第9話 なけなしの雷鳴魔法〈ノイズキャンセリング〉
シェスタと都を発った二日後、俺と姫はデルカの木賃宿へ戻ってきた。シェスタはおそらく向かいの高級ホテルだろう。癪に障る奴だ。
せんべい布団に入っていると、背中をごつんごつんと突かれる。
「なんだよ」
寝返りを打つと、ヘルメットをしていない姫の顔があった。アンデッドの左目が黄色く光っている。他は生前のまま。
「ずっと、話し、かけてる。あなた、無視する」
「……耳に電流ながしてんだ」
「電流?」
「魔力がまったくないってわけじゃないんだ。雷鳴系の魔法は得意でな。こうやって両耳に流して、ホワイトノイズ作って……まあ、ノイズキャンセリング的なやつだ」
「キャンセリン? 何、言ってる?……わから、ない」
ノイズキャンセリングなんてワードが異世界人にわかるわけないか。
「外の音が聞こえなくなるってことだ」
俺は寝返りをうち、姫に背を向け毛布を被る。
「何で、そんなこと、する?」
後頭部に問が聞こえた。
話そうかどうか迷った。喋りたい話じゃない。
「路地を歩いてると……昔はいろいろ言われた。魔力なしとか、万年ヘボ冒険者とか。あとハゲとか」
説明していて疲れる。
「ハゲって言われるのが嫌なんでな。これやっとけば聞かなくて済むだろ」
「……ハゲ」
「うるせぇ」
「ハゲ」
「うるさいよ」
「ハゲ……ハゲ……ハゲ……」
姫は一晩中、念仏のように、俺にハゲと言い続けた。
翌日、ミナリス姫のせいで寝不足気味のまま、彼女を連れて霊廟前へ向かうと、先に待っているシェスタの姿があった。
「思ったんだが、あんたみたいに聖光魔法が使えるなら、各地の霊廟まわってアンデッドの呪いでも解けば、結構稼げるんじゃねぇの?」
道中に考えていたことを挨拶代わりに話す。上等な服着て初心者霊廟の前に立ってる奴に、手ぇ上げて、おはよう、なんて言いたくない。
「そういう依頼とかねぇの?」
「ありませんね」
「ふうん。冒険者って身寄りのないやつ多そうだもんな」
「その後、妹さんの容態はいかがですか?」
「元気だよ。昨日なんか一晩中、俺に悪態ついてたし」
シェスタはにこっと微笑み、
「仲がいいのですね」
三人で霊廟の探索を始めていく。
俺にとってそれが、どれだけ特別なことであるのか、この育ち良さそうなSランク冒険者──シェスタ・ハーゲンベルクには想像もできないだろう。
パーティーに誘われたことがない。声をかけても断られる。魔法銃が反応しないからだ。一時期は魔法銃なんて見るのも嫌だったが、そういうわけにもいかず、見えてないフリをした。
いわゆるこの女、才色兼備ってやつだろ? パーティーに困ったことなんてなさそうだ。そんな面してやがる。
「では行きましょうか」
シェスタが先に降り、その後ろを姫が。俺は後を着いていった。
霊廟の階段を下りると通路へ出る。天井の高さと道幅は、学校の廊下くらいだろうか。
俺は素通りするつもりだったのだが、ある小部屋の前で姫さんが止まった。それに気づき、シェスタも足を止める。
「どうかしましたか?」
「ここだよ。妹が罠にかかったの」
シェスタは目を見張った。
姫が食らったトラバサミが、まだ部屋のなかにあった。閉じた状態で転がっている。木賃宿よりもひどい砂の壁、天井、床。ミイラでもありそうだ。
このトラバサミは俺が仕掛けたものだが、姫さんはまだそれを知らない。
「トラバサミは通路に置いてあった」
「人を狙ったのでしょうか」
「人?」
何でそう思ったんだ?
