ハッピーエンドに限らない①
使用お題ひとつ
モーターの駆動音。冷却ファンの回転音。薄暗い部屋の中、モニターに映し出される二種の鮫によるバトル映像。
そのモニターの前でクッキーを齧りながら見学している青年が背後から椅子の背を蹴り飛ばした。
「バイト中に何見てるんだ」
振り返りながら青年はヘッドホンを外す。
「休憩時間ですよ。先輩」
先輩と呼ばれた女性は数度椅子の背を足蹴にする。
「やめてくださいよ。餌やり少なくても済む家族も紹介したじゃないですか」
彼女はフンと横を向く。
「確かにあの子はかわいい。かわいいが、それとお前がムカつくのは別次元だ」
「酷いなぁ」
流すように呟きながら青年はマウスを操作して映像を切り替える。
出てきた画面から数字を手元のシートに記帳していく。
「水温維持システムか」
「そ。新しいタイプのプログラムと器具が出てたので組み合わせ可能かダミープログラムでチェック中」
「いくらするんだ?」
好奇心を見せる女性に青年は笑う。
「聞く?高いよ?」
「じゃあ、いい。ところで時間、あるんだろう?上つきあえ」
「ちょっ、マジか。足蹴にしといて相談事があるとかって……」
「チーフはイイって言ってたぞ」
そこは廃熱を利用した屋上温室。
女。三十路前仕事にハマって婚期を見過ごしたから家族を見繕えとバイト先のペットショップ(爬虫類専門)にやって来た大学時代の先輩である。元カノの。
「タマキぐらいのオトコは何に興味あるんだ?」
超漠然としたネタを振りながら先輩は白いテーブルセットの椅子に座って見上げてくる。
「爬虫類?」
蜥蜴とか蛇とかイグアナとかワニとか。
ゾクゾクする。
「ああ。お前は変質者だったな」
憐れみの眼差しがムカつく。
職場では魔術士のようだと謳われても個人的な人付き合いは苦手な先輩だ。
言葉に棘が多いし、慣れてくると対応が荒いのだ。女の子相手には優しいと噂だけどな。
「一般的な性癖じゃないだろう?」
男の子は強いものかっこいいもの好きだけどな。
爬虫類カッコイイ。
「車とか、スポーツとかゲームとかって奴?」
「そう。それだ」
「それはそれこそ、幅が広すぎるって」
「え、そうか?」
「女性コスメの種類良し悪しを理解し難いみたいな感じじゃね?」
先輩は顎を指で押しあげて少し考え込む。
「体質、嗜好があるから一概に言えないという訳か」
俺は頷く。
耳にからりと車輪の音が届いた。ぎこちなくためらいがちな速度で近づいてくる。
温室内には亀やトカゲがある程度放し飼いされているからだろう。
もちろん各個体が温室から出れば即座に通知が休日勤務日関係なく全店員の携帯を鳴らす仕組みだ。
「お待たせ」
地下のライブカフェの店長がにこにことカートを押してきた。
「おまかせランチセット2セットです」
「奢りだ」
先輩は相談料を払っているつもりらしい。
「あざっす。でもなんで俺?」
テーブルに並べられたメニューにワクワクする。先輩は予算を奮発したらしい。
「……。お前なら、私が恋愛相談しても、聞いてくれるだろう?」
店長は静かに頭を下げてカートを押して行った。
正直、後ろ姿を見送ってしまう。店長もきっと聞いてくれるだろうと思うから。
逃げられたか。
「聞くけどね」
実際、大学時代に俺も世話になってるし。
「そうか」
ほっとした様子に恋の片鱗が見えて春だなぁと思えた。季節は冬だけどね。
「で、具体的にはどんな男なんだ?」
詳しくは知らないと語る先輩は恋する乙女だった。
しかし、相手は年下で、見ているだけで少し眺めていられれば幸せだ。と微笑んだのを見て「ストーカー候補か!」と突っ込んだ俺は悪くない。
ほとんどは好きなように語らせて、時々突っ込んだりかき混ぜたり、出来ることは『どうしたいか』をまとめれるようにという手伝いだけだ。
最終「やはり私はあの子が好きなんだと思う。そうか。これがコイか」と結論に至っていたが、池の鯉と間違っていなければいいと思う。
バイトを終えて帰路につく。
正直、今日は気疲れした。他人の恋愛相談を受ける非リア充。ああ。なんて切ない。
「タマちゃん」
基本は一人暮らしなのだけど、先日から甥が転がり込んで来ていた。「勤め先が近い」という理由で。
イイんだけどね。
甥との年齢差は二年。
うちの両親は元気だったんだ。今でももちろん健在。
「夕食の材料メモの通りに買ったけど、大丈夫かな?」
「後で確認するって。帰るぞー」
俺はペットショップバイトで甥は研修医。インターンって奴だっけ?
