第二十四話「差出人不明の日」
霧散してしまいそうな
曖昧な記憶の中
少しだけ思い出せるのは最後の笑顔
あの人の名前はなんだっけ?
「俺?そうだなぁ……」
わいわいと賑やかな広い談話室のような場所。
沢山の少年少女達が、
思い思いの場所に座って楽しそうに会話をしている。
その一角、暖炉の前に胡坐をかいている
濃紺のフードを目深に被った人が、面白そうに口を開いた。
「とりあえず寝る!
そんで起きたらパソコンつけて動画見て
お菓子食べながらだらだらできたら幸せだなー」
にかっと口元だけで笑うその人の幸せは、
とても安上がりなものであるらしい。
「なるほど、ニートになりたいと。
だったらもう叶ってるな、おめでとう」
左側に少し距離を置いて
座っていた人が挑発的にそう言った。
その人は眼鏡をかけていて、
頭頂の触覚みたいなアホ毛が特徴的だ。
「あはは、ありがとー。エナクテメェ駆逐すんぞ」
にこやかに刺々しい言葉をフードの人は吐いた。
別に怒っているようには見えないから、
いつも通りの応酬なのだろう。
「人をニート扱いしてるけど、エナクはどうなんだ?
……あぁ、やっぱり言わなくていい」
「なんでや!」
「聞かなくてもロクなことじゃないのはわかるから」
フードの人はひらひらと手を振りながら
エナクの言葉をざっくりと一刀両断。
それに対しエナクは反論するように言う。
「別にそんな変なこと考えてないよ?
ちょっと幼女を――あぁ二次元に限るよ?それから」
「物理的に黙らせるぞ?」
そうフードの人が言うと、
エナクは少し青ざめた顔をして押し黙った。
幼女をどうする気なんだろう、
なんて疑問が僕の頭を渦巻いた。
「っていうか『これが終わったら何したい?』って、
普通に死亡フラグだよね」
今まで沈黙を保っていた
隅の方に座っていた少年がフードの人にツッコむ。
「ちょっ、縁起でもないこと言うなよマカイさん!」
「いやぁ、この流れだと一度言っとかないといけないかなと」
慌てた様子のフードの人に、
マカイはなんでもないことのようにしれっと言った。
「こんな”セカイ”だからこそ、
なんかそういうこと話してもいいんじゃないかって
思っただけなんだけどさ」
フードを被った頭を
がしがしと掻きながらその人は言った。
こんな世界?何のことだろう?
「あれ?なんでそんなとこで突っ立ってんの?」
不意に、フードの人が、
こちらに気づいたように顔を上げた。
それにつられて、エナクとマカイもこちらを見て
「あ、クロト(さん)だ」なんて言っている。
暖炉の前に座っていたその人は、
よっこいせと少し年寄り臭く立ち上がり、
ゆっくりと歩んできた。
それから、フードで隠れた顔が見えるくらい
至近距離で話しかけてきて、
僕は少しどぎまぎした。
「どしたの?具合悪い?」
不安そうに瞳を揺らすのに対して、
僕は首をふるふると横に振った。
別に具合は悪くない。
それを見て、その人は「そっか」と安心したように笑った。
「……?」
次に目に飛び込んできたのは見慣れた自室の天井だった。
カーテンの隙間からは眩しい陽光と、
ちゅんちゅんという鳥の声が飛び込んできている。
のそりと布団から起き上がり、目を擦る。
「……なんか変な夢見たような」
内容を思い出そうとするけど、
頭に霞がかかったようにはっきりしない。
ぼんやりしながらゆるりと時計に目をやると、
まだまだ本来の起床時間よりは早いが、
二度寝には微妙なところ。
んーっ、と一つ伸びをして、僕は起きることに決めた。
髪を整えて、制服に身を包む。
それから、先に起きていたらしい家族に
軽くおはようと言うと、
今日は何かあるのか、と聞かれたけど特に何もない。
そう言うと、更に不思議そうな顔をされたけど、
一拍置いてから思い出したように
郵便受けを見てきてと言われた。
別に断る理由もないので素直に従う。
時間もあるし問題ない。
外に出て、自分の家の郵便受けを見る。
ぱかりともかたんともつかない軽い音を立てて、
それを開いた。
中には、今日の朝刊と、チラシと、
「……手紙?」
シンプルな白い封筒。
それにあったのは、切手と、消印と、
ここの住所と、”クロト様へ”という宛名。
裏側に、差出人の名前は書かれていない。
「変なの」
とりあえず読むだけ読んでみよう。
そう思って、僕は制服のポケットに
その手紙だけ適当に突っ込んだ。
僕に宛てているものだし、
どう扱っても問題ないだろう。
(あ、そういえば)
差出人は僕のクロトというあだ名を知っているようだ。
ということは、学校の友達だろうか?
でも、一々「僕に手紙出した?」って聞くのも変な話だ。
「やっぱり読んでみて、誰か考えるっきゃないか」
もしかしたら中に名前書いてあるかもしれないし。
そう決めてから、僕は改めて家に戻った。
寒々しいほど 無機質で
嫌味なほど 白い封筒に
癖のある 乱雑な字
不思議と懐かしく思えて仕方なかった




