底辺からの上昇
体言止め禁止学園モノ❷
桜ちる森の奥に特別な学校がありました。
その学校は国の偉い人達を育てる全寮制の学校です。
偉い地位にいる人達の子供や偉い人になりたい子供たちがたくさん通っています。
テイルはそこに通っている学生の一人です。
優しい色合いの髪はポニーテールで風に揺れると木漏れ日がこぼれるようにキラキラと綺麗です。
テイルはこの学校にお友達はいませんでした。
偉い人達の子供も他の誰も同じようにテイルは扱うのです。
『礼儀を知らぬのだからしかたないな。面白いじゃないか』と言っていた子供もテイルに見下ろされるのは面白くありません。
テイルは教室や寮の個室のドアでちょっぴり屈まないと頭を打つこともあるぐらい背が高いのです。
もちろん、女の子達が好意的な視線をテイルに送るのも面白くありません。
『気の利かない男なんてサイテーですわ』と言ってる女の子もいますが、テイルは誰かが困っていればそっと助けてくれるのです。
それでも、普段冷たく語っているので素直に『ありがとう』と伝えられる子供は少ないのです。
優しくされることを『当然』と育ってきたからでもあるでしょう。
テイルがなにもなかったようにそっぽを向いているからかもしれません。
なによりも偉い人達と連ならないただのテイルなのに、どうして自分たちを敬って従わないのかがわからないのです。
そして同時にテイルの存在を『異質』と、『怖い』と感じる自分たちを認めることができないのです。
だから、教室の一番後ろの席でくつろぐテイルを振り返ることができないのです。
そんな学校はテイルにも面白いとは思えませんでした。
偉い人達の子供たちは面倒くさく、その周りは卑屈だったりです。
自分の生き方を見据えてる級友や先輩は面倒事に関わりたがりません。
テイルも迷惑はごめんでした。
たった一人の兄が心配してもそれがテイルでした。
テイルがこの学校に入ったのは保護者になってくれている考古学者がこの学校で教鞭をとっているからです。
拾ってくれたのは彼女の父親でしたが、彼が亡くなった後を彼女が引き継いだのです。
まだ駆け出しだった彼女は資産運用が得意ではなく、うまく丸め込まれてこの学校を職場としたのです。
だから、テイルと兄もこの学校についてきたのです。
面白くなくてもおとなしくしています。
外で走りまわってる方が気楽でも我慢です。
『ねぇ、テイルお願いです。ページをめくってください』
耳元で囁かれる声をテイルは聞こえないフリです。
その小さな声は左耳につけられた鳥籠ピアスからこぼれていました。
級友が読み上げる速度に合わせてページをめくると満足そうな吐息をテイルの耳が拾います。鳥籠ピアスから開かれた教本を見ている小さな存在、それがテイルの兄ニートでした。
ニートは弟のテイルがいなければ何もできませんでした。
役立つことのできないニートですが、テイルは兄が大好きなのです。
授業なんてテイルには面白くありませんでしたが、兄が喜ぶなら良かったのです。
武官の授業も文官の授業もテイルは平均より少しだけ下でした。
それで良いと過ごしていたのです。
それが少しだけ変わったのはある少女との出会いがきっかけでした。
その少女は国の偉い人達の子供の一人でした。大人の駆け引きは結局のところ子供にも影響するのです。
失敗した家の娘には誰も近づきません。
「あなたをワタクシの騎士にしてさしあげますわ!」
そう扇を向けられたテイルは正直な感想を口にしてしまいました。
「馬鹿じゃないのか」とよく通る声が教室に響きました。
耳元で笑いながら『やめてあげなさい』とたしなめる兄の言葉は抑止力が低すぎました。
「馬鹿じゃありませんわ。特待生でありながら、成績が低ければ追い出されてしまいましてよ。ワタクシの騎士になるのなら勉強やマナーぐらい教えて差し上げましてよ」
「いりません」
テイルは特待生ではないですし、面倒事は嫌いでした。
同時に騎士に憧れてもいません。
けんもほろろに断りながら顔を上げたテイルに飛び込んできた世界は嫌なものでした。
おそらく善意であったであろう提案を断られ、瞳を潤ませる少女の後ろで小さく笑うクラスの人たちがいました。
この間まで少女の後ろにいた子供たちもそちら側でした。
テイルには、その少女は独りだとわかりました。
級友と言っても関わりがないので外見と集まりごとでしかテイルは認識していませんでした。
それでもなぜ突っかかってきて笑い者になりたがるのかがテイルには理解できませんでした。
静かにしていれば人の関心はいずれ鎮まるものなのですから。
つまらないとテイルは呼吸を吐きだします。
音を立てて立ち上がるテイルに視線が集まりました。
それは、平和を好むテイルにとって不愉快きわまりない出来事でした。
休日の昼下がり保護者が使う資料室へとテイルは足をのばします。
『ああ、テイルには困ったものだと思いますね』
「悪い子じゃないと思うわよ」
軽やかに笑う兄と義姉の姿を見ながらくつろぐ時間はなによりの至福でした。
小指の爪ほどの大きさも持たない兄がテイルは心配でしかたありません。だから、家族だけの時間は安心です。
