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自縄遊戯  作者: とにあ
108/419

エレナ

使用お題ふたつ

 表面ばかりきれいな街で、私は橋の欄干に身を預けていた。

 眼下の流れは透き通ってときおり魚すら跳ねる人工河川。

 私は夜の街で歌う仕事をしていた。

 舞台のない日は同じ場所でウェイトレスを。

 だって、本当に歌が欲しいんなら街の人たちは電子デジ歌姫セッサのプログラムに古典クラッシックを歌わせる。

 聴いてもらえる歌い手は本当に恵まれた一握りだけ。

 月のものがこないと告げれば、好きになったヒトは笑って出て行った。

「生身より面倒のない人工少女がいい」

 そう言って。

 取るに足らない面倒な存在としてせせら笑われた。

 確かにその通りなのかもしれない。

 きっとわかってもらえない。

 あなたの横にいる人工少女が私を心配そうに、気づかわしげに見ていたの。

 私はモノに同情されていた。

 あのヒトがモノ扱いするモノに哀れまれ心配されていた。

 あなたに拒絶されるより、私はそこに傷ついた。

 わかってるの。

 あの子たちはそう造られてるって。

 それでも、一番私を落としたのは彼女の心配そうな眼差しだった。

 私だって職場ではヒトも人工人も気にせず接していた。

 それなのに、私は耐えられなかった。

 心が弱くてごめんなさい。

 あなたたちが悪いわけじゃないのに。

 私のIDは正規市民のそれではなくて、働いてその場その場の必要金額を支払っていく労働者。

 仕事が三日途切れれば泊まる所さえなくすのだ。

 妊娠した女性は雇っておけないのだと申し訳なさそうに伝えてきたのは人工人のマスター。

 そっと多めの退職金だと心ばかりの応援をくれた。きっと、もっと早い時期に気がついて見守っていてくれたのだろう。

『あなたの歌が好きでしたよ』

 なによりもその言葉が嬉しかった。


 ぐるぐると回る。


 それは好意と嫌悪。

 自分に他人に。

 ああ。

 気持ち悪い。いっそ涙が出ればいいのに。

「飛び込むのかな?」

 声をかけてきたのは、薄茶色のコートを身に着けた老紳士だった。

 周囲を見回しても他に誰もいない。

 少し離れたところに白装束の介護機の姿が見える。

「飛び込んだりしないわ」

 だって無駄だもの。

 あれだけ近所に介護機。きっと通報は早急に行われて私への救助治療は確実だろう。

 支払うだけの能力のない私はどうなるのか分かったものじゃない。

「帰るところはあるのかい?」

 柔らかな喋り方だった。胡散臭い老紳士。

 身なりは小綺麗。でもそれじゃ中身までわからない。

「ないわ。橋の下で眠れればいいけど」

 私はきっと自棄になった表情をしていたんだと思う。

「では、橋の下よりマシな寝床を紹介される気はないかな?」

 問いかける口調で、それでも決して問いかけでなく断定で河川敷のベンチを指した。

 話の内容は半分もわからなかった。

 それでも、老紳士は自分の居場所にいたがってるのが伝わってくる。

 新しい名前。新しい立場。新しい服。

 私は「おとうさま」と彼を呼ぶ。

 港に行くまではあっという間。

 状況はジェットコースターのスピードで流れていく。おとうさまの言葉は半分も理解できない。

 欲しい物はと問われて、あまりに与えられた物の多さに首を振る以外の選択肢はなかった。

 おとうさまは必要だろうと言いながら。モニターをスクロールさせて注文していく。

 それは現実味のない買い物だった。

 それがどんな量になっているのか私は後で困惑することになる。

 街での最後の食事用にと与えられた洋服に着られて私はそっと編まれた髪に触れる。

 複雑なセットは私には再現できないだろう。

 これがおとうさまの好み?

 病院帰りレストランの手前。

 おとうさまの手が私の髪を乱す。

 反応できずに見上げる私におとうさまは黙って店に向かう。追いかけて追いついた私におとうさまは「おろしていなさい」それだけを告げた。

 きっと気がついていないのだろう。それがどれほど嬉しかったか。

 はじめて入る港のレストラン。

 なじみの安っぽいダイナーやカフェじゃなくてレストラン。

 マナーもメニューもわからない。そんな中、味なんかわからなかった。

 ええ。

 食事が終わるまで味なんかわからなかった。

 緊張で味がわからなかった。

「料理はおいしくいただけばそれでいい。マナーはそのあとだね」

 おとうさまが無表情にそう告げる。

 それはよけいに緊張をあおる。そのあとの話題に食事の味はもっとわからなくなった。

 古い話に私は夢中で笑いをこらえていた。

 だってレストランでゲテモノ食いの話題を延々と淡々と続けるんですもの。

 きっと、緊張を解いてくれようとしたんだと思うとほっとした。

 気がつけば、食後のドリンク。コーヒーの苦みにはじめて気がついた。

「ミルクを」

 おとうさまが給仕の人に声をかけてすぐに飲み物が取り換えられる。

 連れていかれた家は島のよう。

「好きに過ごしなさい」

 そう与えられた部屋は、豪華すぎて私は困惑。

 薄っぺらいマットとパイプベッド。手を伸ばせばむき出しの建材。窓の外はゴミ捨て場。そんな環境が普通だった。

 そんな私に広々とした寝室に人が三人は寝転がれそうなベッド。足首まで埋まる絨毯。わざわざ衣裳部屋があって、多すぎる着替えの山。着る機会のない四季に合わせた正装。そこもとても広くてほんとに広所恐怖症になりそう。

 食事は機械処理。

 ちらっと歩けば素敵なシステムキッチン。菜園があって、管理された美しい世界だった。

 料理を作ればおとうさまは食べてくれる。

 その時間は二人の時間。

 あまり見せはしないけれど、おとうさまは辛そうで。私に家の動かし方を教えようとする。

 いらない。

 いらないの。

 だから少しでも元気でいて。

 教わってしまったら時間が短くなりそうで。

 理不尽な心がきもちわるいわ。

 医療機械がアラートを出す。お薬を飲まないなんてダメなんだから!

 お薬の前に何かを食べてね。

 私は今、おとうさまの娘でしょう?

 髪だっておろしてる。おとうさまがこっそり揺れてくれる歌を選んで口遊む。


 私はエレナ。

 おとうさまの娘。

 私じゃない私はあなたの娘。

 それでも、あなたのそばが嬉しいの。

 窓の外はいつだって夜。星の海は私の悩みを小さく見せる。

 私なんて消えてしまえばいい。

 エレナだけが残ればいい。


 おとうさまに恋をした愚かな娘はいなくていい。









「ああ、あなたがおとうさまの子ならよかったのに」








お題は〔きもちわるい〕です。

〔地の文のみ禁止〕かつ〔「夜」の描写必須〕で書いてみましょう。

http://shindanmaker.com/467090


ねーとにあ、病を抱えた考古学者と自ら鳥籠に入れられることを望んだ女が、期間限定で仲の良い家族として振る舞う話書いてー。 http://shindanmaker.com/151526


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