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1章の7

 黒いタイツを履いた両脚が晴道の前に立ちはだかった。

 頭上で銃声ははじける。

「げぅ」

 喉の詰まったような呻きを上げ、パジャマを着た少年が倒れ込んだ。

 彼は精気の無い顔をこちらに向け、ぴくぴく痙攣していた。

「ひ……っ」

 生死も定かでない少年と目が合った瞬間、晴道は恐怖に跳ね起き、後ずさった。

 その足を掴もうとでもするように、少年の指が空を掻く。

 そして――彼の体もまた、看護師と同様に砂と化し崩れ去った。

 晴道は顔を上げた。

 ウッドデッキの地面には、ぐったりと伏す人間の体が点在していた。

 全ての体が、信じられない変化を辿っていた。

 普通の人間ならば。

自己消化アポトーシスは標準機能ですか。使い捨ての生物兵器の証拠隠滅には然る機能です」

 ざっ、と、視界に黒いパンプス。

「これほどの数を控えさせていたとは……それに提供者の候補を拘束する命令を下されたリコンビナントもいるようですね。用意周到すぎます。やはり私たちの動きが漏れていたのは事実でしたか」

 降ってきた沈着な独り言に、晴道は首を擡げた。

 そこに立つ黒服の少女は、厳しい顔つきで周囲を見回していた。

 刹那、右腕を掲げる。

 そして照準を確認しているとは到底思えないスピードで、銃の引き金を引いた。

 破裂音が耳朶を突く。

 少女は跳ね上がった銃身を即座に整えると、別の方向に向けて再び発砲した。

 晴道はその様を、へたりこんだまま仰いでいた。

 彼女――八ツ坂珠希は、厳しい表情を揺るがすこと無く連続発砲を続ける。

 晴道はふと気付いた。いつの間にか、珠希の銃が変わっている。

 彼女が片手で発砲しているのは、あの印象的な金色の銃ではなく、モデルガンでよく見るシンプルな鈍色の銃だ。

 加えて激しい違和感を覚える。

 ずっと撃ちっぱなしなのに、一度も弾倉を変えてないじゃないか。

 珠希は銃の弾倉を交換する動作を一度も見せていなかった。銃は撃ち続ければ当然弾切れする。弾倉に込められる実弾には限りがあるのだから。

 すぐに弾切れに陥っても何ら不思議でない勢いで発砲を続ける珠希。彼女の左手は代えの弾倉を掴むでもなく、体側に垂れている。

「どうしました」

 晴道の視線に気づいたのか、珠希はこちらに目を向けてきた。

 その強い視線に身じろぐ晴道。

「あ……ええと」

「八ツ坂珠希です」

 名を訊かれたと思ったのか、珠希は改めて自分の名を名乗った。

「珠希……あんたは……何なんだ?」

「え?」

 珠希は怪訝そうに眉根を寄せた。直後、反射としか思えない動作で飛びかかった看護師に発砲する。

「ぁっ」

 晴道は思わず声を上げた。顔を合わせたことのあった看護師だったからだ。

 彼女の体はくの字に折れて吹っ飛び、病棟の外壁にぶち当たった。

 ずるりと崩れ、座り込んだ格好になるまでの間に、彼女の体は形を失ってしまった。

「――」

「あれはヒトではありません」

 冷静に告げる珠希。

「あの生物は……ヒトを模した人工生命体、通称リコンビナント。セルの開発した生物兵器で、ここにいる個体は全て久澄調の命令に従って動いています」

 珠希は銃身を目の高さに擡げた。

「リコンビナントは、自身の所有者であるセルの構成員の命令を絶対遵守します。本能として人工遺伝子に組み込まれていますから。久澄の命令は〝わたしの殺害〟のようですが、別の命令を下された個体もいるようですね」

「別のって……俺の拘束ってやつか?」

 頷く珠希。

「あなた――沖田晴道の突然変異を記した遺伝子を確保するために、セルの誰かが命令を下したのでしょう」

 珠希はそう言うと、ちらりと瞳を向けてきた。

「裏を返せば、あなたはまだ、その遺伝情報をセルに供与していないという事になります」

 晴道は戸惑いつつも首肯した。セルなどという組織の存在も、自分が突然変異を持つ個体である事も、つい先程知らされたばかりなのだから。

 すっ、と手が差し出された。

「えっ?」

「沖田晴道。……晴道でいいですか?」

 言いながら、晴道を見つめる珠希。

「私は新発生物工学の不正利用を監視指導する組織【オルタナティヴレッド】通称【オルタ】に所属する人間です。創られつつある工学犯罪を水面下の段階で排除し、社会を守ること。これが私たちの役割です」

「……」

 どこまでも力強い光を帯びる瞳。それが何の故なのか判りかねるほどに。そんな瞳に見据えられれば、普通は身じろぎ一つできないくらいに臆するだろう。

 しかし今、晴道は直感した。

 これは己の思いの正しさを確信した者の目だ。

 少女は告げた。

「晴道。あなたが罪人とならない限り、私があなたを守ります」

 罪人とならない限り。それはつまり、セルに賛同しない限り。

 正直な所、晴道は自分の周りで起こっていることに理解が追いついていなかった。

 この黒服の少女が属する【オルタ】という組織の実態も全く説明されていないし、彼女が自分を捜していて、そして守ろうと公言する理由もわからない。

 だが――

 この手を取らなければ、俺は絶対珠希に殺される!

 そう、否定は即ち、罪人である証だった。

『〝社会にとって最高の理由〟であなたを殺します!』

 せっかく事故から生還したのに、こんなわけのわからない理由で殺されてたまるかよ!

「っ…………ああ。わかった!」

 晴道は精一杯に虚勢を張って頷くと、がしっと珠希の手を取った。

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