『シュガーがいましたし、気をつけないといけませんね』
「シュガー先生がどうしたの?」
シュガー先生は学校で魔術を教えている先生です。月光を集めたような白髪に冷えた紫水晶の瞳が印象的な先生でした。
その酷薄ともいえるイメージが一部の女子生徒に人気です。
『彼は喰民ですよ。基本的に害をなす力はありませんが、実害がないとも言えないでしょうね』
「イーターだなんてお伽噺のようねぇ」
義姉が軽やかに笑います。テイルが感情を冷ややかに変えたことには気がついてないようでした。
『レトロを困らせるなら排除しますから心配なさらないでくださいね』
「まぁ、生徒を食べたりしないでしょう?」
義姉は国の歴史を教える教師です。
だからお伽噺も知っていましたし、昔話に隠される真実があるのも考慮します。
それでもそれはお伽噺で、遠い世界の話でした。
「知ってる喰民なの?」
そうテイルが兄に問いかけたのは義姉のそばを離れてからでした。
『人間に友好的な喰民でしたよ。人肉を好む性癖はありませんでしたし、最も人肉を好む喰民は少ないのですけどね』
「でも、実害があるって言ってたよね?」
テイルは不愉快気に言葉をつづります。
耳元で『ふふ』っと兄の笑いが聞こえます。
『ああ、テイル怒らないでください。シュガーは世界の終わりを望んでるはずですよ。直接会ってないので今もそうかは何とも言えませんけどね』
楽しそうな口調がどこかテイルには腹立たしく意見をさしはさむことを止めました。
「いましたわね!」
廊下の真ん中で仁王立ちする少女がいます。
「レージーナ嬢なにか御用ですか?」
「授業で出た課題を一緒にして差し上げますわ!」
扇を突き付けられておこなわれた宣言にテイルの理解が追いつきませんでした。
その日からレージーナはなにくれとなくテイルにつきまといます。
「体力ないな」
「し、淑女は殿方をたてるものですもの。手を貸してくださってもよろしくてよ?」
力尽き足をもつれさせたレージーナにテイルは手を伸ばします。
「何をなさいますの! ワタクシ荷物ではありませんわ!」
片手で腰を抱かれ持ち上げられたレージーナは声を荒げます。それをつまらなさそうに見下ろしたテイルは無言で歩き始めます。
「おろしてくださいませ」
「おっせーんだから大人しくしてろよ」
「無礼ですわ!」
「事実だろうが!」
「やっぱり野蛮人ですのね」
こんな口論が気がつけば日常でした。
「貴族に取り入るのがうまいことだ」
そう、棘のある言葉を投げてきたのは白い髪を流した男性教員シュガー先生でした。
「とりいってるつもりはありません」
テイルにとっては心外な言葉でした。
「そうかね。私はね、君が嫌いだ。それを伏せるつもりはないよ」
それは静かな会話でした。
「レージーナ嬢にもですか?」
テイルの問いかけにシュガー先生はスッと廊下に張り付いた窓に視線を投げます。
「彼女は自分の生きざまを放棄しているようだな。よほど婚約の破棄が辛かったのだろう」
「いや、先生がそれを視線を逸らしながら言っちゃだめだと思います」
鈍い沈黙が二人の間におちました。
「まぁ、邪魔するから頑張るがいい」
「先生が堂々と宣言してんじゃねぇよ!」
それでもテイルにとって本当に厄介だったのは教師である彼でもつきまとう令嬢でもなく、クラスの上位者たちでした。
自分が無様をさらし手を抜けば、それはテイルではなくてレージーナ嬢に冷ややかな笑いがいくのです。
それはテイルにとっては愉快な出来事ではなく、自然と成績を上げることにつながっていったのです。
手を抜く度合いを変えたテイルは非常に優秀でした。
級友たちに送られる視線も質を変えていきます。
一応、王子をたてる気づかいは見せていましたが、時々叩きのめしてもいました。
「ワタクシの導きの成果ですわね!」
そんな中で変わることなく、扇を手に色鮮やかに華やかに笑う少女をテイルは生ぬるく見つめます。
そして、「まぁいいか」と思うのでした。
テイルが生まれた場所はここからずっと遠いところでした。
それはもう帰ることのできない場所です。
勇者と呼ばれた過去になにも知らず多くの喰民を倒してきた人生でした。
兄だってあんなに小さくはなかったのです。
テイルは喰民を倒す勇者であり、兄であるニートは喰民の王でした。
摂取する栄養が人と喰民では不幸なことに違ったのです。
喰民は人から生まれ、排除された人なのです。
「あの女の家は落ちぶれるだけだよ。つくのなら見込みのある家につくべきだ」
見下すように言ってきたのは国をまとめている偉い人たちの子供の一人でした。
テイルにとっては興味のないことです。
どちらかと言えば少年の眼差しが令嬢の豊かな胸を捉えてることの方が気になります。
テイルにとって少年たちが自分を潰そうとかかってくるのを返り討ちにしていくのは簡単だったのです。
「スゴイですわ。ワタクシの導きの力ですのね」
令嬢の的外れな自画自賛もいつしか慣れてしまったのです。
「ワタクシの実力ですわね。テイル様にも感謝致しますわ」
柔らかく微笑むレージーナにテイルはなにも言えませんでした。
テイルはこの時間が限られたものだと知っていたのですから。
〆に後一話。




