第七話「騒がしい人達の日」
煩くて 賑やかな人達
皆 個性的で 変な人だ
でも この人達となら
非日常も 乗り切っていける気がするよ
「じゃあまあ、あの人が帰ってくる前に軽く自己紹介でもしようか。
私はユカリと言います。おはぎが大好きです。
ただしずんだおはぎは認めない。」
「何か恨みでもあるの!?」
堪らずそうツッコミを入れると、
ユカリは虚ろな瞳で「ふふふ……」と言うばかりで答えてくれなかった。
彼女とずんだおはぎの間に何があったんだ。
「俺はカズでーす。なんでも喰っちゃうよ☆オニーサンも気を付けてね」
にかっと笑いながら「お前も食うぞ」宣言をかますカズ。
満面の笑みからはドS臭しか漂っていない。
「どうも。私はリーフ……です。気軽にリーフって呼んでくれ……」
それだけ言うと、リーフはフイ、とそっぽを向いた。
どうやらまだ警戒されているみたいだ。
「あ、僕の名前は……」
そう言おうとした矢先、ユカリが僕の発言を遮った。
「そうそう。ここの皆の名前は本名じゃないからね。
ニックネームみたいなので呼び合ってるから」
「オニーサンにもそういうのないの?」
なるほど。考えてみればリーフなんて普通にニックネームだ。
「じゃあうそかじって呼んで下さい」
僕は少し考えて、友人から呼ばれ続けているあだ名を告げた。
「わかりました。それではウソカジさん、ようこそ私達のアジトへ!」
ふわりと笑いながらユカリが言った。
なんだかくすぐったいような気持ちだ。
「あと二人ここにはいるんだけどね。
一人は今出かけてて、もう一人は……」
ユカリがそう説明したその時、
シャッと音を立てて奥のベッドのカーテンが開いた。
中からは、眠そうに瞳を擦り、
ふらふらとした足取りをした少女が出てきた。
「ぬーん。寝てた」
くぁあ……と欠伸をしながら「寝起きです」を体中で表現している。
「おそようむく」
「おそよー。そちらのお客さんは?」
僕の姿を認めるなり、誰かと尋ねるムクと呼ばれた少女。
そりゃそうか。
「ウソカジさんって名前だよ」
「ふむふむ」
得心したように頷くと、
ムクは僕の方に歩み寄ってぺこりとお辞儀をした。
「わしはむくといいます。どうぞよろしく」
「あ、どうも……」
つられて僕もお辞儀をしながら挨拶する。
なんだこれ。っていうか一人称がわし?
「ぬ。ウソカジさん、ほっぺたに怪我してるぞよ」
「え?」
僕より低い目線の少女は、僕の顔を見上げながら、
ぴっと右頬を指さした。
つられるままに右頬に手をやると、ちくりとした痛み。
どうやらさっき襲われた時にかすりでもしたのだろう。
それを思い出すと、背筋がぞっとした。
半刻程前、僕は生きるか死ぬかの瀬戸際に立たされていたのだ。
「わしにお任せあれ」
むぬーん、というよくわからない掛け声?
(とても気合が入るとは思えないけど)を発しつつ、
ムクはじっと僕の右頬を凝視した。
すると。
鈍く彼女の瞳が赤く輝いた。
びっくりした僕は、反射的に右頬に手をやる。
しかし、さっき感じていた痛みはなかった。
「治った……?」
「ふう」
呆然とする僕をよそに、
「一仕事やってやったぜ☆」とでも言わんばかりに
どことなく清々しい顔をするムク。
「あの、カズといいムクといい、君達、何者なの……?」
僕はずっと感じていた疑問をストレートにぶつけた。
壁を食べる少年。傷を癒す少女。
どう考えても、ここの人たちは、『普通じゃない』。
「えっとですね、それは」
どうしようかなあ、という口ぶりでユカリが言った。
どうも、「言うか言わないか」を悩んでいるのではなく、
「どう説明するか」に悩んでいるようだった。
「俺達は一人ひとり、『目の能力』を持っているんだ」
意外なことに、次に口を開いたのはリーフだった。
「『目の能力』?」
「ああ。話すと少しややこしくなるから、
『あいつ』が帰ってきてからにするが……」
『あいつ』とは、
さっきユカリも言っていた『あの人』の事だろうか。
「『あいつ』って一体「ただいまー」
僕の発言に被せるように帰宅を告げる新たな声が聞こえた。
「噂をすれば……だな」
にやりと口元に笑みを浮かべながらリーフが言った。
どうやら、今帰ってきた人物が皆の言っていた『あの人』らしい。
新たな来訪者に、俄かにがやがやと騒がしくなる『保健室』。
「おかえりー」
「ひどい目に遭ったよもー」
「うわあどろどろだねイシカ」
カズの発言から推測するに、
帰ってきた人物の名前はイシカというみたいだ。
フードを目深に被り、表情は伺い知れない。
ただ、彼……彼女?の全身は土やら埃やらで薄汚れていた。
「ひどい目にあった」と言っていることから、
どうやら何かあったようだ。
「うおおおおお!風呂入りてえ!」
「沸いてないよー」
「ですよねー」
イシカの叫びにさらっと返すユカリ。
それを受けて、がっくりと肩を落とす。
「まあいいさ、今日はこのフードを買えただけで俺は満足さ…」
「ネコミミ!」
ムクが反応したように叫ぶ。
彼女が反応した通り、
イシカの頭を包む濃紺色のフードからぴょこんと出ているのは
一対の猫の耳を模したモノ。
ただ……。
「ドロドロだな」
「うう……言うなよ……」
リーフの的確なツッコミにイシカは膝を折る。
「着て帰られますか?」っていう
店員さんのお誘いに乗ったばかりに……!
というよくわからない懺悔を頭を抱えながらしている。
第一印象。
うん、凄く変な人だ。
「イシカさんイシカさん、お客さんだぞよ」
「へ?」
「イシカ……早くしろ」
ムクに言われ、
呆けた返事とともに頭を抱えていた手を放すイシカ。
それを見てリーフがイラついたように淡々と状況把握を促す。
「彼はウソカジさん。
襲われてたところを保護したんだけど……って聞いてる?」
「ああ、ウソカジさん……?
はじめまし……って、え!?えええええええ!?」
ユカリに言われ、
途中までは怪訝な口調で挨拶をしていたイシカは、
僕の顔を見るなり叫んだ。
あわわわわ、と言いながら、さっ、とフードで目元を隠す。
……ん?この動作、何処かで見たような気が。
ぱくぱくと呼吸のできない魚のように
口を開いたり閉じたりするイシカを見て、
僕は何か言おうと思ったのだけど。
「あ……れ……」
なんだかすごくねむい……。
びっくりしたような瞳が沢山覗き込んできて、
何か言ってきてるのもわかっているけど。
もう、何も考えられないや。
長い 長い 一日
運勢の 最悪な 一日
僕の この先の日常を変える 一日
人は きっと この日のことを――