1章の5
ブレザーの中に着こんだシャツは白、ネクタイは黒。デザインは高校の制服のようだが、その色遣いは喪服を思わせて仕方がない。しかしモノトーン一色では無い。左胸には赤で縁取られた金色の星という、ひと際目を引くエンブレムが刺繍されている。
髪は黒髪。斜め分けの前髪に後ろはアップ。可愛い顔立ちを相殺する強いまなざし。
そんな姿をした少女の手には、信じられないものが握られていた。
黒服に浮かび上がるような、金色の銃。
晴道の視線はそれに吸い込まれた。
金一色に塗りつぶされているのではなく、銃相応の地色に金色の装飾模様が描かれている。遊びの入ったモデルガンか、装飾品として造られたような見た目だ。
しかし、あの時銃声は響いていた。
撃ったのは彼女なのか?
そんなバカな。日本での銃の所持は禁止されている。合法的に認められているのは警察官くらいだ。違法エリアに踏み入るならば、ヤバい組織の方々も数に加えられる。
すぐそこに佇む少女は、傍目に警察官とは程遠い。明らかに同年代だ。危ない筋の人にも見えない。
それなら彼女は何者なんだ?
そんな晴道の一方、隣に立っている久澄は、知り合いに明日の天気でも尋ねるような軽さで問いを投げた。
「どっちを狙ったんだい? 僕? それともこの沖田晴道くん?」
自分の名が発され、びくっと身をすくめる晴道。
「テロ組織【セル】の科学者であるあなたに決まっているでしょう。この場に於いて〝断罪〟を下されて然るべき人間は、今の所あなた以外に存在しません」
言い淀みなく返した後、少女は初めて晴道に視線を向けた。
「あなたが【沖田晴道】ですか。この施設から探す手間が省けました」
思ってもみなかった言葉だった。
「さ、探すって……あんた一体何者なんだ?」
「それよりもまず、問います。沖田晴道、あなたは同意したのですか?」
詰問の色を加えたまなざしで晴道を見据えた。
同意?
「……何の事だ」
「そこにいる久澄調の思想、ひいてはセルの理念に同意したのかという意味です」
「久澄の……?」
はっと思い当る。
先端技術を駆使して突然変異の形質を利用する。久澄はそう言っていた。冗談としか思えなかったが、どこか真実味を感じたもの事実だ。
その話を続けようか、とでもいう風に、久澄が一歩前へ出た。
「セルの概要については説明したね。変異種の持つ有用形質を資源として利用する、と。それではその方法はいかなるものなのか――」
「遺伝子導入を施したリコンビナントという愚かな生物兵器を生産する。法を無視した犯罪の何が『有用利用』ですか」
少女は久澄の言葉を遮り、まるで喧嘩を吹っ掛けるように言い捨てた。
久澄は困ったように笑った。
「それは君たちオルタの偏見だよ。突然変異は一つの資源だ。超人的な生体現象から導かれる特殊能力は驚異的な武器だと言える。この遺伝子を工学的に組み込んだ偽ヒト生命体は、どんな銃器にも勝る兵器となりうる」
「遺伝的形質を人為的に兵器化しようという理念がそもそも間違っています。それも、リコンビナントなどという愚かな媒体を使って」
少女は久澄を睨む。
「あなたに断罪が下されるという事実。これがセルの罪、そして同時に〝あなたの存在自体〟が罪である事を何よりも裏付けています」
黒服の少女は言い放ち、手にした銃を掲げようとした。
久澄が待ったをかける。
「とりあえず、先にこの沖田晴道くんの意向を確認するべきなんじゃないのかい?」
だが少女は頷かなかった。
「未確認だったのならば、それでいいのです。罪を広げる問いに価値はありません」
そう言い、彼女は躊躇なく銃口を久澄へと向けた。
「なっ!」
晴道は目を瞠った。
「遺伝情報レベルで消え去りなさい、久澄調」
少女の淡々とした言葉が、晴道の動きを凍りつかせた。
彼女の銃が本物なのか、未だ定かではない。しかし――この場には明らかに死がちらついていた。
雰囲気に気圧された晴道は、完全に動く事が出来なくなった。
と、
「存在が罪か……僕と同じ変異種のキミでもそう思うのかい?」
実に落ちついた久澄の問い。
僕と同じ変異種?
そう晴道が懐疑したのと同時だった。
銃を構える少女の腕が、見目に明らかなほど震えた。
「っ!」
少女は初めて、表情に驚愕という感情を浮かべた。
「どこでその情報を……っ」
「いくらオルタの人間でも、セルの情報網を見くびってもらっては困るな。本日この咲浜医療センターにキミたちの捜査が入ることも、とっくに分かっていたよ。僕を含む変異種の持つ遺伝情報に対しては、キミ――八ツ坂珠希が抹消を図る、ということもね」
さらり、と答える久澄。
言葉が放たれるに従い、珠希と呼ばれた少女の顔が驚愕に歪んでいった。
「なぜ私の名まで――」
「地下組織にとって、情報網は何より重要だからね」
珠希はしばし、唖然と久澄を見ていた。
ぎりっと歯を噛みしめる。
「私が変異種であろうとなかろうと、あなたは確実に罪を抱く存在です。自分の突然変異を犯罪に利用するなど、社会が許すはずがありません!」
銃口がまっすぐに久澄を捉えた。
「私は社会にとって最高の理由であなたを殺します!」
彼女の言葉と共に、引き金が役目を遂げようとした。
晴道はただ唖然と眺めていた。
隣で嘆息交じりの囁きが立つ。
「……だから、それもとっくに知っていたと言っただろう?」
同時、銃声は新たなる参戦者たちの発す喧騒によって、残響も無くかき消された。