氷の花
使用お題ひとつ
暖炉の火は赤々と燃えています。
土ぼこりが舞わないように蔦を編んだラグや毛皮のマットが木製の家具に抑えられてごっちゃりとした部屋です。
丸い布張り椅子に沈むように座る夫人は細々と針を持った指を動かしていました。
「おばあちゃん、おばあちゃんはどうしておじいちゃんのお嫁さんになったの?」
祖父を毛嫌いしている孫娘の言葉に夫人はクスクスと少女のように笑いました。
「やっぱりおじいちゃんが魔法使いだから?」
ほどけた糸玉を丸めながら孫娘は理由を探します。
「そうねぇ。魔法使いで良かったと思っているわよ」
孫娘は納得したようながっかりしたような顔を夫人に向けます。
「おばあちゃんも魔法使いのお嫁さんって立場が大事?」
「そうねぇ。あの人が魔法使いで良かったわ。だって、私より長生きですものねぇ。だから、安心して待ってもらえたわ」
よくわからない孫娘は頭を揺らします。
魔法使いはひとつの集落にごくごくたまに生まれる特別な存在です。親兄弟の倍ぐらい長生きすると言われているのです。
だから、魔法使いは早々にひとりで暮らしはじめます。
魔法使いは特別ですから。
「わからないわ」
ツンっと言い放つ孫娘を夫人はゆっくりと見つめます。
「フォルゲーデルさんと喧嘩でもしたの?」
「してないわ。相変わらず魔法使いになりたいようだけどね!」
ぷりぷりと孫娘は次の糸玉に手を伸ばします。
あらまぁと夫人は笑いをこぼしました。
フォルゲーデルさんは孫娘の恋人ですが『魔法使いの孫』である孫娘にふさわしくあろうと絶賛背伸び中なのです。
ひとつの集落に魔法使いが生まれるのは五十年から百年に一度です。そして魔法使いとして生まれたのならすぐにそうだと知れて、生まれてにねんで独り暮らしをはじめるのです。
フォルゲーデルさんが魔法使いになることはありません。
ゆっくりと夫人は椅子からおりると暖炉にかけてあるポットに手を伸ばします。
「温かい甘いお茶でもお飲みなさいね」
糸玉をカゴに入れた孫娘は戸棚にカップを取りに走ります。
お盆にのせたカップに明るい蜜色の液体が注がれます。
ふわんと嗅覚をくすぐる甘いにおいでした。
「クッキーも出しましょうねぇ」
夫人はゆるゆると作業してゆきます。
テーブルにお茶を運んで夫人の手伝いをしようとした孫娘は玄関の呼び鈴が鳴ったことに気がつきました。
「おばあちゃん、いってくるわ!」
ぱたぱたと出迎えに向かう孫娘にハイハイと返事をしつつ夫人は暖炉の脇にある取り出し口から金属板を引っ張り出します。
板の上には可愛らしい焼き菓子が並んでいます。夫人はその出来栄えに満足そうに微笑みました。
「フォグ!?」
玄関から聞こえてきた孫娘の声に夫人はにっこり。
恋人が迎えに来たようです。
「おばあちゃん!」
はじらいと興奮に染まった表情で駆け戻ってきた孫娘を夫人は迎えます。
「フォグったら私の生まれた場所に花を摘みに行ってたって言うのよ!」
ああ、もうバカなんだから。と続けつつもうっとりと落ち着きのない孫娘の後ろから困ったように苦笑う青年と年配の男。
「おかえりなさいませ」
うむ。と頷いた夫人の夫はささっと別室に消えていく。
夫人は青年にすでにいれてあるお茶を差し出し、焼きたてのあったかクッキーもすすめます。
「おばあちゃん、あのね」
「フォルゲーデルさんと行くのでしょう?」
幸せ全開で孫娘は頷きます。
「お茶を飲んでいてね。クッキーを詰めてあげますからね」
夫人の言葉に孫娘はまた頷きます。
「ありがとう。おばあちゃん大好き!」
袋に詰めたクッキーを抱えて孫娘は恋人と自分の家へと帰っていきます。
「帰ったか」
「ええ。おかえりなさいませ」
にこにこと夫人は夫のためにお茶やお菓子を用意します。
「不自由はなかったか?」
「はい」
「不満はなかったか?」
「さびしかったですわ。おつとめとわかっておりますけど」
「そうか」
「そうですわ。おつとめ大変ではありませんでしたか?」
「問題ない」
「フォルゲーデルさんはお花を摘めたんですの?」
「いいや。あの花は素人には摘めん」
ふんっと鼻を鳴らして夫は揺り椅子に体を沈めてキセルにたばこを詰めました。
「あらあら。あの子はお花をもらえなかったの?」
「このあたりでも育てられる種をみつくろってやったとも。生まれて十年にもならん小僧っこがバカなことするもんだ」
ふぅっとたばこの煙と一緒に若者への不満が吐き出されます。
夫人はクスクスと少女のように笑います。
「本当なら家長になれる年ですよ。私も十になるまで嫁がないものですから、まわりに責められたものですもの。……あなたにも心配していただきましたわ」
夫人の拗ねるような眼差しに夫はすっぱすっぱとたばこをふかします。
「おかえりなさいませ」
三度めのおかえりなさいに夫はキセルを置いて立ち上がりました。
「ただいま帰った」
グイッと押しつけられたきらめく花に夫人はうれしそうに微笑みます。
「私をお嫁さんに迎えてくださってありがとうございます」
たった一輪の氷の花を抱えて夫人は微笑みます。
夫は年に一度この日に花を贈ってくれます。
溶けることのない氷の花を。
その花の持つ意味は『変わらぬ心』
一年に一輪ずつ氷の花は増えていくのです。
おっさんと親戚と花の出てくるハピエン小説を書いてください。
#おっさんハピエン
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魔法使いもぐらはおっさん!(主張




