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ミスってSランク冒険者の首を刎ね、拾った王女殿下の死体〈アンデッド〉を競売にかける!  作者: 酒とゾンビ/蒸留ロメロ


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6/8

第6話 オークション会場〈変態貴族の集まり〉の急襲

 翌日の暮れ際、


「金だけ受け取ってトンズラとかないよな?」


 円環の噴水にイディエットと二人して腰掛ける。遠くにオペラ・シャルルの正面入り口が見えている。


「いちど闇に踏み入ったら逃げることはできない」

「何だそれ」

「闇はどこへ逃げようと地平線の彼方まで追ってくる。俺はもう、何があっても質屋を辞められねぇ」

「本当は辞めたいのか、この仕事?」

「俺が逃げないことだけは信じてくれていい」


 話をかわされた。


「信用に関わる。金をくすねたりもしない。俺を利用する顧客相手には、俺は正直だ」


 イディエットが煙草をくれた。咥えると彼の両腕が伸び、マッチ棒の火が近づいてきてきた。軽く吸って火が着くと、俺は煙を肺いっぱいに吸い込み、遠くのオペラ座へ入ってゆくその人影に吹きかけた。


「競りが始まる。吸い終わったら行くぞ」


 煙草を楽しんだあと、俺たちはオペラ座へ向かった。




 オペラホールは一階から六階まで人でいっぱいだった。


「みんな仮面をつけてる」


 ベネチアでカーニバルの際に着用される仮面に似ていると思った。日本にいたころ、ベネチアの風景をインターネットで探すのが好きだった。


「俺たちのは?」

「出品者は顔を隠せない。やましいことはない、堂々と出品する。偽物でない証拠だ。言ったろ、いちど闇に踏み入ると逃げることはできねぇって」

「……なるほど」


 俺たちは見られてるってことか。

 オペラホールの防音扉が締め切られ、しばらくすると仮面をつけた司会がステージに現れる。競売参加者たちへ説明した。

 いきなり始めるのかと思ったが、妙に丁寧で、長ったらしかった。不敬不遜な冒険者たちのように振舞ったり、遮る者はいない。みな、静かに彼の言葉を聞いた。

 ステージに商品が運び込まれると、アコーディオンみたいな音色が流れた。ムードを持たせつつ「こちらはある歌姫の中絶時、そのミイラです」とさらっとエグイ商品紹介が始まり、それが終わると司会がいずれ「では始めましょう」と言って、徒競走みたいな銃声を鳴らした。硝煙が流れる。火薬の匂いがする。

 どこかの座席で番号札が上がると司会が指をさし、「436番!」とよく通る声で読み上げた。番号は席順ではなく、ばらばらで不規則なように思えた。


「もうありませんか? ありませんね? では819番の方で決めさせていただきますよぉ──」


 じらしながら会場全体へ伺ったあと、司会が金色のベルを鳴らす。ベルの音がホールへ響いた。


「819番、落札です!」


 会場が拍手で満たされた


「すげぇだろ」


 イディエットが言った。

 俺たちは舞台袖から客席を眺めた。日本にいたころ、こんな光景を見たことはなかった。コンサートホールで市の交響楽団の演奏なら何度から見たことがあるが、ここはそれよりも金の匂いがする。人がぎらぎらしてる。


