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自縄遊戯  作者: とにあ
134/419

こんなに簡単に、死ぬの?

使用お題ひとつ

 人生ってなんだろう。



 私はぼうっと昇ってくる朝日を眺めテラスの手すりに身を乗り出す。

 ずっと、ずっと下の方で騒がしい。

 冷えた体をさすって押されるチャイムに応える。

 おまわりさんが話を聞きに来てた。

 夜更け前に朝日を撮る日課があるんです。テラスの隙間からの角度が好きで。カメラをセッティングしてコーヒーを持って時間を待っていたんです。

 もどかしげな眼差しに私も微かに焦りを覚える。

 一人のおまわりさんがふと気がついたように首を傾げた。私も合わせて傾げてしまう。

 落ち着いてください。ゆっくりで、……ずいぶん冷えてますね。温かいものを飲んでらっしゃいますか? そんな風におまわりさんは心配してくれて、少し安心してしまった。

 チャイムにようやく動けて……。

 カタカタと体が震える。

 怖かった。

 テラスに出た時、上の階で喧嘩しているなって思ったんです。でもあんまり気にしなかったんです。窓を閉めて部屋にいたら聞こえない声でしたから。時々、喧嘩しているなって知っていましたし。だから、私いつものようにカメラを構えて……シャッターを押したんです。ええ。落ちた時間はわかります。データに残ってると思います。

 私は必死に冷静さを集めて伝えた。

 きっと、このマンションには何か悪いものが憑いてるんです。

 パソコンにデジタルカメラを繋いで画像を見てもらう。

 落ちていく女の髪の隙間から見開いた目がこちらを見ていた。

 たぶん、彼女の名前を彼は呼んだんです。

 彼女の足を、体を抱きとめようと空を掻く男の指先。

 男は私を見ることはありませんでした。

 男が呼んだから、彼女は視線を揺らして私に気が付いたんです。

 私は、ただただシャッターを押したんです。

 二人の最後を罪深いほどに記録したんです。

 音はあまり大きくは響きませんでした。

 でも、しばらくして悲鳴が聞こえました。

 でも、あんまりにも朝日が美しかったんです。

 ですから、私はずっとシャッターを押していたんです。

 ね。

 きれいな朝日でしょう?

 怖かったことも忘れてしまいそうで。と微笑んだ私を二人のおまわりさんは不審そうに見てきて少し、怖かった。

 落ちた二人のことを聞かれて、私はほとんど部屋から出ないから知らないと答える。

 知っていれば、お役に立てたのに。

 写真データを渡す私におまわりさん達はありがとうございますと微笑んだ。

 人喰いマンション。

 まわりの人はそう噂しているらしい。

 あんなに生き生きと喧嘩していたのに半日と経たず仲良く同じ場所に旅立ったんだわ。

 なんて、静か。

 こんなに簡単に、死ぬの。

 こんなに簡単に、終わる。

 このマンションはこのあたりで一番高い。

 飛び降り名所。

 なんて不名誉な名所。

 死ぬのは怖い。

 求めれば求めるほど怖くて遠い。

 画像フォルダに詰め込まれた落ちていく人たちの切り取り時間。

 報告するなんて私は思わなかった。

 私が撮りたいのは人ではなく朝日であり、夕陽であり月なのだから。

 どうして美しいものを見ながら落ちていくのか。

 人なんか撮りたくない。

 私しかいない部屋で私は笑いを抑えられない。

 私は終われないのに生き生きと生を謳歌する人たちが、ああ、あっけなく。

 私の目の前には赤い石の花束。

 画像フォルダを開いてうっとりする。

 昇りゆく朝日に照らされ影になる落下物。

 そこに喧嘩の後はなく、ただ、愛のしるべが見える。



 人生ってなんだろう。

とにあさんは


1.いやだ、違う

2.こんなに簡単に、死ぬの?

3.この迷路のゴールには

4.花の冠

の中で一番多かったお題を書いてください。

#お題アンケ

https://shindanmaker.com/601337

2が一番多かったのです。

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