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第六話「日常と少しの非日常の日」




僕は 油断していたんだ

何の疑問も感じないまま 日々を過ごしていたんだ

それが 砂上の楼閣で

虚飾に満ちたものであることを 知らないで




カツアゲされてた子を助けた?翌日、

僕は何食わぬ顔でいつも通り登校していた。

朝のお日様の光が燦々と降り注ぐ道。

正直、眠い。


「……ト。クロト!」

「ふぇ?」


朝はやっぱり眠いなあなんてほけっとしていたら、

いきなり聞き慣れた声を背後から掛けられた。

ただ、今まさに欠伸をしたジャストタイミングだったため、

僕の返答は変に間延びしたものになる。


「『ふぇ?』じゃねーよ」

「あ。トロ姉と三十路」

「おはよー」


欠伸で目尻に涙が浮かんでいる状態で振り向くと、

高等部の制服に身を包んだ男子が二名、そこに立っていた。


「三十路言うな」


二人のうち、目つきの悪い方が不機嫌そうに言う。

しかし、僕達は長い付き合いの中で

こんな反応は慣れっこのため、気にも留めない。


「じゃあ白寿?」


追い討ちのようにもう片方の男子が茶化す。

うん、いつも通りの光景だ。


「白寿でもない!!」

「あはは。ヤマトおはよ」


そう言うと、目つきの悪い方――ヤマトはがっくりとうなだれて、

「もう……オレの扱いなんなの……」と力無く言った。

何を今更。


この人達の名前はネギトロとヤマト。

もちろん、本名ではなくあだ名。

二人とも高等部だし、学年も違うけど、

家が近くという事もあって、

僕らはちょくちょくこうして喋っている。


あ、あともう一つ。

僕はネギトロのことを「トロ姉」って呼んでるけど、

前述の通り、トロ姉は男子だ。


「昨日メールしたのに返信なかったけど、どうしたの?」

「あー……ちょっと貧血で寝てた」


そういえば、朝携帯を確認したらトロ姉から

「明後日三人で帰りに遊びに行かない?」ってメールが来てたんだった。

僕はと言うと、昨日の件で、案の定貧血で倒れて朝まで動けなかった。

見た瞬間に返信しようと思ったんだけど、如何せん、朝は時間が無い。


「え?大丈夫なの?言われてみれば心なしか顔色悪いような」

「大丈夫大丈夫」


心配そうな顔で僕の顔を覗き込んでくるトロ姉に、

僕は軽い感じで返す。


何が原因かなんて、とても言えやしないから。


「……具合悪かったらすぐ言えよ?」


ヤマトがぶっきらぼうに気遣いの言葉を投げかけてきた。


「あはは。二人ともありがと」


僕は、二人の気遣いに、感謝と、

隠し事をしている後ろめたさを感じながら、

学校へ歩を進めるのだった。




昼休み。

僕は四限までの授業をなんとかこなしながら(寝てないよ!)

ダッシュでラウンジまで向かう。


朝、僕ら三人は「昼休みに一緒に飯食おうぜ」という約束をしていた。

僕の行動はそれに則ったものという事だ。

ただ、昼のラウンジは馬鹿みたいに混む。

軽く椅子取りゲーム状態だ。


僕はそれを制していい席を取るためにこうして走っている。

途中、先生が何か言いたげに

こちらを振り向いた気がするけど、気にしたら負けだ。


「あ、クロトさーんこっちこっち」

「えぇ!?」


肩で息をするぐらい走ったというのに、

まだ混む前で人がまばらなラウンジには、すでにトロ姉がいた。


「なんでもういるの!?僕結構走ったのに!」

「それは……秘密☆」


少し黒さを感じるいい笑顔を見て

僕はこれ以上何も聞かない方がいいだろうという事を悟った。


「ラウンジのど真ん中で騒ぐな、目立つわ」


いつの間にか呆れ顔を貼り付けたヤマトが到着していた。


「ふむふむ。いつも通りの雪○コーヒーか」

「冷静に分析すんな」

「ヤマトっていっつもそれ飲んでるよね」


お前らどんだけオレの事見てんだよ!と叫ぶヤマトに、

僕達はきょとんとした。

や、これだけ長い付き合いやってれば嫌でもわかるし。


「じゃあまあ食べ始めようか」


そんなトロ姉の言葉に、

僕達は各々のお弁当(約一名は総菜パン)を広げ始めた。




「こんにちは」


黙々とご飯を食べていると、不意に声をかけられた。

顔を上げると、柔和な微笑みを湛えた女子。

その後ろには、俯き気味の女子生徒がもう一人。

制服は僕と同じ、中等部だ。


「こんにち……は?」


僕の決して多くない脳内の人物データベースを検索してみたけど、

結果はNot found。

多分、人生において喋ったことすらない人だと思う。


「クロト、知り合いか?」


警戒したようにヤマトがただでさえ悪い目つきを鋭くする。

まあ、僕ですら警戒しているのだから無理もないけど。


「私の名前は咲野紅愛さきのくれあ。こっちは友達の榎木えのき


ヤマトの視線に動じることもなく、咲野さんは自己紹介を始めた。

紹介された榎木さんの方は、

自分の名前が告げられると、ぺこりと控えめに頭を下げた。


「いきなりごめんなさい。ちょっと貴女に用事があって……

放課後に屋上に来てほしいの」

「ふぇ?」


話についていけず、僕は呆けた声を上げる。

初対面でいきなり呼び出しとはなかなかハイレベルな。


「何々?告白?」


トロ姉が面白そうに茶々を入れてくる。

いや、告白も何も初対面な上に女の子同士なんですけど。


「告白……うん、ある意味近いかも」


照れたように頬を掻いて俯きながら言う咲野さん。

マジですか?


「とにかく!今日の放課後に屋上に来てください!お願いします!」


それでは!と言いながら咲野さんは来た時と同様、

嵐のように去って行った。


「「「…………」」」


残された僕ら三人は暫くぽかーんとするしかなかった。


「で、どうすんの?受けるの?」

「いやいやいやいやトロ姉、受けるわけないからね!」

「ですよねー」


彼女には悪いけど、断らざるを得ない。


「あ、やば。早く食べ終わらないと授業始まっちゃう」

「え!?もうこんな時間!?」


やばいやばい、と言いつつ

残りのお昼ご飯にかぶりつく僕らと対照的に、

ただ一人、ヤマトは、

彼女達が去って行った方向に厳しい視線を向けたままだった。




それが 偽りのものでも

それが 欺瞞に彩られていても

僕は この日常が大好きだった

今だって それは変わらない




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