋人に操を立てて世継ぎはお前の……とは」
「無理ですね」
兄の夢と希望は折っておきます。
不満そうにされても譲れない部分でしょう。
「愛せるかもわからない」
「誰かを愛したことがあるわけじゃないでしょう」
兄が愛したのは女性の肉体から与えられる快楽だったと自分でおっしゃるんですから。
兄は気まずげに視線を泳がせる。
「……そうだな。せめて友好的な関係が築ければいい」
弱音を吐いて気弱く見える。
部屋から出ればすべて窓の外に捨て去らなければならない感覚。
「ありがとうな」
「いいえ。兄上のお力になりたいのです」
頭に置かれる兄の手を嬉しく感じているのは確かで。
今、兄が弱音をこぼせるのが私だけだと優越感は醜い私の本質だろう。
人は醜い。
タガを壊せばたやすく他を破壊尽くす。
『愛』や『正義』を持って他者を蹂躙し悦楽を覚える。
正しく生きることはなにを正義と定義してゆけばいいのか。
人は無垢たり得ない。
誰しもが醜い。
私もまた醜い。
人の死と理不尽と裏切り、その呪縛で城と国は守られる。
窓の外へ出て無垢に草原を駆けてはいけない。
私は窓の内側でひだまりに翔ける君を見ることを私自身に許したい。
君の笑顔がかげらなければ、きっと私はこの道を駆け抜けられる。
知らなければ、ただひとつの光で事足りる。
私は兄が出て行った部屋の中、窓の外へ視線を泳がせる。
城の中庭を歩く少女。
少女は私の側近、ビオセに抱きつく。
きしりと胸が痛い。
私のひだまり。
お題は〔窓の外へ〕です。
〔句読点以外の記号禁止〕かつ〔「走る」描写必須〕で書いてみましょう。
https://shindanmaker.com/467090




