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第五話「隠れ家にご案内の日」




崩れ去った 日常に

「さようなら」も言えないままに

僕はただ 流されていった

それしか 前に進む方法が見つからないんだ




「はぁ……はぁ……」

「ここまでくれば大丈夫だと思う」


息が上がって胸を押さえる僕とは対照的に、

凛とした表情で辺りを伺う少女。

幸い、追ってくる影は見当たらないようだ。


「それにしてもユカリさん、ヒーローみたいなタイミングで来ましたね」

「えっへん」


目をキラキラさせながら興奮気味に言うカズに、

さっき颯爽と現れたおはぎ少女は誇らしげに胸を張って答えている。


「カズがなかなか帰って来ないから見に来たんだけど、正解だったな」

「君達は一体……?」

「んっんー、それは、着いてから話します」


そう言うと、さっきカズにユカリと呼ばれたおはぎ少女は

唇に人差し指を当てていたずらっぽくウインクした。


「着いてから?」

「私達のアジト的な何かだよ」

「アジト的な何か!?」

「アジトっていうか、隠れ家っていうか。ああ意味同じか」

「まあとにかくそういうとこがあるってことだよオニーサン」


カズが元気よく言った。


「そうそう。あ、着いたよ」


そう言ってユカリが指差したのは――

幽霊が出るともっぱらの噂の廃校舎だった。


慣れた足取りで薄暗い校舎をずんずんと進んでいくカズとユカリ。

僕はその後ろを黙ってついて行った。


というかこれ、不法侵入じゃないか?

誰かに見つかったら言い逃れはできないだろう。


そんな心配をよそに、

二人は談笑なんてしながらどんどん廊下を奥へ進んでいく。

と、ある扉の前で二人の足が止まった。


「ただいまー」

そう言って、勝手知ったる、

という様子で入ったのは、ベッドと薬品箱が並ぶ部屋。

どうやらここは、保健室?らしい。


「ユカリ、カズ……?」


僕達を見て、

はっとしたようにパイプ椅子に座っていた人が振り向いた。

長い緑の髪に青い瞳の女の子だ。


その子は、立ち上がるなり

僕らのいる廊下の方へつかつかと歩み寄り、


「遅いから心配したんだよ!?」


と、半ば叫ぶように言った。

どうやら安堵半分、怒り半分らしい。


「あっはっはー。ちょっと襲われちゃってた」


そんな様子の女の子をよそに、ゆったりとした様子で答えるユカリ。

薄々感づいていたけど、この子、大物だ。


「襲っ!?」

「リーフ、説明は後でするから入れてくれないかな?」


のんびりと告げられた緊急事態を受けて、

リーフと呼ばれた女の子はうまく言葉が出ないようだった。

ユカリはそれに構わず、早く中に入れるよう促す。


「お客さんもいるし、玄関先にいつまでもいるのは……」

「は!?え!?お客さん!?」

「……どうも」


右手を挙げて控えめに当たり障りのない言葉を吐く僕。

リーフは混乱のあまり、僕のことを認知していなかったらしい。

少しショックだ。


「ね?」


ダメ押しのように、ユカリが言う。


「俺も早く入りたい!」


とカズが騒ぎ始めた辺りで、


「……ああもうわかった!」


と叫びながら、リーフはようやく僕達を中に入れてくれた。


……なんだか変な事になってきたな。




「……というわけなんだよ」


おはぎをつまみながらユカリは事のあらましを説明した。

ざっくりと言うと、カズの帰りが遅いので、迎えに行った。

そうしたら赤い瞳の人達に襲われた僕らがいたので、

救出してここに連れて帰った、という内容だ。


「私がいたら全員安全にここに飛ばしたのに……」

「それだとリーフが倒れちゃうんじゃないの?」

「う……」


カズがさっきの壁とは違い、

ちゃんとしたおせんべいをばりぼりと齧りながら言う。

それが12枚目のせんべいであることを除いては、至って普通の光景だ。


「それだったら敵を全員異次元に送ってやるし!」

「ただでさえ制御難しがってるのに暴走したら手に負えないんじゃない?」

「ぐっ……」


……さっきから飛ばすとか制御とか暴走とか

何を喋っているんだろうこの人達。

さっぱりわからない。

それに……。


僕はちらりとユカリの方を見た。

彼女の瞳は、今、真っ黒だ。

だけど、僕は確かに見た。


さっきの赤い瞳の連中を撃退するとき、

確かに彼女の瞳も、あいつらと同じように真っ赤に染まっていたのを――


僕の視線に気づいたらしいユカリは、

首をかしげながらにこやかな笑顔を向けてきた。

ばつの悪くなった僕は、慌てて視線を正面に戻す。


リーフに『保健室』へ入れてもらった僕らは、

テーブルにお茶とお菓子を出されていた。

僕の前にも湯気の立つ緑茶が出されているが、

正直あまり飲む気がしない。


さっき殺されかけたのに、よく呑気にお茶啜ってられるな……。

喉元過ぎればと言うやつだろうか。


「で、『あの人』は?」


おはぎの乗っていた皿を空にして、唐突にユカリが聞いた。

6個は乗っていたはずなんだけど、気のせいだったんだろうか。

それともここの人の食欲はこれがデフォルトなんだろうか。

ただ、リーフの食べる量を見るとそこまで非常識な量でもないので、

やはりこの二人が特例に違いない(特にカズ)。


「まだ帰ってきてないよ。なんか妙に浮かれて出かけてったけど」


リーフが淡々とした口調で答える。あの人って誰なんだろう?


「うーん。肝心な時にいないんだなあ」

「帰ってきたら俺喰っちゃっていいかな?」

「一応やめといてあげた方が」


困り顔で言うユカリに対し、さらっと恐ろしい事を言うカズ。

ユカリの制止の発言をよそに、

カズは獲物を見つけたような瞳をしている。

僕はまだ見ぬ「あの人」に、心の中で静かに合掌した。




お別れの出来なかった 日常の代わりに

新たにやってきた 非日常

「こんにちは」を言おうとしたけど

そんな余裕なんて あるはずもなく




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