濡れた声
使用お題ひとつ
今宵は美しい月夜。
真新しい屋敷の屋根の上にテーブルを用意して王城を眺めながらの月見酒。
「夜は特別だと思いませんか。旦那様」
「……うさんくせぇ」
この屋敷の持ち主である旦那様が小さくゴチる。
そういう様が可愛らしい。
恨めしげな眼差しに私は保護欲と言うのか好奇心と言うのか、もっとイイ顔をさせたくなるじゃないですか。
二十年も生きていないような子供相手である以上保護欲であり、壊したい破壊欲。幸福の表情も絶望の表情も全て私の前に晒せと思う独占欲。
「色事なぞ如何です?」
グラスに琥珀の液体を注ぎ落とす。
「お前、男じゃないか」
「いやですねぇ。私は魔族ですよ。性別なんて矮小なものには囚われないのですよ。最も敬虔なる神の使徒として我らは独自性に富んでいるのですから」
ええ。
外見を女体に合わせようが、男体に合わせようが自在ですとも。
人は自らこそが最たる神の寵児と騙る。
無論、それを否定なぞしてはやらない。
確かに寵児であろう。
だからこそ我ら魔族の注意も引く。
忘れるべきではないのだ。
我ら魔族を作り出したるも神の御業と。
そして、私は人の業を見て滅ぼす寸前まで苛まなくてはならぬという義務感を抱いた。これが神意。
人は寵児であるべきであり、満ち溢れ過ぎることが停滞を腐敗を呼ぶのなら間引くことこそが我が使命。
絶望の内で希望の光を望んだ者が残ればいい。
汚れ足掻き、懸命に生きる。私はそれを望んだ。
一般的な誘惑者の姿で私は旦那様を誘惑する。
まだまだ流通の少ない食材でも私には容易く入手可能だ。色と食は最も強い誘惑となる。
私は私の角を断ち斬るその技量に惚れた。
きっかけはそれで充分だった。
ウブく逃げる青さに楽しくなって笑う。
ああ。愉快。逃げるくせに料理は取っていく。
「戦災孤児を引き取ろうと思う」
おや。
「生き物を飼うのは難しいですよ?」
お世話できるんですか?
自分の着替えの洗濯もできないのに。
しかも使用人を入れることすら嫌がる人見知りっぷりの分際で。
「飼うんじゃねぇよ。俺だってもう少し人と接する機会をだなぁ」
「ああ、実験ですか。そうですね。世話を出来なくて死なせても旦那様は勇者ですから責められる事はありえませんし、お嬢様なら愛玩……危ないですよ」
喉元に当てられた抜き身に私は笑う。
いっそ、突き刺してしまえばいいのにと思いながら。
「そんな真似するつもりはない」
カタイ声に笑いが込み上げる。
「まずは、奥様をと王家ゆかりの姫でも勧められるんじゃないですか?」
図星だったのか視線を泳がせる姿に私は笑うことをやめられない。
ああ。
彼を見ている事に飽きるまでは人を間引くことも必要ないでしょう。
「好きですよ」
恨めしげにねめつけてきていたその表情が驚きで解ける。
人はひと瞬きの間にいのちを散らす。
腐るのも早く、再生も早い。
あなたのこれからは役目を終えて腐りゆくのか、それとも美しく花を開き実を結ぶのか。
楽しみでなりません。
「俺はわからん」
「そうですか」
別に構わないでしょう。
私が勝手に好意を持って楽しんでいるんですから。
「だが、嫌いじゃない」
そんなことを呟いておいて言ってないフリしてハムをがっついて喉詰まらせるって何やってるんでしょうねぇ。
私は耳がイイんですよ。聞こえなかったフリをしてあげる優しさですね。
数日後、女の子を連れてきた旦那様は緊張しすぎて発熱してました。
アンタ、毒も平気で浄化できる神の寵愛深き勇者様ですよね?
不安そうな少女をなだめるのは苦手なんですけどね。なにせ、私魔王ですよ?
まぁ、執事プレイは楽しんでいますがね。
「お嬢様は眠りましたよ」
「はは、なぁ、俺ちゃんとお父さんできっかなぁ。俺、親父なんかしらねぇんだ。ちゃんと守れっかなぁ。ちっちぇんだ。なのにあったかいんだよ」
熱が脳天にいってますねぇ。
「あったかいと思えるなら大丈夫ですよ」
心を寄せれるなら大丈夫。
私は敬虔なる神の使徒。
人の理では動かずとも神の望む人の理を想定しないではないのです。
不安に濡れるあなたの声に私はまたひとつ見えた表情の色に喜びましょう。
巣立つ時、きっとあなたは今より美しく複雑な色を添えた濡れた声で嘆くのでしょうね。
祝福すべき巣立ちを。
あなたはきっと娘を愛せる。
「幸せな将来ってなんだ!?」
「選択肢の多い人生ですか?」
護身術は必要ですよね。
女の子ですからかわいさも武器にできますよね。
勇者の娘って肩書きで喧嘩売ってくる馬鹿がいることも考えて護身術は必要ですよね。
お題は〔濡れた声〕です。
〔三人称視点禁止〕かつ〔食事描写必須〕で書いてみましょう。
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