「旦那、次の次だ。保管庫へ行くぞ」


 イディエットに知らされ、いちどステージ裏を出る。

 それは保管庫へ向かう道中だった。回廊のような大きな一般通路だ。


「どうしてあなたがここに……」


 すれ違いざまに声をかけられた気がした。振り返るとベネチア仮面が俺を見ている。仮面の奥の目玉が、驚いているように見えなくもない。

 気のせいか。俺でなく、別の奴へ話しかけたとか……。


「どうしてあなたがここにいるのですか!」


 女の声だった。明らかに俺を見ている。そして、どこかで聞いた声である気がするが……。


「どこかで会いしましたか?」


 イディエットが次の曲がり角の先で待っている。大声で「旦那!」と呼んだ。


「いま行く!」


 返事をしたとき、両肩を強く掴まれた。


「ちょっと、何だよ」


仮面の女が掴みかかってきた。


「逃げなさい」

「はあ?」

「いますぐ逃げなさい。まだ間に合います。騙されたのですよねぇ? 豚鶏しか狩れないからと、都合のいい値段で雇われたのですよねぇ」

「何を言って……」

「旦那、何やってんだ、時間ねぇぞ!」


 曲がり角へ消えたイディエットが引き返してきて、いら立ちを含んだ声で呼んでいる。


「放せよ」


 解放された俺は、仮面の奥の瞳を確かめながら、その場を立ち去った。


「何やってんだ」


 合流するとイディエットに悪態をつかれた。


「何か変なやつに絡まれた。いますぐ逃げろ、とか言って」

「何だそれ」

「……ん? 何であいつ、俺が豚鶏しか狩れないの知ってんだ?」


 声に聞き覚えがあったが、どこで聞いたのか思い出せない。

 まあ、女なんて星の数ほどいる。禿げて以降、俺には無縁だが……。


 保管庫へ行って棺台車を取り、イディエットとステージ裏まで運んだ。保管庫を出るとき、ガラスケースに入ったレイピアの姿を目に焼き付けた。

 絶対こいつを手に入れてやる。

 そしたら本格的に飛剣術の練習をしたい。冒険者ランクの認定テストを受け、Sランクを目指すのもいいだろう。未来は明るい。


「遅いぞ、司会が待ってる!」


 ステージ裏へ戻ってくるなり、トランシーバー的なものでやりとしている男に怒鳴られた。すんません、と俺が謝っておいた。


「ほおん、これが例の品ねぇ」


 傍にいた別の関係者が、姫の入った棺の上端をパンパンと叩く。その瞬間、イディエットが彼の腕を素早く掴んだ。


「その手、どけてくれねぇか?」


 イディエットの眼光は、まるで年期の入った警察官のような三白眼だった。知らない他人に見えた。背筋が冷えるような目だ。


「ホールに集まる贅沢な連中の求める品だ。あんたの時給で(まかな)えるか?」


 男はさっと腕を引いた。


「わ、悪かったよ」

「いんや」イディエットは首を振る。 「悪かったのはこちらの方だ。遅れてすまない」


 初めてイディエットが怖い奴だと思ったが、闇商人なのだからそりゃそうか。そんなことはどうでもいいとして。


「旦那」


 イディエットが小声で俺を呼ぶ。


「ん?」

「司会が呼んだら、これをステージの中央まで持ってく。いいな?」

「わかった。そのあとは?」

「それだけだ」


 司会が「では次へまいりましょう。本日の目玉商品です!」と声高らかに紹介する。ホール内の明かりが落とされ、暗くなり、ステージ上がライトアップされる。そのタイミングで、「旦那、いまだ」とイディエットが知らせた。

 イディエットひとりで動かせるだろ。そう思いながら、俺はイディエットが押す棺台車の前に立ち、持つフリをした。


「ご覧に入れますは、世にも珍しき棺。バークアンドヘア殺人事件でおなじみの墓荒らしが、死体だけ抜き取って放置した安価な棺……ではございません」


 会場からささやかな笑いが起きる。


「重要なのは、その中身です。お集まりの皆様ならご存じでしょう。先日、ここ首都ペントシェスタにて、王宮から王女殿下が行方不明になったそうです。原因は未だ不明」


 そのタイミングで、俺がイディエットへ最初に渡した、姫の身に着けていた衣服やネットクレス、靴の入った銀のトレイと丸テーブルが、俺たちのいるステージ袖の反対側から持ってこられた。

