第二話「いつも通りの日常の日」
僕はごくごく『普通』に生きている
朝起きて 学校行って ご飯食べて 友達とだべって
でもただ一つだけ 『普通』じゃないこと
僕はそれを抱えて 知らないフリをしている
僕には秘密がある。
「……ではHRを終了するぞー」
「きりーつ!れーい!」
さよーならー、またあしたー、ばいばいー
そんな声が響く教室の中で、僕はさっさと鞄に
教科書とノートと筆箱その他諸々を放り込んだ。
僕はクロトって皆に呼ばれてる。
自分のことを僕って言ってるけど、一応、華の女子中学生だ。
いわゆる、「僕っ娘」ってやつ。
僕の学校は中等部と高等部が一緒になってて、まあ、そこそこおっきい。
そんなもんだから、教師の目が完全に行き届いてないところもある。
でもね、だからといってさ、
このタイミングでこれはないんじゃないかなあ?
「おら、出し惜しみしてんじゃねえぞ?」
「あぁ?なんだその生意気なツラは?やる気かコラァ!?」
絵に描いたようなカツアゲの場面。
まさか本当にこの目で見る日が来るとは。
僕はこっそりその様子をうかがった。
ここは体育館裏。
ちょっとでも大きな音を出せればすぐに誰かには聞こえそうだけど……。
「……」
ガラの悪い不良らしき二人に壁に追いやられている男子生徒は、
無言でそいつらを睨み返していた。
どことなく、相手をするのがめんどくさいといった顔で。
制服を見たところ、僕と同じく中等部の生徒みたいだ。
ううん、どうしようかな。
いつまでもちらちらと様子をうかがっているわけにもいかない。
だからといって、知らせるための「大きな音」なんて出せないよ。
……一個だけ、方法はあるけど。
僕は、体育館の壁の上の方
――ちょっと古くて曇ったガラスの窓――
を見つめて、念じた。
(「『目を……壊す!』」)
パリーン!!とけたたましい音を立ててガラスが割れる。
これが、僕の『普通』じゃない秘密。
「なっなんだぁ!?」
ガラスを浴び、不良たちは情けなくうろたえる。
角度的に壁際にいた男子生徒には当たってないはずだ。
「こらーお前ら!!何をやっとる!!」
「「げっ!!」」
音を聞きつけたのであろう先生がやってきて、
不良たちはすたこらと逃げて行った。
いつの間にか、カツアゲされてたあの男子もいない。
(「ふう……」)
なんとか上手くいった。
作戦完了、なんて心の中でこそっと思いながら
僕は何食わぬ顔で家路につく。
僕のこの能力、『目を壊す』と僕は呼んでいるのだけど、
これは頭の中で「これ」と決めたものを壊すことが出来るのだ。
実はこの能力を使った後、ほぼ確実に貧血で倒れる。
これだけが問題なんだよね。
僕は家に帰った後の反動を想像して、憂鬱になった。
誰もいなくなった夕暮れの校庭。
体育館裏に未だ散乱している、
粉々のガラスの破片を静かに見つめる二人の女子生徒がいた。
「うん、ばっちり見た。あの子、『普通』じゃないよ」
まるでもう一人の女子生徒と会話しているかのように口を開く少女。
「エノキ、帰ろ?」
エノキと呼ばれた女子生徒はコクリと頷いた。
「……少しは"口で"喋んない?
私、一人で喋ってるイタイ子にしか見えないんだけど」
エノキは少し考える素振りをして、即座に頭を振った。
「……だよね。まあいっか」
『まあいっか』とは言いつつ、
女子生徒はむう、と口を尖らせて不満を露わにしているようだった。
それを見てもエノキは、無言のまま何も変わらない。
ただ一つ、度々目が赤く変化していることを除いては。
「え?『くれあだってコピーして私の能力使えばいいじゃん』って……
そんなことしたら本当に無言の怪しい二人組になっちゃうから!
えのが喋れば万事解決でしょー?!」
元気のいい声でくれあと呼ばれた少女はエノキを非難した。
「『くれあ、うるさい』ってあのね!
誰のせいでこんなにやいのやいの言ってると思ってるのー!」
今日は塾休んじゃおう。絶対倒れちゃうし。
お母さんにどうやって言い訳しようかなーとぼんやりと考えながら
宵闇の覗く空の下をぺたぺたと歩く。
秘密がバレていることなんて、微塵も知らないまま。
本当は『普通』じゃない日常に
少し 憧れることもあるんだ
僕の抱える『非日常』
誰かに わかってもらいたいとも思ってる