きもちわるい
使用お題ふたつ
こみあげる吐き気がどうしようもなかった。
エレナが厨房で歌いながら料理をしている。
金色の髪を紺色のリボンでまとめて、時々、膨らんだ腹を撫でている。
「おとうさま、スープなら食べれます?」
「ああ、食べてみよう」
エレナは知らない娘。エレナは拾った娘。実の娘など存在しない。
私は遺跡の発掘や古い資料に溺れて生きてきた。そこに恋人や妻。血のつながった家族も、見知らぬ他人もの入りこむ余地はなかった。私の前にあったのはただ遥か昔に命を落とした者たちの営みだけ。
めまいも頭痛も不摂生の影響だと無視してきた。
倒れたのは雑踏の中。
運ばれた医療機関。先は望めないと医師に宣告を受けた日に川を見下ろすエレナを拾った。
エレナは知らない男に口説かれて捨てられて、行き場を見失っていた。
医師は誰かが傍にいるならと自宅での最期を許していた。私は独りで誰かなど心当たりがなかった。
そんなタイミングで行き場のない女。
閉じ込めることになるがと提案し、不安そうに、それでも頷いた女、エレナを連れて帰った。
本名は知らない。
この時代、誰も誰が誰かなんて気にはしない。
彼女がいると言えば、医師は医療プログラムの購入チケットと、薬剤キットのチケットを渡してきた。
今の時代、本当に人間が仕事をする必要性は何だろうと思う。決まりきった仕事は機械がする。工場機械を使用する方がコストがいいからだ。
人がする仕事は発想や、暇つぶしに止まるものになっている。
だから、私のように過去に思いを馳せるものか、機械の導入されていない新天地を求めるものに分化する。
文明は停滞しているのだと思う。
それでも、人は根源的に変わることはないのだ。
食材は自家生産。他者との接点はない鳥籠のような環境。
それが宇宙空間を漂う我が家。小型居住宇宙船。そう、環境維持も医療もすべて機械に世話になっている。
エレナは私が死ぬまで出られない。必要な買い物は済ませてしまった。おそらく次に必要になるのは十年後。その頃私は生きていない。
どうせなら、家族がいる夢。
私はそれを望んだ。提案した自分が不思議だった。
いらないと拒絶してきたものを望む自分。
エレナは楽しげに料理する。
エレナは楽しげに掃除する。
時に腰に手をあててぷりぷりと。
私はエレナに船の扱いを教えようとする。
私が死んだ後、人の流れに戻れるように。
エレナは楽しげにそれを拒む。ただ、勉強用のディスクは欲しいとその腹部を撫でる。
準備するのは簡単だ。快諾した。
世界は朝の来ない夜のはずだった。
その膨らみが明けゆく太陽に思えた。
私はエレナの子に、孫に会えるだろうか?
孫?
血のつながりなどない見知らぬ子どもが一人、停滞した時代に生まれるだけだ。そのはずなのに、そう、思えなかった。
はじめて命が惜しかった。
他人だ。
無関係だ。
それなのに我が子のように錯覚する自身の思考がきもちわるい。
自ら不要としたのは私自身であるのに。
エレナの歌が聞こえる。
ああ。
私は何を見てこなかったのだろう。
「おとうさま。もう少し食べなきゃいけないわ」
むすめが腰に手を当てて睨んでくる。
残された時間は少ないのだ。
お題は〔きもちわるい〕です。
〔地の文のみ禁止〕かつ〔「夜」の描写必須〕で書いてみましょう。
http://shindanmaker.com/467090
ねーとにあ、病を抱えた考古学者と自ら鳥籠に入れられることを望んだ女が、期間限定で仲の良い家族として振る舞う話書いてー。 http://shindanmaker.com/151526




