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自縄遊戯  作者: とにあ
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恋の音

使用お題五つ

 

 夜の屋上から見下ろせば、白い花が咲いている。

 風でひらひらと舞い上がってくる春の花。

 あの人との約束はこの花が散るその日まで。

「恋なんて、したくなかった」

 ぶらりと手すりに体重を預け、ただぼんぼりに照らされる白い花の海を見下ろす。暗い昏い夜の闇に花の咲くその場所だけが白く、白くどこまでも眩しくて泣けてくる。

 明日から、あの人とは友人でもない他人同士。わかっているのに。

 わかっているのに、目に入ったゴミが痛くて仕方がない。

 ちりんと鈴の音色。

「泣いとるんか?」

 不意に届いたあなたの声に私は首を横に振る。

「砂埃を流してるだけだよ」

 声が震える。

「ああ、こすんなや。後にひくで。目薬、目薬」

 あなたはあわただしく引っ張り出した目薬を私に握らせる。

 目薬は人に貸すようなものじゃないのに。

「……ありがと」

 あなたの姿は滲んでボヤけてる。想いも一緒にボヤけてしまえばいいのにと心を箱詰めにしていく。いらないモノ入れにあなたへの想いも詰めてしまいたい。

「俺は明日には町を出る。ちゃんとやってけるか?」

 心配してる声。わかってる。あなたの約束は私から去るその瞬間まで有効なんだ。

 ズルい、ひどい人。

 悪気のない偽物の好意。

 わかってるの。

 好意自体には偽りも偽物もないって。

 あなたはすぐ竦んでしまう私に辛抱強く付き合ってくれた。

 優しく、厳しく、接してくれた。

『私』を信じてくれた。

 だから、だから、私はあなたを好きになり、そして深く絆されてしまった。

 これが最後。

 最後に好きな、愛おしい人を記憶にとどめる最後の儀式。

 終わればこの人はただの他人同士。

 恋人でも友人でもなくなる。

 焦れる思いが『そうすべき』とわかっている私の邪魔をする。

 だからと言って縋れるわけじゃない。私にそんな勇気はないから。


「だいじょうぶ」


 偽りの笑顔をあなたに向けよう。

 あなたの手の中でSサイズ蜜柑のおもちゃが揺れる鈴の音。

「ただ、」

「ただ?」

 『愛してる』とは言えないから、

「恋なんて、したくなかった。そう、たとえ期間限定の偽物でもね」

 あなたは困ったように頭を掻いて、笑顔を見せる。

 悪気なんてない清々しいほどの笑顔。

 それが私にどれほど苦痛なのかも気がついていない。

 そして、その様にすら心躍らせる私がいるの。

嬉しくて苦しくて、痛くてしかたないのにそれをもっと。と求めているの。

「俺は俺の人生に帰る。お前はお前の人生をいくんや。はなれてても友情は変わらん」

 私の人生はあなたと出会って変わったわ。

 私の中では、もう友情は成立しない。

 それでも、あなたが友情であっても私への想いを持っていてくれると言うのなら、それに縋りたい私もいる。

 未練がましい女だから。

「うん」

 私からは友情じゃないけどね。

 あなたの手が手すりを掴む。

「恋なんて花みたいなもんや。散って、いつかまた似た違う花が咲く。それを思えば、友情は幹か枝やな」

 散り去ってはしまわない?

「じゃあ、愛はなに?」

 あなたは白い花を見下ろしている。

 押してしまえば、あなたはどこにも行けなくなる。

「愛は根っこやな。人生のすべてを支えるなくてはならんもんや」

 花の白さで夜の闇の暗さは引き立って真っ黒。

 私はあなたの大地にはなれなかった。

 私は折れた枝が僅か生き延びる水場に過ぎなかった。枝をゆらす風に過ぎなかった。

 届かないもどかしさ。

「あなたが望む大地に帰るんだね」

「ああ」

 あなたが微笑む。

 胸が、痛い。


「ありがとうな」


「え?」


 横を見れば、あなたは私を見つめてる。

 その眼差しは柔らかな色。

 私はあなたに恋する心を教えてもらった。守ってもらった。人に信じてもらうということを教えてもらった。

 信じてくれたから、裏切りたくなくて、頑張れたの。

 お礼を言わなきゃいけないのは私で。どうしてあなたがお礼を言うの?


「頼みを聞いてくれてありがとうな。ダメだと思ってたんだ。力を貸してくれて、ありがとうな」



 彼の手の中にはSサイズ蜜柑のおもちゃ。

 愛おしげな彼の眼差しはそれに注がれる。

 ちりんと鈴の音。

 自動人形オートマタハート

 あなたの愛と恋心はきっとその子にあるのかな。

 あなたの声が遠い。

 どれほどに称賛をもらっても私ではあなたを手に入れられない。

 ちりんと恋の音。

 鋭い胸の痛み。

 あなたの笑顔だけが真っ黒な闇の中に紛れてく。

 下から吹き上がる風が白い花びらを携えて舞い散る。

「私こそ、頼ってもらえて、嬉しかったわ。そして、信じてくれて、ありがとう」

 不穏な印象が混じらないように一つずつの単語を音に変える。

 どこにも嘘はない。

「困ったことが起きたらいつでも力になるわ。もちろん、できることならね」

「ああ! 俺も、いつでも駆け付けっからな」



 あなたは私の仮初ヒーロー。

 次の恋はいつ咲くの?

 私の心はあなたに捕らわれて、次の恋に臆病だわ。

 Sサイズ蜜柑。自動人形の心臓がちりんと恋を鳴らす。


とにあさんは、「夜の屋上」で登場人物が「見つめる」、「蜜柑」という単語を使ったお話を考えて下さい。

#rendai http://shindanmaker.com/28927

ねーとにあ、怖がりな機械技師とフェミニストな友人のどちらかが、誰かのヒーローになるまでの話書いてー。

http://shindanmaker.com/151526


『愛してる』とは言えないから、「恋なんて、したくなかった」と口にする。

http://shindanmaker.com/562881


桜が散るまでの期間限定のお試しお付き合い中。だけど明日でこの関係もおしまい。夢のような時間だった。明日からは他人同士だけど。貴方は偽物の愛しかくれなかったね。

#限定の恋人 http://shindanmaker.com/527462

お題は〔恋の音〕です。

〔固有名詞禁止〕かつ〔「黒」の描写必須〕で書いてみましょう。

http://shindanmaker.com/467090

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