第5話
パニックになってきました。
自分でもなに書いてっか、分かりません。
目が覚めると、俺はどこかの川辺に倒れていた。太陽が真上から照りつけている。
…あれ?俺、死んだんじゃなかったの?
確か、ヴァルゴに刺されて、川に落ちて。そんで流されて…。
そこからの記憶がない。俺は助かったのだろうか?
「そういえば、傷は?」
服を捲ってみると…。
あった。傷が。しかも、今もめちゃくちゃ痛いことに気づいた。
「痛だだだだっ!」
やべえ、超痛い。
なんか血もまた出始めたし、俺やっぱり死ぬんじゃない?
ああ。またフラフラしてきた…。
その瞬間、俺の視界は再びシャットアウトした。
◇
「全く、とんでもない目にあった」
一人の行商人が、愚痴をこぼしながら歩いていく。
それもそのはず。
彼は優秀な商人で、今回のシャルナリア王国の建国記念祭にも露店を出していた。
売り上げも上々で、今回の行商も成功だったと満足していたときだった。
突如山賊に襲われ、何とか逃げ切ったものの売り上げの何割かを盗まれてしまったのだ。
これからどこにいこうかなぁ。
この持ち金じゃあ、商売上がったりだ。
ああ、あの時いい気になって、こんな人通りの少ないところを進んでしまったのが間違いだった。
自業自得というわけなので諦めるしかないのだが、正直諦めきれないなぁ。
あんなに儲かったのに。
とりあえず、一番近くの街でまた資金を調達しようかな。
…ん?
そんなことを考えていたときだった。
彼はすぐ近くの川辺で人が倒れているのを見つけた。
「…あれは…?」
っっ!!?
あれは人じゃないか!
倒れている。大変だ!どうかしたのだろうか?
すぐさま彼は倒れている人の所へ駆け寄った。
…まだ少年じゃないか。
何故こんなところで血を流して倒れているのだろう。
…まさか盗賊?
このようなところで、まだ幼さの残る少年が血を流して倒れているのを若干怪しみながらも、とりあえず傷の手当てを施した。
行商用のバッグから、万が一のときに備えて常備してあるヌーレ草(この世界では傷薬代わりに使用されている)と包帯、擂鉢を取り出す。
擂鉢でヌーレ草を擂り潰し、傷に塗っていく。
…この傷は刺し傷じゃないか。
なんだってこんな少年が…。
傷口に薬草を塗り終わると、次に包帯を丁寧に巻いていく。傷口に塗った薬草が零れ落ちないように。
巻き終えると、包帯の端を切り落とし結びつける。
ふう。一応応急処置はオーケーと。
本当は、回復魔法をかけてやれればよかったのだが、と青年は思う。
生憎と、彼には魔法の才能はなかったのだ。
…気づけば、あたりは夕焼けに染まっていた。
手当てに夢中で気がつかなかった。
とりあえず、今日はもう休もう。それで、この少年が目覚めるのを待つことにしようか。
◇
気がつくと、俺は木に凭れ掛かっていた。
辺りは暗い。
すぐ目の前には焚き火があり、その火は今にも消えかかっていた。
「…これは」
傷口には包帯が巻かれていた。
どうやら、誰かが手当てをしてくれたらしい。
傷の痛みは残るが、それでもいくらか体の調子は落ち着いている。
俺はどうやら助かったようだ。
これは夢でなく現実だ。傷が痛いのが何よりの証拠だ。
ヴァルゴに殺されかけたことが遠い昔のように感じる。
まあ、あまり気にしてはいない。
正直どうでもいい。
まず、今あることに集中すべきだろう。過去のことはそれからだ。
焚き火が今にも消えそうだ。
薪はどこかにないんだろうか。
ひんやりとした空気が、からだに纏わりつく。
この世界では、まだ初夏だというのに、秋口のような涼しさだ。
川の流れが聞こえる。
そういえば、俺は川辺に倒れていたのではなかったのだろうか。
助けてくれた人物が運んでくれたのだろうが、今ここには、それらしい人影は見られない。
それに、ここは一体どこなのだろうか。
川の流れからして、結構遠い距離を流れてきた気がする。
それに、ここへ来るまでの記憶もない。
それはそうか。気を失ってたんだし。
でも、俺を助けてくれたのは一体……。
「やあ、気がついた?」
「ッッッ!!?うわああ??!」
「ああ、ごめんごめん。驚かせてしまったかな」
声のしたほうを見ると、そこには薪を持って佇む一人の青年がいた。
青年はにこやかに話しかけてきた。
「いやあ、驚いたよ。あんなところで君が、血を流して倒れてるんだからねぇ」
