中篇
一昔前は小さいながらも活気にあふれていた城下は、今では見る影もなく廃頽していきました。
賑やかだった大通り。
人々の笑い声と呼びこみの威勢の良い声。
子供たちは駆けまわり、淑女たちは自分の魅力を最大限に引き上げる衣装を身に纏い、野菜や果物、絹や木綿を積んだ荷馬車ががらがらと通り過ぎていったのは、いったいいつのことでしょう。
怖ろしい女の悲鳴が聞こえるようになってから、城下では次第に年頃の美しい娘がかどわかしにあうという噂が広まりました。
年頃の娘を持つ親は、かどわかしにあうことを恐れ、家の中に閉じ込めはじめました。
小さな子供たちも危ないだろうと外で遊ばすことなどなくなり、大人だとて一人で出かけることをせずに二人以上連れだって歩くようになりました。
それ以上に国民を困らせたことがありました。
たび重なる増税です。
おひめさまを不自由なく暮らせるようにと贅沢ばかりさせていたために国庫が底をつき、それを補うために国民の税を急激に上げていったのです。
国民は貧しさにあえぎ始めました。
いくら稼いでもそのほとんどすべてを税金として国にさしださないとけません。残ったわずかなお金は高くなる物価に追いつけるわけもなく買えるものは少ないのです。
破けても新しい衣装を買うことができなくなりました。
パンを食べたくても小麦粉を買うこともできません。
家にあるお金になるものはすべて売り払いましたが、一口の牛乳も買うことができません。
生きるためにパンを盗みました。
暖をとるために人を襲い衣服をはぎ取りました。
牛乳を買うために金になりそうなものを奪いあいました。
こうして国は急速に傾いていったのです。
お城ではその日、近隣諸国から王族や貴族招いてのおひめさまの誕生会が開かれました。
王さまとお妃さまに連れられてお城のバルコニーに現れたおひめさまは、まるで神さまがそこに現形されたかのように光を浴びてきらきらと輝き、無表情にまっすぐ見る様はこの世のものとは思えないほど神々しさに溢れていました。
城に集まっていた国民はその神さまと見まがうほどの美しさに目を奪われ、「おひめさま、万歳」という声が一度かかると憑かれたようにあちこちから怒濤のごとく叫ぶ声が響き渡りました。
王さまもお妃さまも大切なおひめさまを讃える声に満足していっそうにこやかにほほ笑んでいましたが、おひめさまはただそこに立っているだけでした。
夜になれば晩餐会、そして舞踏会がおひめさまに相応しくきらびやかで豪奢に開かれました。
城の一番大きな広間の玉座には王さまとお妃さまとおひめさま。
玉座の階段の下にはこの日のために招かれた人たちが、美しいおひめさまに相応しく、ため息が出るほど素晴らしい贈り物を披露していきました。
おひめさまは玉座から数々の贈り物に鷹揚に頷きながらも次々と現れては去っていく貴族たちを無関心に眺めていました。
最後に現れたのは、立派な出で立ちをした青年でした。
「こたびは十三歳のお誕生日、誠におめでとうございます」
通り一辺倒な言葉と鷹揚に、おひめさまはほんの少し興味をひかれました。
先ほどまでの誰もがおひめさまを恐れて震える声で祝辞を述べたり、ご機嫌伺いかこびへつらいのみっともないほどのへりくだりでおひめさまを持ち上げようと躍起になるものしかいなかったのですが、青年だけは違いました。
ただ、事実を事実としてしか言わず、見たこともないおひめさまに感情を揺り動かす必要も感じないのでしょう。おひめさまにはそれがとても新鮮でした。
「おとうさま、おかあさま。わらわはあの者が欲しい」
王さまもお妃さまも、おひめさまの言葉に大変喜びました。
誕生日にわざわざ他の国の王族や貴族たちを呼び寄せた甲斐があったのです。
「栄誉あるひめの一番はじめのパートナーを申しわたそう」
王さまは青年にそういいました。
青年はにこりともせずに答えます。
「すでに一番初めのパートナーは決まっているのではありませんか?」
「そうです。私が一番はじめのパートナーであったはず」
贈り物の山の後ろからは、予定されていた貴族の子弟が声を荒げました。
おひめさまは言いました。
「わらわがそうしたいからするのであって、そのほうが不満をいうことではない」
その一言に、今にも倒れそうなほど顔を真っ青にして立ちすくみます。
慌てて申し訳ないと平伏しても、助けを請うように周りを見回しても、誰もかれも彼と視線を合わせようともしませんでした。
綺麗に着飾りながらも凍りついて人形のようになった人々の中から静かに衛兵が現れて、がくがくと震える貴族の子弟を両脇から支えると、音もなくどこかへ連れ去っていきました。
しんと静まった大広間に、王さまの野太く通る声が響きます。
「さあ、この世にひめという素晴らしい娘を授かった日じゃ。たんと楽しんでいかれよ」
音楽隊はあたふたと音を奏で始め、凍りついた会場も機械的に動き始めました。
青年はおひめさまが階段から降りてくるのを待ち、その手をうやうやしく掴んで大広間の中央まで連れ歩きます。
神々しいまでに美しく、己の心に穢れを一切持たないおひめさまと向かい合う青年は、その時初めて笑みを浮かべました。