第三話「続・運勢が最悪の日」
今日の運の悪さはまだ終わらないみたいだ
生まれて十数年目だけど
今日ほど 奇妙で 危険で 不気味な日はない
そう 断言できる
僕は夢を見ているんだ、そうに違いない。
怪しい人と会ってしまったこともあり、
これ以上面倒な事が起こる前に帰ろうと思った僕は、
家へと歩を進めていた。
黙々と街中を歩く中、ふと目に留まったもの。
大通りに面している薄暗い細い通り。
いわゆる路地裏。
そこに、うずくまってる男の子がいた。
無視をしようかとも思ったが、
見つけちゃったからには見過ごすのも気分が悪い。
それに、ホントに具合が悪いとか怪我してるとかだったら大変だし。
そう思って意を決して声をかけようとしたんだけど。
がりっぼりっ……
(えっ?)
地面にしゃがみ込んでいる男の子から聞こえるのは異様な音。
そう、まるで、何かを齧るかのような。
その音が聞こえなくなったと思ったら少年は立ち上がり、
路地裏の廃墟の壁を剥がした。
そして。
がりっぼりっ。
ああさっきの音って壁を食べてる音だったのかー。
……うん。絶対おかしいよね。なんなんだ今日は。
「もぐもぐ……ん?」
と、少年は漸く背後にいる僕に気づいたらしく、振り向いてきた。
「あっちゃあ……オニーサン、どこから見てたの?」
と、壁の欠片をせんべいのようにかじりながら言う少年。
もう一度言おう。少年は壁を食べている。
「食べてるの見られるのってちょっぴり恥ずかしいんだけどな~」
「そっち!?」
照れたように笑いながら言う少年に、僕はとうとうツッコんだ。
「俺はカズ!まあ、訳ありな身体でさ。
今のはついお腹が減っちゃって、
そしたらそこに手近な壁があったから食べてたってだけ」
二、三個ツッコみたいところはあったけど、
僕は華麗にスルーした。
もう考えるのもめんどくさい……。
「こんな人気のないところでしゃがみこんでるから
気分でも悪いのかと心配したんだよ……」
「あ、そーなの?ごめんねーオニーサン」
からからと笑う彼にすっかり毒気を抜かれた僕は、
本日の溜息の数をまた一つ追加して、
「じゃあ僕はもう行くよ……」
と言って踵を返した。
すると、こちらを凝視している六つの瞳と目が合った。
それは正に異様と言うしかなかった。
一人は、Tシャツにジーパンの中年男性。
一人は、学生服を着た男子。
一人は、胸を強調した服を着ている女性。
三者とも服装は普通。
ごく平凡な通行人といった感じだ。
ただ、挙動が不審だった。
だらりと手を垂らし、虚ろな足取りで不気味にこちらに迫ってくる。
よく見ると、
それぞれに鉄バット、パイプ、ナイフなどの凶器が握られている。
そして何よりも異様なのは――皆一様に瞳が赤く染められていること。
「っ!?」
ヤバい。何かわからないけど確実にヤバい!
ゾクリと背筋に寒気が走る。
「オニーサンは早く逃げて!」
そう言って自分のことをカズと名乗った少年は、
自分の腕をさっき食べていた壁らしきものと融合させて――
迫ってくる一人、中年男性の膝裏を思いっきり殴って転ばせた。
状況がわからず、僕はただ立ち止まってその光景を見ているしかなかった。
完璧に呆然としていた僕を見逃さず、
パイプを持った学生服を着た男子が僕に向かってパイプを振り下ろしてきた。
「ひっ……!」
大振りだったために間一髪避けることが出来たが、
それは(たとえ廃墟でボロボロとはいえ)壁を粉砕して抉るほどの威力だった。
ぱらぱらと砂埃が壁から上がる。
こんな威力で殴られたら、頭蓋骨割れるだけじゃ済まないぞ……!!
しかし、命の危険を前に僕の足はかたかた震えて動かない。
(動け……!動いてよ、僕の足……!!)
相手が迫る。
「不具合・処理エラー発見」
訳の分からない単語をブツブツと呟きながらゆらりと歩いてくる。
まるでそれは糸の切れそうな操り人形のように。
「削除削除削除削除削除削」
「うわあああああああああああ!!」
逃げなきゃ、逃げなくちゃ……!
そう思ってはいても、
僕は恐怖からの叫び声を上げることしかできなかった。
赤い瞳が僕を無機質に覗き込む。
嫌だ、死にたくない……!
僕は最後の抵抗とばかりに、相手の真っ赤な瞳を見つめ返す。
すると。
「え……?」
さっきまで僕の鼻先まで迫ってきていた
学生服を着た男子が突然カクリと崩れ落ちた。
僕は事態についていけなくて完璧に頭が混乱している。
「オニーサン!後ろ!!」
その隙に、ただ一人残った女性が僕の背後に回ってきた。
やばい、やられる……!
そう思った瞬間。
「おはぎーーーーーーーーーーーーー!!」
掛け声?とともにクロスチョップを
女性にかましながら登場したのは高校生くらいの女の子。
彼女の目が赤く光ったと思うと、
襲ってきた人の動きがぴたりと止まった。
「早く!こっち!!」
がしぃ!と見た目からは想像できない位の力強さで腕を掴まれ、
僕はおはぎ少女に導かれるままに走り出した。
なんとなく平和に生きていきたくて
これまでも平和に生きてきたのに
盤石だと思っていたものが
簡単に 崩れていく瞬間