 司会がネットクレスを手に取り、


「こちらは王家の紋章にございます。鑑定士に調べさせました。もし間違っていたら舌がなくなると思え、──そう脅したのですが、鑑定士は『間違いない』と言ったそうです」


 トレイにネックレスが戻される。

 立てかけられた棺を示すよう、司会が手を広げた。


「もうお分かりでしょう。この棺に何が隠されているのかを!」


 司会は棺に手をかけ、


「それではご覧にいれましょう。ご開帳!」


 棺が開き、眠る姫の姿が露わになる。

 司会が咽た。


「な、なんだこの匂いは! 防腐処理してないのか?」


 司会が俺とイディエットへ小声で言う。

 イディエットが小声で、


「違う。彼女はアンデッドだ。事前に連絡したろ」

「何だと!」


 露骨に驚く司会。彼は咳払いし、気を取り直し客席へ振り向く。


「ええ……お見えになりますでしょうか? 六階席のお客様方、いかがでしょう」


 客席はスタンディングオベーション。六階席の欄干から万華鏡みたいな単眼鏡を手に、身を乗り出す人の姿も見える。


「ミナリス・ワルスワン殿下です」


 会場から盛大な拍手が巻き起こった。俺は、花火大会を思い出していた。観客の拍手が、まとまると花火の破裂音のように聞こえる。


「そして、とても重要なことをわたくし伝え忘れておりました。こちら、ミナリス殿下ではあるのですが、もう一つ特典がございます。こちら、ただの遺体では──」


 そのときだった。

 客席中央だと思う。

 何かが投げ込まれた。どこからか。

 ホール全体の照明がまだ落とされたままなので、よく見えない。直感で、何かヤバイと思い、「イディエット」と声をかける。彼も気づいたようで、頷いた。

 瞬間、ホール中央から白い煙がいっきょに広がった。


「スモーク? 催涙弾?」

「旦那、棺を持って逃げるぞ」

「え、どういう……」


 ホール内に次々と煙が発生している。大量の咳き込む声と混乱が聞こえ、逃げ出す客の姿がちらほら見えた。

 イディエットがステージ中央へ飛び出していった。俺も従った。

 立てかけてある台車を機能をいじり、イディエットが元の横向きの状態へ戻す。

 閃光がステージに飛んできた。おそらく魔法銃(ファルセット)だ。目の前で司会が撃たれ、血飛沫が散った。

 その場に倒れた司会のベネチアマスクを俺は剝ぎ取った。


「イディエット」


 彼へ投げ渡す。ジェスチャーで被るように伝えた。

 頷くイディエットへ、


「トレイの品は?」

「諦めよう。姫だけでも回収したい」


 イディエットの考えに従った。

 ステージ裏から出る際、あたふたしているトランシーバーの男をぶん殴り、倒れたところを踏んづけて仮面を剥いだ。俺も顔を隠した。


 通路はオペラホールから出てきた客でごった返していた。

 遠くにウィッチェンの姿を見つけた。ベネチアマスクを着けている。なぜ本人だと分かったかというと、その低い背丈と、赤いレイピアの入ったガラスケースを抱えていたからだ。

 客を棺台車で半ば轢き潰すように押しのけながら──多分何人か足を轢いた──ウィッチェンのところまで向かう。


「何があったのですか」


 俺が訊こうと思っていたことをウィッチェンが言った。


「わからん」


 イディエットは苛立ちながら、


「会場が煙まみれだ。何も見えねぇ。だが魔法銃(ファルセット)の閃光が見えた。オペラ座に何か紛れてやがる」

「早く出た方が良さそうですな。正面口は都警察に封鎖されています」

「都警察だと? どうして」

「わかりません」


 状況がわからない。このイベントは闇で行われ、知る人ぞ知るもののはず。


「警察ってことは、誰かが何かリークしたとか?」


 俺はよくわからず質問した。


「リーク?」


 とイディエットが訊き返し、


「いや、リークしても意味ねぇ。このオークションは警察もグルだ」

「え?」

「だからおかしいんだ。連中も知ってるくせによ」

「不穏さを感じます」

「一緒に逃げるか? 裏口から」


 イディエットが提案するとウィッチェンが、


「そうですねぇ。ここはお言葉に甘えさせていただきます」


 俺たちは裏口の霊柩馬車へ急いだ。

 搬入口はまだひとけが少なかった。馭者が俺たちの馬車で待っている。イディエットと俺で馬車の後部に棺を固定し、その間にウィッチェンが先に乗り込む。俺たち二人も乗り込んだ。