どうやら、俺の傷の手当てをしてくれたのはこの人らしい。さっきは驚いてしまって失礼なことをしてしまった。
青年は、消えそうな焚き火に薪をくべると俺の正面に座った。
「私のことを助けてくださったのは貴方様でしたか。見ず知らずの者を助けていただきありがとうござい ます。先ほどは御見苦しいところをみせてしまい申し訳ありませんでした」
とりあえず助けてくれたお礼と、無礼の謝罪を述べる。
「いやいや、たいしたことはしてないから気にしないで。困ったときはお互い様だしね」
青年は非常に整った顔立ちをしている。
背も高く、すらっとしているがひょろひょろとした印象はない。むしろ、バランスのよい体格である。腰に携えているロングソードが非常によく似合っているな。
命を救ったことが、大したことでないわけないだろうに。
俺は心の中で、ひそかに好感をもった。
彼は「ほいっ」と言って、パンと干し肉を差し出してくれた。
俺は、急に空腹だったことに気づき、無我夢中でそれらを頬張った。
さして旨いと言う訳ではなかったが、なぜか、体があたたかくなってくるような、心地よい味がした。
「ところでさ、君は何であそこにたおれていたの?」
腹も膨らみ、一息ついたところで青年が尋ねてきた。
うわ、目がマジだ。
おっかねぇ。
俺のことを盗賊か何かと勘違いしているんじゃないだろうか。
こんなに幼い盗賊なんていないと思うが。
でも、信用されていないのは仕方がない。
ついさっき会ったばかりの奴を信用するほうがどうかしているだろう。
まあ、俺の身なりを見れば、怪しむ気持ちも理解は出来る。
少年が旅に似合わない軽装で、剣も持たずに、刃物でさされ血を流して倒れているのだから。
よくて、近くの村が盗賊に襲われ、後を追ってきた少年をここで刺して川辺に捨てた、というところではないだろうか。
…ちょっと無理があるな、これだと。
ところでこの場合、本当のことを言うべきなのだろうか。
まだ出会って間もない人間に本当のことは言いたくない。
いくらそれが、命を助けてくれた人であってもだ。
人を疑うことはしたくはない。
しかし、せっかく助かった命なのだからこの世界で楽しく生きてみたい。
こんなところで裏切られたくはない。
本当のことを言ったって信じてもらえるかわからない。
王宮魔術師に殺されかけました、なんて言っても信じてもらえないに違いないか。
「…あ。ああそうか。まだ自己紹介してなかったね。僕はセレス・アニエラっていう商人なんだ。最近さ 、シャルナリアで商売する機会があってね。その帰りなんだ」
自己紹介?
どうやら俺が本当のことを言おうか言うまいか迷っていたのを、勘違いしたらしい。
でも、自己紹介か。
すっかり忘れていた。
これで相手の名前も分かったのだが、やはり本当のことは言わないでおこう。
「セレスさんですか。申し訳ありません。名乗るのをすっかり失念しておりました。
私、ユウと申す者で、父母とは幼くして死に別れまして。
今では天涯孤独の身なのです。ある日、隣の村へ一人で食料を買いに行く際、盗賊に襲われまして。
私の不注意だったのですが、剣で刺されてしまいました。
多分、そのとき川に落ちたのでしょう。ここまで流されて、セレスさんに助けていただかなくば、
私は死んでいたでしょう。
あらためて、お礼のほどを申し上げます」
適当に偽名でごまかしながら自分の都合の言いように嘘をついた。
信じてくれたら助かるのだが。
「…そうなのか。それはごめんね。あまり聞いちゃいけないことだったね。
どうやら僕は、そういう心配りが苦手なほうでさ。
気に障ったのなら許してほしい」
どうやら信じてくれたらしい。
うん、あなたが謝る必要はないのです。私が嘘をついたのがいかんとです。
「いえ。お気になさらないでください。私は何も気にしてはおりませんので」
「そうかい?ならよかった」
セレスはそう言うとにこやかに笑った。目も笑っている。
どうやら、警戒を解いてくれたのだろう。が…。
わぁお、なんて完璧な笑顔。
この笑顔で、何人もの女性をその手にかけたに違いない。
うらやましいものだ、まったく。
彼は、腰に長剣を携えているが、あっちの剣はどうなんだろう?
極太かな?
それとも、絶倫?
うん。想像したくもない。
「ところでさ、君は…ユウ君だっけ。これからどうするの?
川に流されてきちゃったわけだけど、その村は帰れるところにある?
