第二十話「失踪の日」
何かが 確実に壊れ始めていた
そろりそろりと 僕達の傍に
暗い影は 音も無く
確実に 忍び寄ってくるようで
次の日。
僕とヤマトは高等部一年の教室のある階へ赴いていた。
昨日、あれから――
『そういやさ、咲野と榎木は能力者を探してるんだよな?』
『くれあでいいよっ!ヤマト!』
ヤマトがふと思い出したように言うと、
さっきとは打って変わって
花のような笑顔を向ける咲野さ……くれあちゃん。
『あ、私の事はエノキ、もしくはぐるとと』
『なんでぐると?』
くれあちゃんに重ねてエノキ……ぐると?が
テレパシーで言う。
センコウがその変な呼称に対して質問した。
僕も気になる。
『それはヨーグルトが大好きだから!』
『そんな理由!?』
たまらず僕はツッコんだ。
『ヨーグルト好きのぐるとの異名は
伊達じゃないですよ?なんなら今語ろうか?』
『いえ、結構です。ていうかそんな異名あるんだ……』
心なしか誇らしげな顔をしながら彼女は言う。
僕がヨーグルトへの愛を語り出そうとするのを止めると、
少し残念そうな顔をした。
『話戻していいか。
オレ達の知ってる中ではもう一人能力持ちがいるんだ』
『え?誰々!?』
ヤマトが呆れ顔をしながら爆弾発言をした。
僕がそれに食いつくと、
ヤマトはさらにはぁ?という顔をしてきた。
『クロトお前……いや、そうか、知らないか』
『???』
僕の頭に浮かぶのはハテナマークだらけ。
少しニヤッと口角を上げながら、
目つきの悪い幼馴染の片割れは、一拍置いて言った。
『アイツも、能力持ちなんだよ』
そこで、脳裏に浮かんだのは、一人だけ。
まさか、まさかだよね?
「まさか、トロ姉も能力持ちだったなんて……」
廊下をヤマトと歩きながら、
僕は未だ信じられない、と肩を落とした。
「まぁな。それと、
お前の能力のことはオレもアイツも知ってたし」
「ええ!?早く言ってよ!?隠してた僕の努力は!?」
さらっとなされたヤマトの告白に、僕は真っ青になる。
「いや、だってお前知られたくないって言って
隠したがってたじゃん」
「え?どゆこと?」
確かに僕ならそう言うだろうけど。
僕、そのことを誰かに言った覚えはな……いはず。
「昔お前がそれを発現させた時にそう言ったの。
だからネギトロがお前の『オレ達に能力を知られてしまった』
という記憶を消したんだ」
「えぇぇえ!!?」
「あーもううっさい詳しくは本人に聞いてくれ」
耳元でいきなり叫び始めた僕に
うんざりするように、ヤマトは両耳を塞ぐ。
コイツ……本当に何も話す気ない……。
そうこうしているうちに、僕たちは目的地、
トロ姉の所属しているクラスに着いた。
カラリ、と後ろの扉を開け、控えめに声を出す。
「こんにちはー」
「ちわーす、ネギトロいます?」
僕達がここに来るのは初めてではない。
だから、いつも通りトロ姉を
クラスの人に呼んでもらうつもり……だったのだが。
「は?」
返ってきたのはトロ姉のクラスメイトの怪訝な表情。
「え、今日休みですか……?」
僕はまさか、と思いながら聞く。
すると、教室にいた生徒が何人かわらわらと集まり始めた。
だけど。
「ネギトロ?誰だよそれ」
「そんな風に呼ばれてる奴いたかー?」
「クラス違うんじゃないですか?」
僕の脳裏には一つの嫌な可能性がよぎった。
結局僕らは、トロ姉を発見することはできず、
何処に行ったかも情報を得ることはできなかった。
廊下を無言で歩くヤマトをちらっと見てから、
僕は、小さく声をかけた。
「ヤマト……ねぇ……」
「……」
ヤマトは厳しい顔をしながら携帯をいじっている。
やがて、眉間に皺を刻みつけながら言った。
「ちっ……携帯も通じない」
――身の回りの人が少しずつ、少しずつ消えているの
――皆その子のこと知らないっていうの!
初めからいなかったみたいに!
悲痛な叫びを上げるくれあ。
――私達はある仮説を立てたんです
――"この瞳を持っている人は
いなくなった人のことを忘れない"んじゃないかって
きらり、と赤い目でこちらを見つめるエノキ。
僕は、薄ら寒い何かを感じ取りながら、
それらを思い出していた。
きっと、ヤマトも同じことを思い出していたのだろう。
その日、僕達の幼馴染は、姿を消した。
まだこれが序章に過ぎないなんて
この時の僕達は微塵も感じ取れなくて
予告の無い突然の喪失に
呆然とするしかなかったんだ