ちゃんと給料出てるわけだし食費は自前で出させようと思ってる。
タカノブはデカさを感じさせ難いおっとりさがある。実際にはトロいわけでもないんだが、そんな印象があるのだ。
自宅では家事をする事はなかったんだろう。少し不安そうだ。
まるっきりできないわけじゃないが抜けが多い。
二人並んで黙って歩く。
目がむず痒い。
「あ、猫」
タカノブが嬉しそうに言う。
「タマちゃん」
「先行く」
俺は足を速める。ぐずりと鼻をすすってマスクの位置を調整する。
最近出たっていう花粉症用のゴーグルマジで買おうとか思いながら肘のあたりを撫でる。
「タマちゃん、こすっちゃダメだよ」
「おーう、わかってる」
そのままマンションに帰ってくる。
頭痛が起きていた。
「おい、タマキ、相談が……大丈夫じゃないな」
エントランスで先輩が待ち構えていた。
俺は犬や猫にアレルギーがある。だいたいは近くに寄ってくると目が痒くなったり鼻水が出てきたり、喉が苦しくなるのでわかる。
洗い流して空気で薄めてひたすら眠る。
それで意識覚醒してないフリしてるんだが、此処は俺の寝室(空気清浄機がガンガン稼働してる)で、タカノブと先輩が会話しているんだが、会話が上司と部下くさい。
考えるのもキツイんだがまぁ、適切に対処してもらえるのはありがたい。
会話が途切れ、先輩の相談がなんなのかとタカノブが振る。話題が思いつかなかったらしい。
相談内容はタカノブでも答えられる範疇で会話が弾む。そろそろ居間でやれと思った俺は悪くない。
そのうちに俺は眠りに落ちていた。
朝起きれば当然一人で俺はシャワー浴びたり、コーヒーを飲んだりする。
ふっと着信に気がついて確認すると一通は母親からで体調の心配をしていた。
ペットショップを経営してる母も獣医をしてる夫を手伝っている姉も見舞いにはこない。正しくは来れない。
その分、自由だし、だからと言って愛されてることに気がつかないほど子供でもない。
父親の弟夫妻とばあちゃんとの生活は幸せだったし。
もう一通のメールは、大学時代に付き合っていた、『結婚しよう』と約束していた女性。発作的にゴミ箱に放り込みたくなる。
ジッとタイトルと送信者を見つめていると新規着信。
先輩だった。
バイト先の屋上温室で先輩と向かいあう。
「体調はどうだ」
「いいですよー」
先輩の対応がぎこちない。
「彼との関係を聞こう」
誰とだよと突っ込みたい。
休日にバイト先に呼び出されて機嫌が悪いというより、彼女からのメールで機嫌が悪いと自覚がある。
「タカノブなら姉の息子で。ま、甥っ子?」
「オジサマか……」
年上女性にそう呼ばれる筋合いは無いんだがと突っ込みたい。
どーしてこの人はこう突っ込みどころ満載なんだろう。
さわりの無いタカノブ情報を流しながら奢りの昼飯。
「ハリエットが自由になったそうだな」
帰り際の先輩の捨て台詞が痛い。
俺のことを家族に報告すると帰郷したハリエットはそのまま親の決めた相手の元に嫁いだ。それから今日まで直接の連絡はなかった。略奪者になる機会すらなかった。友人達にすら留学中のコトは言っていない。知っているのは彼女と仲の良かった先輩くらい。
ああ、気が滅入る。
気分が落ち込むと必要以上にアレルギー症状が過敏になると、俺は首を振る。全部、コレで忘れられればいいのに。
「タマちゃん、ただいま。先輩とお友達だっただなんて驚いたよ」
タカノブがコートを所定位置に掛け鞄を椅子の上に置くとシャワーを浴びに行く。
余計な気遣いをさせてるとは思う。
それでも、その気遣いはありがたいので俺は感謝をこめてドリンクの準備。
シャワーから出てきたタカノブが嬉しそうにドリンクをあおる。
「先輩のコト、夕食に誘っちゃったんだけど、宅配何がいい?」
食事代は気にしなくて良いということだろうが、昨夜のこともある。昼も奢ってもらってる。
「三人前ぐらいならチャッと作っちまうよ」
幸い、タカノブの好みも先輩の好みも抑えている。
適当なタイミングで二人きりにしてやればいいのか?