「アンデッドを狙ったんだろ」
「それは考えにくいと思います」
「何で?」
「あれはトラバサミに挟まったところで、びくともしません。痛みを感じないのです」
「ああ……」
納得させられ、俺は無意識に声が漏れる。
そりゃそうか、死んでんだもんな。何でいままで気づかなかったんだ。
「シーフでしょう。人を狙い、身ぐるみ剥がし、質屋に流す類の」
姫さんがもの言いたげに俺を睨む。何だよ、シーフで悪かったなぁ。でも助けてやったろ? アンデッドにはなっちまったけど。
小部屋を後にし、俺たちは交差点の多い通路を突き進む。
「俺の呪いってどういうものなんだ? Sランク冒険者のあんたなら、そのへん詳しいんじゃないのか」
今回の霊廟探索の目的は、俺の呪いだ。言い出したのはこの女、シェスタである。俺は呪われいてることを自覚してないし、いつ呪われたのかも知らない。
「わかりません」
「何で?」
「何で、と言われましても……呪いと言っても古今東西様々ですし、この霊廟においては、ここで死ぬとアンデッドになってしまう、という以外に聞いたことがありません」
「ここに入ったことはあるんだったよな?」
「ありますよ、何度も。そういえば、ギルド会館が発行する、この霊廟の地図はご存じですよね」
ギルドが冒険者に無料配布してる奴だ。
「確か、あの地図は『探索推奨通路』に線が引いてあったはず。先駆者の情報や、ギルド監査員が直接霊廟へ足を運び、実際に目にした情報から作られた比較的安全な通路です」
「いま俺たちがいるのが、まさにその線の上だな」
「はい。線の上は駆け出しの頃にすべて見て回りました」
「そのとき俺のこの呪いは見てない?」
「はい」
「だったら線の上以外を探さないと駄目だな」
シェスタが立ち止まった。顎に手をそえ、深刻そうに何か考えている。
「何だよ」
「いえ。戻ってこられなくなるかもしれない、とそう思ったのです」
なくはない。霊廟で行方不明になった冒険者なんて、いちいち数えない。
「では聖光魔法を床に打っておきましょう。消えないよう、魔力を多めに込めて」
シェスタは魔法銃の銃口を床に向け、一発撃った。すると一粒の、小さなイルミネーションのような光が現れた。粒から光の煙が漏れ、闇に消えてゆく。
「綺麗……」
姫さん食いついた。しゃがんで粒を見ている。
「あっちが非推奨通路だ」
俺はある方向を指さした。その通路には照明もなかった。今いる通路の壁、その天井付近には黒い線が張り巡らされており、等間隔に照明がついている。
俺が指さした通路の奥は、闇だ。
「未開拓ってわけじゃない。過去に誰かは行ってるはずだ」
「でもギルドに情報がなく、地図に反映されていない」
教えても金が貰えるわけでもない。じゃあ普通、独占するだろ。
「だがその分、夢は見やすい。夢ってのは目を瞑らないと見れないからな。夢は暗闇にしかない。王族の副葬品には、金目の物が多い」
「でも結局、いつも何も見つけられないのですよね」
世間話をしながら、シェスタが発煙筒のキャップを外す。摩擦で赤い火を焚いた。
「この間も行ったが、何も手に入らなかった」
初めて、このミナリス姫と出会った日だ。
「え、行ったのですか?」
「おお」
「じゃあそのときに呪われたのでは?」
「……かもな」
シェスタ、ミナリス、俺の順番に縦列を作り、俺たちは暗闇を突き進んだ。
いつからか水の音が聞こえていた。激流のような川でもあるのだろうか。そう思ったとき、俺はあの峡谷を思い出していた。
シェスタを含むエルフ野郎のパーティーを尾行したときだ。あの日、峡谷に辿り着いた。あのときに見た眼下の谷と激流。
「川でもあるのか?」
「わたしくも、先ほどからそう思っていました」
「あっち、あっち──」
姫が俺の服の袖を引っ張った。
彼女は指を指していた。その指の先を目で追うと、薄暗い通路の先に木漏れ日のような光があった。
「外の光か? シェスタ、あっちに光が見える」
シェスタは首を伸ばして確かめ、
「本当ですね。行きましょう」
小走りに行った。
そして光の先へ到着したとき、俺は茫然と立ち尽くす。
「ここって……」
「──竜の巣です!」
シェスタが興奮する声で言った。
「間違いありません。ここは竜の巣」
「竜の巣?」
俺は惚けた。
間違いない、竜の巣だ。大きな高層団地のような構造。俺たちはいま、その最下層の中庭にいる。
最上階の天井から、外の光らしきものが強く差し込んでいる。それが一帯を照らし、構造物全体が遺跡っぽっく見える。
「繋がっていたのですね……」
シェスタは何か感銘を受けているようだった。瞳が光輝いている。彼氏の死に場所であることを忘れているのか。
「やはり霊廟はエリアレベルを更新する必要がありそうです」
彼女は神妙な顔をし、
「ひとまず戻りましょう。ここにはあれが──」
突風が吹いた。
一瞬の出来事だった。俺たちを大きな黒い影が覆う。数秒だけ昼が夜に変わるように、天井から差し込む光が失われた。
上空を見上げたときには、それは見えていた。
突き上げるような振動に、俺はふらついて片膝と片手をついた。顔を上げると目の前に、巨大な黒竜が舞い降りていた。