乗りかかった船だし、送ってあげるよ」
セレス…。
君はなんていい人なんだ。
馬鹿らしいことを考えていてごめんなさい。
見ず知らずの者を助け、食事を分けてくれ、しまいには村まで送ってくれると言う。
ああ、神よ。
だがセレス。
あんた、もうちょっと人を疑ったほうがいいぞ。
こんな性格の奴が、行商なんて出来るのか。
いずれは悪人に騙されちゃうぞ。
それにね、僕がさっき言ったことは全部嘘。
僕に帰る場所なんてないんだよ。
その、純粋無垢な目がとても痛い。
「いえ、村には帰らなくとも良いのです。
両親と早く死に別れた私を、引き取って育ててくれるという人はいませんでした。
ですから、今まで一人で暮らしてきました。
あの村には何の思い入れもありません。これを機会に、外の世界で生きてみようと思います」
また嘘をつく。
「へえ、そうなんだぁ。…君も大変なんだねぇ」
しんみりとしながら、そんなことを言われる。
これで信じちゃうあたり、この人本当に大丈夫なのだろうかと思いたくなる。
あと、しんみりしないで。俺の心が痛むから。
「ええ。とりあえず、ここから一番近い街へ行こうと思います。
ですが、ここがどこなのかよく分かりません。ここは一体どのあたりなのですか?」
気になっていたことを尋ねてみた。
場所が分からないんじゃ、これからさき、動くに動けない。
軽率な行動は慎んだほうが良いだろう。
「ここは大体…。…そうだね。シャルナリア王国の西のはずれだよ。
ほら、大体このあたり。あそこにルシノ川があるから…。もうちょっとこっちかな?
うん、そうだ。やっぱりこの辺だ。君はこの川縁で倒れてたんだよ。
となると、ここから一番近い街は、…となりのレグリュース王国のジャクレって言う街だね。
ここは、ギルドもあるし、商業が盛んだから資金集めにはうってつけだね」
セレスは、バッグから地図を取り出し、指で指し示しながら教えてくれた。
どれどれ。
俺は地図をのぞき見ながら考える。
ふむ。ここはまだあの忌まわしい糞王国の領内のようだ。
この国にはいい思いではない。さっさとおさらばしたいところだね。
でも、と俺は思い起こす。
ヴァルゴの奴。俺が生きていると知ったら血相変えるだろうな。
しかも、まだ自国内で。
この国は小さい。馬ならば、1日もあれば最西端から首都まで駆けられるだろうな。
となると、その逆もまた然り。
首都からここまで1日あれば移動が可能と言うことだ。
ようは、それほど俺の命が危ないのだ。
もし、俺が生きていると分かれば、またこの国から刺客が差し向けられるだろう。
その刺客が、1日もしないうちに俺の元へとたどり着いてしまうと言うことになる。
それは嫌だ。
せっかく拾った命なのだ。
もうちょっと楽しい人生を過ごしてみたい。
どうせ、元の世界には、帰れないのだから。
俺はこの世界では、楽しく真面目に真っ当に生きていくと心に決めた。
んん。でも、決めたはいいのだがこれからどうしようか。
金もないし、武器もないし。
服だってそうだ。
襲われたときの服を着ている。
背中や腰には血がこびりついており、とても旅をする格好ではない。
地理だって分からない。
ここがどこだか分かったのだが、どこに何があるとかは全くわからない。
とりあえず、活動拠点を確保したい。
だがそれも、どこにあるか、どの方角にあるか、どのぐらいの距離にあるか、などは、これっぽっちも分からない。
うーん。
このまま行けばまず確実に野垂れ死ぬだろうなぁ、俺。
どうしようか悩んでいると、セレスがこんな提案をしてきた。
「君、ジャクレに行くんだよね?」
「…?
ええ、一番近い街が、そのジャクレなのであればそこへいこうかと思いますが」
「じゃあさ…。僕と一緒に行かないかい?」
……。
うぇ?
いいの?マジで?
「…よろしいのですか?
そのようなご厚意に甘えてしまって」
「うん、いいよいいよ。
どうせ僕もジャクサへ行くつもりだったし。
それに、乗りかかった船だっていったろう?
