第十一話「紅色に染まる日」
僕の今まで生きてきた上での経験
それと同じくらい
もしくはそれ以上のことが起こった
そんな一日がようやく幕引きを迎えようとしている
「……はっ!」
次に目を覚ますと真っ暗な部屋の中だった。
視界はクリア。
窓からは月明かりが差し込んでいる。
「夢……?」
まだ頭がくらくらする。
僕はかけ布団の感触を確かめるように触る。
指も動かせるし、声も出る。
なら、さっきのは夢で、ここが現実?
「ここ……どこだっけ……」
見知らぬ部屋。
とっぷり日の暮れた外の風景。
夢から覚めても、まだ現実味がない。
その時、きい、と部屋のドアが開いて、
人工的な光が無遠慮に飛び込んできた。
暗闇に慣れてしまった瞳には少々強い刺激で、
僕は自然と目を細める。
「おっ、起きたのか」
光とともにやってきたのは、
風呂上りのおっさんのようにタオルを首にかけたイシカだった。
「よかったよかった。飯、食えるか?」
「はあ……」
「まあ食え食え!」と差し出されたのはおかゆの鍋が載ったお盆。
ほかほかとした湯気の立つ白いおかゆを、
僕は恐る恐るひとすくい、口に運ぶ。
じんわりとした熱さと、ちょうど良い塩気が、口に広がる。
もしかして、この人が作ってくれたんだろうか。
「簡単なもので悪いな」
「いえ……」
口ぶりからして、やっぱりこの人が作ってくれたんだろう。
ただ、にこにこと笑みを浮かべながら
僕の食べる様子を見てくるのは、正直ちょっと居心地が悪い。
嫌味なまでに爽やかな笑顔を向けてくるイシカから目を逸らし、
僕は何か気を紛らわそうと話題を探した。
「……他の皆はどうしたんですか?」
「ああ、自分の家に帰ったよ。また明日会えるさ」
当然のようにイシカが言った。
なるほど、アジトとは別に皆家があるのか。
それもそうか。
というか、ならばこの集団はなんなのだろう。
部活、といった感じでもないし。
「それ食ったら君も家に帰った方がいいぞ。
親御さんにも心配かけちゃうだろうし」
しっとりと濡れた髪をがしがしと
タオルで乱暴に拭きながらイシカは言った。
フードを取った顔はやっぱり女の人だった。
ただ、言動と動作は完璧におっさんだ。
イシカの言葉を受けてふと時計を見ると、
もう21時に差し掛かりそうだった。
ヤバイ、親になんて言おう。
「俺も戸締りしたら帰るしな。
冬休み中ってのはいいな、学校もないしここに入り浸れ……」
僕の心中を知ってか知らずか、
イシカはのんびりとした口調で話していたが、
ふと、僕の顔を見たときに、言葉が止まった。
「……っ!ちょっと瞳見せてみろ!」
「わっ!?」
がっ、と僕の肩をつかんで焦ったように顔を覗き込んでくる。
近い近い近い!
っていうかアンタフードで頻繁に顔隠してなかったか!?
コミュショーじゃないのかよ!?
「……前言撤回だ。
親御さんに連絡してくれ。今夜は帰せない」
数秒ののち、イシカはさっきまでの笑顔とは一転、
眉根に皺を寄せて厳しい顔で言い放った。
「えっ、なんで……」
さっきまで心配かけるから帰った方がいい、
と言っていたのに、
それを180度翻すような発言に僕は戸惑った。
「鏡、持ってくるから。確かめてみろ」
そう言ってイシカは、
部屋の抽斗から小さな手鏡を取り出して僕に放る。
「ここに来たのは偶然か必然か……
どちらにせよ幸運だったな。お互いに」
イシカの顔は、安堵したような、諦めたような、
どちらともつかない表情だ。
鏡の中には見慣れたいつもの自分の顔。
その中で一際異彩を放つ、赤い赤い瞳がそこにあった。
見た夢といい
自分の身に起こったことといい
間違いなく 自分に降りかかったことなのに
わからないことだらけだ