「竜です!」
シェスタが叫んだ。見りゃわかる。
「わかりました。呪いの原因は、この竜です!」
「こいつが?」
「トキオ様から感じた気配を、この竜から感じます!」
魔法銃を素早く構えたシェスタの体を、何かが通過する。彼女の姿がさっと目の前から消えた。音がほぼなかった。
気が付くとシェスタは遠くの壁に叩きつけられ、床に落ちていた。
「──ミツケタ」
黒竜が俺を見下ろしている。
「喋っ……」
いや、そんなわけないか。
巨大な黒竜の腕がこちらへ伸びてくる。俺は金縛りにあったように動けなかった。
体に横殴りの重力を感じた。黒竜じゃない、ミナリスだった。俺は彼女に抱きかかえられ、アンデッドの速度で素早く移動した。いましがた俺が立っていた場所へ、黒竜の爪が突き刺さる。
「しっかり」
ミナリスがヘルメット越しに言う。
俺は頭を振り、落ち着け、と念じながら背中のレイピアを抜いた。
「私、動ける。トキオ、気にしない。自分、ことだけ……」
ミナリスは素早く離れ、死体走り──四足歩行で壁を駆け、シェスタのところまで行った。ホラー映画で見る、悪魔に取りつかれた少女のようだ。
ミナリスは彼女の口元や胸へ、ヘルメット越しに耳を押し付けた。
「息、ない」
「死んだ?」
「……わか、ない」
──わからない。
そう言いたいのだろう。
「シェスタを運ぼう。ここから逃げッ──」
熱を感じた。黒竜が口から火を噴いた。強烈な焦げ臭いが鼻孔に突き刺す。辺りが煙たい。
火が、俺たちが入ってきた入り口を燃やした。壁や床、天井がどろどろに溶け、マグマが入り口を封鎖した。
こいつ、まるでこっちの考えを読むように……。
「シェスタのパーティーが殺ったんじゃなかったのかよ」
俺の斬撃がエルフェレンの首を刎ねたあと、どうなったのかを俺は知らない。あのとき、俺にはシェスタのパーティーが黒竜を追い込んでいたように見えた。処理したのかと思っていた。
あの黒い鱗に、俺の飛剣術は通るだろうか。
入り口は封鎖された。階層を上がって逃げる手もある。ミナリスなら、彼女を担いで逃げられるだろう。俺は無理だ。すぐ追いつかれる。
俺はバッティングスウィングを振ったあと、その流れで居合いの構えをし、さらに振り抜いた。二つの斬撃が空を切り、振動音を響かせながら飛んでゆく。黒竜が、それを平手打ちひとつで掻き消した。
俺の目は、いま点になっていることだろう。鱗に通るかどうか、それ以前の問題だった。
何でこんな強大な生き物が俺を呪ってんだ? おかしくね? その意味不明さに、苦笑を浮かべたまま頬が痙攣する。
ゾンビゲームで聴いたようなショットガンの銃撃音が遺跡に響いた。直後、黒竜の頭部側面で水色の光が爆発する。
ミナリスの魔法銃だった。あのレミントンみたいなやつだ。シェスタの使う魔法銃とは違う。射撃後の魔力の光線が見えなかった。
ミナリスが応戦する。気づいた黒竜の爪が襲いかかるも、彼女は素早い動きで柱から柱へ飛び移り、慣れたように銃撃した。
「箱入り娘じゃなかったのか」
だが決定打にならない。着弾後の水色の光が目くらましになる程度だ。
鉄の処女のマスクが、もの言いたげに、ときおりじっと俺を見ている気がした。どうにかしろ、と言うように。
レイピアの赤い刀身が、このエリアの自然光に反射していた。ウィッチェンから貰った剣だ。俺にはこれしかない。だが斬撃は、ハエを払うようにあしらわれた。
赤い刀身の輝き、逞しく応戦するミナリス姫、──俺は二つを交互に見た。
覚悟も何もなかった。俺はただ、どこか仕方なさ、惰性に近い感情をもって柱から飛び出していた。
「金が稼げりゃそれで良かったのに」
ひとりなら逃げられたかもしれない。
……ああ、そうか。パーティーってのは面倒くさいんだ。いま気づいた。
魔力がないことがわかった二年後、俺の頭は禿げた。そのときから自分に期待してない。だから豚鶏だけ狩って生きるという醜態をさらしても、ギルドのクズどもに馬鹿にされても、落ちこぼれの周りにクズが集まる仕組みは変えられないのだと諦めることができた。
「ミナリス、目くらましだ、撃ちまくれ!」
鉄の処女のマスクが頷く。ミナリスが撃ちまくる。
階段を駆け上がり、三階へ到着すると俺は欄干から飛び降りた。そして黒龍の頭を見下ろしながら、ブルータルスウィングの構えを取る。
「ブルータルスウィングをお見舞いしてやる」
振り下ろした瞬間、──いつもと何かが違った。
空気が痺れる……?
妙な感覚があった。斬撃が電気を帯びている。レイピアから放たれた斬撃が、空気が、ビリビリと音を発している。
弧状の斬撃からプラズマのような電流が散っていた。その斬撃は、黒竜へ直撃する前に弧状の形を失い、完全なプラズマへ変わった。辺りへ電撃が飛び散ると、それが全身を覆うように黒竜を襲った。
黒竜が悲鳴を上げる。だがそれだけに終わらなかった。
痛みに叫ぶように黒竜が上空へ火を噴いた。最中、俺は奇妙なものを見た。
──空間に、亀裂が入っていた。
それは鏡が割れたようだった。目を凝らす。それが何であるのか理解する間もなく、俺とミナリスは亀裂に吸い込まれた。