手伝いに寄ってきたタカノブに指示を出しながら会話する。
年が近すぎて叔父甥と言うより兄弟やいとこのような仲だ。
タカノブは先輩に憧れてるようだった。「綺麗でかっこいいし恋人ぐらいいるんだろうなぁ」吹くかと思った。
「いないはずだよ。仕事が恋人だったんだってさ」
「やっぱり、仕事に集中するべき時期ってあるよね」
思いつめても聞こえるタカノブの言葉に俺は疑問を差し挟む。
「仕事に集中するべき時間と私的時間の区分けは大事だな。割り切るべき時間と侵食させざるをえない時間ってね。恋愛にかまけて仕事を半端にするようならダメだろ」
圧力鍋に米と水、鶏肉を入れて蓋をする。
「でも、それでハリが出るんならいいと思うけど?」
つい失笑がこぼれた。
「バイトしかしてない俺が言うのもなんだけどな」
「タマちゃん、もしかしたら先輩のこと好き?」
「誰が?」
咄嗟にそう返した俺は悪くない。
「タマちゃん」
そして迷わず言ってくるタカノブは少し鈍いんだと思う。
「先輩のコトは好きだけどな。恋人とかじゃないね。ミコトやトレバー達が好きっていうのと近いかな」
「ふぅん」
「先輩が好きなのか?」
そう振るとタカノブは慌てた。
「えっ、俺はまだ駆け出しだし、先輩はすごいんだ。憧れる」
きっと告白するなら一人前になっていたいんだろう。
「先輩ももう年だしな」
からかうと「先輩は若くて綺麗だよ!」と返ってきた。
サッサと告白をすることを俺は勧めたいね。
チャイムの音がした。
タカノブがいそいそと玄関に向かう。
先輩とタカノブはお互いを意識してぎこちない。
先輩も普段の棘が含まれた発言のキレが悪いし、タカノブも妙な発言をすまいと言葉数が減っている。
「親類だなんて思わなかったぞ」
「姉貴が旦那さんの姓を望んだからね。姓が違えばわかり難いだろ? それに、家を継ぐ問題もあるんだっけ?」
先輩への説明、ついでにタカノブへの話題ふり。タカノブはのんびりと頷く。
「お祖父様の病院に至るまでに覚えないといけないコトが多そうで」
「多いに決まっているだろう。覚えることは無くならないからな。日々気の抜けない修練だ」
「はい。先輩」
空気が体育会系なんですけど?
まぁいいかと食事を並べる。メニューはシンプルに温野菜と蒸し鶏。圧力鍋で炊き上げたごはん。汁物はさつまいもがごろごろ。すりあげた山芋にたまごと出汁も混ぜた。お手軽にレンジアップした豆腐も添えて晩飯だ。
食前酒に梅酒をグラスにちょこっとずつ入れておく。
「飯準備できたぞ!」
「あ、ごめん、手つだい」
タカノブの言葉を途中で遮る。
「お前は接客してたからいいの。客かどうかは別として」
「私は客だろうが!」
ほんの少しのアルコール。それときっかけが空気を溶かす。
きっと、この二人は上手くいく。
そんな予感に俺は一人ニヤついた。
後輩男子と女性魔術師のカップルで、寝室のシーンを入れたハピエン小説を書いて下さい。
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