 馭者が馬車を出す。

 ガラスケースはウィッチェンの膝上にあった。中にレイピアが見える。


「せっかくのオークションが台無しだ。まさか文無しで帰ることになるとは」

「次回はどちらでしたかな」

「プリンスブルクだ。この様子だと都オークションはもう終わりだ。信用が落ちた。開いても客が近づかねぇ」


 そこで馬車が止まる。

 疑問の視線を俺は二人へ向ける。ジェットコースターが急降下する前の心境だった。ただただ何かまずい、という予感だけがする。

 馭者側の、座席の窓口が開いた。そこから馭者が俺たちへ伝えた。


「すんません、旦那様方……」

「くそぉ」


 イディエットがその小窓越しに、何かを見たようだった。

 俺も確認すると、進行方向正面にざっと十人くらいが魔法銃(ファルセット)を構えて立っていた。

 終わった──。

 というようにイディエットが首を天井に向けながら、ソファーへ項垂れる。


「旦那、悪い。俺のせいだ」


 ウィッチェンの視線も床に落ちた。


「俺たちゃニューゲート監獄行きだ」

「監獄?」

「ああ。裁判まで真っ暗な糞尿まみれの牢屋暮らし。そのあとは良くて死刑、悪くて新大陸行きだ」

「しかしほとんど大陸へ生きて辿り着けないそうですな。船倉で人間サンドイッチになり、感染症で死ぬとか」


 二人が何を話しているのかわからなかった。


「止まれ、全員降車せよ!──」


 外で怒鳴り声がした。その声が、心臓をわしづかむ。

 状況が分かってきた。俺は、捕まるのだ。そう思うと呼吸が苦しくなってくる。浅い呼吸しかできない。

 そうか、なるほど。だからイディエットは謝ったのか。ここで終わりだから。

 俺は強く息を吐いた。


「ウィッチェンさん」

「はい」


 彼が顔を上げる。


「そのレイピア、少しだけ貸してもらえませんか」

「……はい?」

「旦那、やめとけ。抵抗しても無駄だ。連中は魔法銃(ファルセット)を持ってる。俺もウィッチェンも銃はない。旦那もだろ。諦めろ。諦めも肝心だ。もしかしたら船倉で生き残れるかもしれねぇ。裁判で無罪を勝ち取れるかも」

「無理でしょう。イディエット、あなた方はこの国の姫の死体を持っているのですよ?」

「ああ、そうだったな」

「ただ捕まるよりいい」


 いけるかもしれない。飛剣術なら。


「投降するフリをして……」

「無理だって言ってんだろ!」


 イディエットが声を張り上げた。


「撃たれたらどうすんだ!」


 俺は冷静だった。


「死に方にこだわりはない。好きな死に方なら、死んでもいいと思ってるのか? どうせ同じ死だ。じゃあ俺はここで撃たれて死ぬよ」

「旦那ぁ……」

「ウィッチェンさん、その剣を貸してください。あとでお返しします」


 ウィッチェンは即答するようにガラスケースを開き、剣を貸してくれた。


「これを切り抜けられたらあなたの物です」


 そう彼は付け加えた。


「……言いましたね?」

「やれるものなら」


 自分の片方の口角が痙攣しているのがわかった。俺は笑っている。

 レイピアには鞘などなかった。馬車の扉を開ける。


「そっちの扉も開けて」


 この馬車は両側面に扉が付いている。車と同じだ。

 俺は外へ出て、すぐに馬車の後部へ回った。身を隠し、馬車の後部に固定してある棺を足場にして、馬車の天井へ上った。

 上ってすぐ、レイピアをバッティングスウィングで構える。

 無言で振りぬいた。と同時にばれて、魔法銃(ファルセット)から光線が飛んでくる。天井から落ちるように降り、馬車の後部へ避難する。

 悲鳴が聞こえた。多分、一人か二人やった。

 馬車の後ろのボディをトントンと俺はノックした。後部座席の小窓が開き、ウィッチェンの横顔が見えた。


「何人やれました?」

「何ですか今のは! まるで刀身から斬撃が飛び出したかのような」


 ウィッチェンが興奮している。


「何人やれましたか」

「おい旦那、今のは何だ! あんた一体何をしたんだ」


 話にならない。無視しよう。

 開いた両扉で敵から射線を切った。FPSの基本だ。射線を切っているあいだは、どんな強者も敵を撃つことはできない。ちなみにFPSとは、ファーストパーソンシューターの略だ。一人称視点のガシューティングゲーム、そのジャンルの一つである。


「撃てぇ!──」


 大号令がかかり、馬車へ総射撃が始まった。魔力の光線を馬車が一身に浴びる。馬の悲鳴が上がった。馭者も逝ったろう。

 俺は姿勢を低くし、『居合斬り』で構える。さっと馬車の横に出て振りぬいた。都警察なるものが横並びに立っている。ボーリングのピンみたいだと思った。

 三人ほどへ、同時に直撃した。

 エルフェレンの首と同じだ。斬撃は、彼らを胴体から真っ二つにした。

 すぐに馬車へ姿を隠し、射線を切る。


「漁夫るときは上を取れ。勝てないなら引くこと覚えろ……」


 俺は独り言をいった。連中はFPSを知らないらしい。

 光線の連撃がいちど止まり、また始まる。だが数はもうそれほど多くないとわかっている。

 俺は馬車の後部で、地面に腹ばいになった。

 馬車と地面との隙間──十分だ。腹ばいのまま剣を構え、振りぬいた。斬撃が馬車の車輪を四つとも切断し、そのまま前方に立つ彼らの足へ向かう。到達すると彼らの両足や片足を刎ねた。

