修学旅行に出かけた高校生の一幕 俺とニケの場合
とある教本のテーマに沿って書いた練習作品になります。
修学旅行に出かけた高校生の一幕 俺とニケの場合
「あー、疲れた。もう歩けないわ……」
「もう少しで着くから頑張れ」
燦燦と日差しが照りつける中、二人の男女が産寧坂を上る。
「九月なのにこの暑さはなんなの!?」
「京都は盆地だからな、仕方ないよ」
冬は寒く、夏は暑い、それは盆地・京都の宿命である。
二人の足取りは重く、産寧坂の石畳の照り返しが容赦なく身体の水分を奪っていく。
坂は他校の修学旅行生や清水寺に観光に来た外国人など、大勢の人間が行き来していた。
ヘタをすれば暑さもあいまって、京都に二度と足を運びたいと思わなくなるほどの人の多さである。
「人も多いし、暑いし、こんなことなら十二月とか冬に修学旅行すればいいのに! 私、やっぱり夏より冬が好きだわ!」
お前、確か前は冬は寒いし夏がいいね!とか言ってただろ……。俺は呆れた眼差しをミケに送る。
「何? その目は? どうせ去年の冬は夏がいいとか言ってただろとか思ったんでしょ!」
エスパーかよ。でもまた冬になったら夏がいいとか言い出すに決まってる。まぁそういうところがこいつの可愛いところであったりするのだが……。
「産寧坂って、三年坂とも言うらしいわね。でもどうして三年坂……痛っ!」
パンフレットを見ながら歩いていたニケが、石段につまづいて転んだ。
「痛い……! くそう! 石段め! このニケ様を転ばせたことを後悔させてやろうか!」
何を言っているんだこいつは……。ニケは石段に向かって指を指し、謝れ!謝れば全てを水に流そうなどと意味不明なこと言っている。
マズイ、周りの視線が若干痛い……。俺は人ごみに紛れ、ひっそりと他人のふりをすることにしたのだった。
「待てええええええええええ!」
俺がいないことに気付いたニケが逃げるなと言わんばかりに、人ごみを掻き分けて、すごい勢いで戻ってきた。
「で、さっきの話。どうしてだと思う?」
ああ、どうして三年坂……痛っ!ってやつか。
ニケの目が光る。あれは怒ってる目だ。ごめんなさい。
「三年坂には色々と伝説があってだな……」
俺はニケの鋭く豹のようにキラリと光った目を元通りに戻すため、産寧坂、またの名を三年坂の伝説を語ることにした。
「なぜ産寧坂には三年坂と呼ばれる、もう一つの名称があるのか。それは……」
ニケが興味津々な顔でこちらに注目する。
「それは……非常に申し上げにくいのだが……」
「なによ! 早く言いなさいよ!」
ニケの目は光ったままだ。俺は口を開いた。
「三年坂で転んだ人間は三年、もしくは三年以内に死ぬと言われているんだ」
俺の言葉を耳にした瞬間、ニケの鋭く恐ろしく、まるで獲物を狙うかのように光っていた目は瞬く間に光を失い、顔は青ざめている。
「嫌……死にたくない。まだ京都に来て、八つ橋も食べてないのに……八つ橋にはチョコ味、ラムネ味、今ならなんと季節限定で黄桃と青りんご味もあるのよ……!」
「おい! やたら八つ橋詳しいな!」
しかしスイーツが大好物のニケにとって、京都を代表する和菓子である八つ橋を食べれずに死ぬということは、天から授かった大命を果たせず、途中で息絶えるのと同じことであろう。
そんなことがあっていいのか、ニケという巨星をこのまま墜としていいものか……否!そんなことは許されることではない。
「嫌……死にたくない……」
俺は、その場に泣き崩れるニケを救う。その強い一心で口を開いた。
「まぁ作り話なんだけどさ」
次の瞬間、俺は強烈かつ最高速で繰り出された右アッパーを喰らい、宙に飛ばされていた。
その日、井筒八つ橋本舗にてチョコ味とラムネ味、もちろん期間限定である黄桃と青りんご味の八つ橋を買わされたのは言うまでもない。
ありがとうございました。