1章の4
銃声!?
晴道はばっと振り返った。
「――!?」
細い体が舞っていた。
まるで突風を腹に受けたように、腰をわずかに折りながら。その身体は跳躍の勢いを失わないまま晴道の視界を横断した。
どざっ
彼女――看護師はウッドデッキの地に身を打ちつけた。
ぴくぴくと揺れる肩。横向きに倒れた体を丸め、苦しそうに胸を掴んでいる。
何が起こったんだろう。
突然目の前で生じた出来事を理解できないまま、その結果である看護師の身体を見下ろした。
彼女は何でいきなり跳び出した?
何で、こんなに苦しそうにしている?
晴道の頭を疑問が駆ける。
まるであの異音に反応したように――
「なかなかいい機動だったよ」
隣から発された声に、はっとそちらを向く。
看護師に微笑みかける久澄がいた。
「銃声にいち早く反応して僕らを守る動作に入れたね。比較的出来の良い個体を護身用に連れていた価値があったよ。キミも身に余る任を果たせてよかったじゃないか」
上司が部下を労うな言い草だった。
しかし彼のセリフは明らかに常軌を逸していた。
身代わりになれてよかったな、と。
だが、
「……光栄です……創造者」
看護師は身を伏したまま、精一杯こちらへ視線を巡らせ、返礼を送った。
彼女はとても明るく笑んでいた。心の底から湧き上がる喜びが、笑みと言う形で溢れ出たような顔だった。
晴道は呆然と立ち尽くし、彼らの笑みの交錯を見渡した。
しかし次の瞬間、唐突に片方の笑みが消失した。
「!」
肉体が――砂を崩すように壊れていく。
瞬きさえを忘れてその様に見入った。
看護師の体は、内外から侵食されるようにその輪郭を失っていった。肉体を構成していたと思われる結晶状の物質が、体表からさらさらとこぼれ落ちた
「体が……」
風が通り抜ける。
かすれた声で呟いた晴道の横を、砂と化した看護師が音無く通り過ぎて行った。
彼女が存在していた場所には、この一カ月で見慣れ切った看護衣がぺたりと落ちていた。
体が消えた。
いや、壊れて砂になった。
人間の体が〝壊れる〟?
「自己死実行因子導入による強制自己死か」
至って冷静な分析結果が耳に飛び込む。
「壊死の様相ではないね、これは。DNAの断片化消失を導くために、わざわざ自己死を誘起して殺すというわけか。銃弾媒介で撃ち込むのなら、作用因子はグランザイムかな?」
問いかけ調の語尾に、晴道は眉根を寄せて久澄を見る。
反応は返ってこない。彼が目を向けていたのは晴道ではなかった。
中庭と病棟内を隔てるガラスの扉へ、彼は視線と笑みを送っていた。
否、扉ではない。
「あなたが断罪銃の原理を知る必要はありません」
開け放たれた扉の所に佇んでいた人物は、淡々とした口調で答えを返した。
黒服の少女。
威圧的な瞳でこちらを睨んでいたのは、黒いスーツに身を包んだ少女だった。