 悲鳴が上がり、ばたばた倒れるのが音でわかった。


「あと何人だ?……」


 息を凝らし馬車から顔を出すと、そのときになって敵の数を把握した。

 九人だった。九人全員が負傷し、倒れている。


「終わったぞ。敵の武器を取れ」


 イディエットが馬車から飛び出し、


「でかした旦那、あんたすげぇぞ!」


 前方へ走ってゆく。


「あれ、ウィッチェンさんは?」


 馬車のなかを覗くと、ウィッチェンがぐったりしていた。胸の辺りから血を流している。


「光線が、馬車を貫通したようです」

「旦那、馬車を変えよう。棺は置いてく。姫だけ担いでくれ」


 大量の魔法銃(ファルセット)を両腕に抱え、イディエットが戻ってきた。


「ウィッチェンさんが」

「ああ。わかってる。胸を撃たれたんだ、もう助からねぇ」

「でも……」

「闇は、どこまでも追いかける……」


 ウィッチェンが言った。


「地平線の彼方まで逃げようとも、追いかけてくる。足を踏み入れたそのときから、我々に逃げる場所などない」

「その通り」


 イディエットは言って、


「遅いか早いかだけの話だ。運がなけりゃ、俺もさっき死んでた。運が悪かったんじゃねぇ、ウィッチェンは運がなかっただけだ」

「最後に、奇妙なものを見られてよかった。約束通り、その剣はあなたの物です」


 ウィッチェンの手が、何かを託すように俺の胸元に触れる。衣服に、彼の血が着いた。


「行きなさい。お若い旦那」


 ──引くこと覚えろ。


 不意に脳裏によぎった。

 その悔やむ間が、愚かなことだとわかっている。感傷に浸っている余裕はない。すぐに次の追手がやってくるかもしれない。


「ありがとうございます」


 それだけ言って立ち去った。俺はイディエットが開けてくれていた棺から、ミナリス殿下を抱き起し、右肩に抱えた。

 レイピアを左手に持ち、イディエットを追いかける。

 搬入口前で別の馬車を拝借し、乗り込むんだ。イディエットが馭者となり、馬の手綱(たづな)を引いた。

 走り出した馬車がウィッチェンのいる馬車の横を通過する。その前方の死体を轢き潰し、馬車はオペラ座を後にした。


「日暮れだ。急がねぇとまずい」

「まずい?」

「市門が閉じる」


 街中を抜け、しばらくして都の門が見えてくる。丁度門番が閉めようとしているところだった。


「このまま突っ切るぞ!」


 イディエットが意気込んだ。

 あと数センチというところだった。すれすれだった。俺たちの馬車が通過してすぐ、門が閉まった。


「ひゃっほー!」


 イディエットが雄たけびを上げ、手綱をしならせた。

 俺は笑顔を浮かべながら、喜べなかった。

 それを察したのかイディエットが、


「旦那、いろいろと悪かったな。巻き込んじまって」

「……いや、選んだのは俺だ。金が欲しかった」

「ま、次がある」


 城壁から漏れる都の灯りが縮んでゆく。馬車が林地をいく。




 二日後の朝。

 馬車がデルカにあるイディエットの質屋前に到着する。


 道中、馬車の中で暴れに暴れてくれたミナリス姫を、いちど地下へ運んだ。そこで猿ぐつわの中にニンニクを仕込み、十字架のネックレスを着けると彼女は静かになった。


「このくらいの量なら姫さんも歩けはする」


 俺は理解して頷いた。


「分量を調整して、様子を見てくれ」

「収穫はゼロか」


 暖炉前のソファーへ腰を下ろさせてもらった。


「都警察の魔法銃(ファルセット)をぱくってきた。あれで結構稼ぎになる。旦那も良かったじゃねぇか。そのレイピアは、そうお目にかかれる代物じゃねぇ」


 赤いレイピアを見ると、血で連想してウィッチェンの最後の顔が脳裏に過る。


「かつては剣もよく流通したらしいがな。海の向こうから魔法銃(ファルセット)が入ってくると廃れていったらしい。いまじゃギルド会館の冒険者ですら銃を使う。そういや、旦那は魔法銃(ファルセット)持ってねぇんだな」