けが人を、こんなところに一人にしてはいけないよ。
そんなの、僕自身が許さないだろうね」
…ああ、神よ。
こいつは今、俺の中で神にランクアップした。
これは願ってもない話だ。
彼は、ヴァルゴのような人物ではない。
それだけは分かる。
彼は、俺を騙そうな等とは、微塵も思っていないのだ。
ただ彼は、善意だけでおれを助けてくれると言う。
ありがたい話だ。
ここは、素直にその申し出をお受けしよう。
「ありがとうございます。それでは、そのお言葉に甘えたいと思います。
よろしいでしょうか?」
「うん。全然オーケーだよ。こっちから誘ったんだからいいにきまってるでしょ」
「そうですか。
私のような者の命を救っていただき、果てにはそのようなご厚意…。
このご恩は、一生忘れません。セレスさん」
にこやかに了承してくれた。
まったく。
どこまでいい人なんだ。こいつは。
「でもその格好じゃあ、旅はちょっときついかなぁ」
俺は、自分の身なりをはっと思い出した。
それはそうだろう。
もっともなご意見だ。
俺は自分の体を見下ろした。
ボロボロで、自分の血がこびりついた薄い服。そして、ズボン。
体には包帯が巻かれている。
痛々しいことこの上ない。
この格好では、いくら目的地が最寄の街とはいえあまりにも無防備だ。
せめて武器の類でもあれば。
いや、ちゃんとした服さえあればまだ必要最低限は何とかなっただろうに。
俺の希望は、太陽が沈んだかのように、いきなり暗闇に包まれた。
「…あ。
…それもそうですね。
私は一体どうすればよいのでしょうか…」
うあ、マズイ。
素で口から弱音がこぼれてしまった。
これでは、相手に不快な思いをさせてしまうのではないか。
そんな考えが脳裏を過ぎる。
しかし、そんなことは、俺の単なる思い過ごしだったようだ。
「…うーん…。
…あ、そうだ。ちょっと待ってて」
セレスは、しきりに何かを考え込んでいたが、何かを思い出したように自分のバッグを荒らし始めた。
そうして、お目当てのものが見つかったのだろう。
それを、俺の目の前に差し出した。
「はい、これ。
少し古いやつだけど、これ着てればなんとかなるでしょ?
それに、護身用の獲物もないと不安だろうしね」
差し出されたのは、少し色褪せた厚手のローブと、脇差だった。
「えっ!?
よろしいのですか、貸して頂いても?」
…もう、俺の中の好感度メーターは振り切れていると言っても、過言ではないだろう。
何だって俺みたいなやつに。
これがエロゲで、俺が女だったら惚れているだろう、確実に。
逆に、こいつが女だったら、俺は迷いなくルパ〇ダイブをしているね。
こいつをベッドに押し倒して、朝まで、大運動会が繰り広げられるのではないだろうか。
まあ、紳士の嗜みだよ。嗜み。
別に、深い意味はない。
気にしないでくれ。
でも、まさか着る物を、あまつさえ護身用の脇差まで貸してくれるなんて思ってもみなかったなぁ。
やっぱり、この世界にいるのは、悪いやつらばかりじゃないんだ。
少し安心した。
この世界での生活も、楽しくなりそうだ。
だが、セレスは俺の予想のとことん斜め上を突っ走っていった。
「いいや、貸すなんていわないよ。
あげる。それ全部。
…あ、もしかして迷惑だった?」
え。今なんていった。
くれる?
それ全部?
おいおい冗談だろう、トム。
俺は、こんなにも幸運でいいのかい。
「ええっ!?
いえ、迷惑などとはとんでもない。
いただいてしまってよろしいのですか?
見ず知らずの、私のような者が」
「うん、もちろん。
どうせ僕にはもう、必要の無い物だし。
もらいたくないって言うのなら、交換条件だよ。
僕は、ジャクサまで君を案内する。
代わりに君は、僕の必要の無いそれらの物の処分を手伝ってくれないかい」
「…分かりました。
ありがたく頂戴いたしましょう。
…このような者のためにそこまでいたして下さるとは。
感謝の言葉もござません。真にありがとうございます」
「いいよいいよ。
気にしないで。
それじゃ、明日の朝早くにジャクレに向かうから、今日はもう休んで。
不寝番は僕がやるから」
「何から何までありがとうございます。
それでは、先に失礼いたします」
不寝番も彼がやってくれると言う。
ここはお言葉に甘えて、俺は休ませてもらうことにした。
---
明日の昼にはジャクレという街に着くのだという。
セレスが言っていた。
ジャクレには、ギルドや大きな市場があり、非常に活気にあふれた街だそうだ。
非常に楽しみだ。
この世界にきてから、俺は初めて何にも縛られずに街に行くことが出来る。
一度、あの糞王国の街へ行ったが、あの時は祭りで、しかもヴァルゴと一緒だ。
ちょっと、思い出したくない。
横になりながら、明日に思いをめぐらす。
そうしているうちに、俺は眠りについていた。
急用が入り、少し急ぎ足になってしまいました。
大変申し訳ありません。