1章の6
「は!?」
「あっ!」
晴道と珠希の吃驚が重なる。
「創造者」「創造者を守る」「守ります」「そして敵を殺そう」「殺してやりましょー」「オルタのぉぁぁぁぁぁあああガガガガガ」
好き勝手に発する口が一つ二つ三つ四つ……二十を越えた。
第二病棟から突如として中庭に飛び込んできた人々だった。ガラス戸を蹴破る青年。窓から飛び降りる少女。我先にと言わんばかりの勢いで参入してきた人々は、まるで盾となるように久澄の周りに集まった。
見渡せる限り、彼らは人間だった。服装も看護衣やパジャマ、普段着など病院内にいる人々を思わせるものばかりだった。
――人間、だよな。
人間なんだよな。
狼狽する思考の中に必死に確信を見つけようとした。
しかし、人だかりの中心に佇む久澄の呟いた一言が、晴道の悪あがきを完全に砕け散らせた。
「やっぱり大量生産のリコンビナントは劣悪な個体が多いな。言語機能が崩壊している者もいる。生産システムを再検討する必要があるか」
その白衣の科学者は、顎に手をやって小首を傾げていた。
晴道の震える瞳が自分を捉えていると気づくと、久澄は笑いかけた。
「そう言えば、キミの突然変異を教えていなかったね」
「……久澄……」
「キミがこれを知った上で僕らに賛同してくれるのならば、僕はとても嬉しいよ。キミの突然変異は実に貴重だ。今日みたいに変異種が相手になるような場合、この形質があれば間違いなく相手を翻弄できる」
その時、空気の爆ぜる音が鳴った。間髪入れずに何発も続く。
珠希が発砲したのだ。
それが合図となり、晴道と久澄の周りにいた人々は一斉に珠希へと突進した。
交錯する晴道と久澄の視線の中を、幾数もの体が駆けていく。
晴道は久澄の瞳に縛られたようにその場に立ち尽くしていた。
逸らせない目に不安を覚えつつ、しかし晴道は久澄の言葉を待った。
科学者は静かに口を開いた。
「キミの持つ突然変異は〝発現抑制〟だ」
「サイ……レンス?」
頷く久澄。
その時だった。突如、どこか別の場所で爆音が立った。
銃声レベルでは無い。紛れもない爆発音だ。
「っ!?」
晴道は弾かれたように振り返る。爆音は第一病棟の方向だった。
一体どうなってるんだよ!
思考が困惑にかき回される。
そこへ、
「あっちの方は交渉決裂か」
ため息交じりの呟きに振り返る。
そこに立つ久澄はいかにも残念そうな顔をしながら、第一病棟の方へ視線を送っていた。
再び目が合う。
「どうやら僕もゆっくりしてはいられないみたいだ。また会った時にでも返事を聞かせてくれないかい? 晴道くん」
久澄は一方的に告げると、唐突に踵を返した。
「それまで、キミの存在が罪だと決められてしまわないようにね。罪人となるか否かは、キミの行動が全てを握っているよ」
久澄が背中で発したセリフは、この喧騒の中でも明瞭に耳に響いた。
飛び交う罵声と銃声そして目前を通り過ぎる生物たち。ひらめく白衣が完全に消え去ってしまうまで、晴道はただ無言でその場に立ち尽くしていた。
「突然変異……」
その単語を呟いた。
そこへ、
「提供者を捕まえるよ」
抑揚の無い声を背に受けた。
「伏せてください!」
「!」
振り返るという行動よりも早く、下された指令が晴道を反射的に地面へ突っ伏させた。