「使えないんだ」

「どういう意味だ?」

「そのままの意味だ。魔力が、ちょっとな」

「ちょっと? 魔力がないのか?」

「……ないってわけでもないんだが」


 実のところ、ないってわけじゃない。説明が面倒くさかった。


「俺が引き金を引いても魔法銃(ファルセット)が反応しないんだ」

「そりゃまた難儀だな。で、あの剣術は?」

「飛剣術っていうそうだ。露店の婆さんから買った参考書に書いてあった」


 イディエットが「飛剣術?」と口ごもりなら部屋をうろうろする。


「聞いたことねぇな」

「あれだけは使える」

「まあ何にしろ助かった。旦那がいなきゃ監獄行だった」


 俺はソファーから立ち上がり、


「ひとまず、宿に戻って寝るわ。姫は預かる」


 とろんとした声で俺は言った。とにかく眠い。馬車は揺れて仮眠もできなかった。


「預かるも何も、旦那が連れてきたんだろ」

「行くぞ」


 おとなしいミナリス姫へ声を掛ける。


「そうだ」


 入り口前で俺は立ち止まった。道中で考えていたことを思い出した。


「姫のことだけど、もう彼女を使ってどうこうしようってのはやめないか?」


 イディエットは言葉に詰まってから、


「旦那がそういうなら構わない。もう一度言うが、そいつは旦那が連れてきたんだ」

「彼女のアンデッド化を解く方法に、心当たりは?」

「蘇生させるつもりなのか?」

「霊廟で、助けてやるって約束したんでな」

「わからねぇ人だ。オークションに賛成したり、助けると言ったり」


 イディエットは呆れているようだった。

 元々、金を受け取ったら姫からニンニクや十字架を除去し、拘束具を解こうかと考えていた。落札者が手に負えなくなったところで、姫を誘拐してトンズラすればいい、といういい加減なイメージがあった。オペラホールを見たあとには、そのイメージはもう失われていたが。考えが浅はかだった。


「高位の聖職者なら可能だって話だ。だが注意しな。そいつはもう死んでんだ。死後の時間凍結を解くと、その瞬間から死が始まる」

「死が始まる?」

「腐敗が始まるって意味だ」

「どうすればいい?」

「本当に生き返らせるのか? そのままの方がレアだぞ」

「どうすればいい?」


 イディエットはため息をつき、


「医療に長けた奴が必要だ。まずその子が何で死んだのか調べないと。それから死んでるうちに治すんだそうだ」

「多分、破傷風だと思う。出血性ショックとか」

「旦那、医療の知識が?」

「そういうわけじゃ……聖職者と医者がいればいいのか? 高位の」

「口の堅い、が抜けてる」

「あー」


 納得の声が漏れる。そりゃそうだ。俺は誘拐犯だ。


「顔を見られたら王女だとバレる」


 イディエットが部屋の隅の木箱を漁った。彼が取り出したのは鉄のヘルメットだった。


鉄の処女(アイアンメイデン)って知ってっか?」

「拷問器具だろ」

「あれの顔の部分をフルフェイスマスクにしたものだ。デザインに目をつけた公房が大量生産して、冒険者に小売りしようとした」

「売れなかったのか」

「普通よりも若干重量がある上に、値段が高かった。あとに気づいて値段を下げても、もう誰も買わなかった」


 イディエットが投げたヘルメットを俺は受け取った。


「後ろに小さい南京錠がついてる。これが鍵だ」


 鍵も投げてくれた。

 姫に被せると小麦色の髪の毛も隠すことができた。後ろの南京錠を閉めておく。


「それで他人には開けられなぇ。顔を見せろと言われても安心だ」

「悪いな。何から何まで」

「皮肉か? 競売に失敗した穴埋めにはならねぇよ」


 俺は笑みを含ませ、


「普通に感謝を伝えただけだ。じゃあな、また来る」

「あいよ」


 こうしてイディエットとの短い旅行は終わった。


 地下を後にし、店の外に出る。

 朝日が眩しい。


「重いか?」


 姫が隣で歩きにくそうにしていた。


「宿に戻ったら外してやる。しばらくは辛抱してくれ。そのうちもっと軽くて良さそうなのを手に入れるから」


 路地を行き、いつもの木賃宿の前に戻ってくる。

 宿の戸を開けようとした瞬間、──多分、後ろから伸びた手に口を押えられ、後ろへ引っ張られた。

 何か吸わされたか。意識が遠いた。

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