傘
傘を忘れた。
だって天気予報は曇りだった。私は曇りならば傘は持たない。だからこんな土砂降りの中、傘がない。 雨は滝のごとく降っていた。
午後6時40分、帰宅ラッシュのこの大きな駅から私は出ることができない。
「ご一緒にいかがですか」
私の目の前には赤い大きな傘があった。傘から顔をのぞかせたのは青い目をした少年だった。
「まあ、渋い声を出すのね、お姉さんドキドキしちゃった」
私が微笑みかけると少年は傘を肩にそのまま後ろを向いた。
「ねえ、君、私をその傘に入れてくれるの?」
少年はまたこっちを向いた。
「早く入って、一緒に行こうよ」
「ありがとう」
傘は私が持った。少年が持つと私は屈まなくてはいけない。
「本当に紳士であるのは困っている人にやさしくするスマートさだよ」
「優しいジェントルマンね」
「ジェントル?」
「英語で紳士のことよ」
「英語が話せるの、かっこいいなあ」
「ううん、大人なら誰でも知っているのよ」
雨はレイン、雲はクラウド、傘はアンブレラ。
「アンブレラ」
「君はどこへ行くの、もうすぐ私の家なんだ。どこに住んでるの?送ってあげる」
「ううん、僕は住んでないよ。雨が上がったらお空に帰る」
「そう、なのね」
「レッドアンブレラ?アンブレラオブレッド?もうわかんないや。きっと次は私の傘に入れてあげる」
「ジェントルマンだね」
「私はレディよ」




