第4話 質屋の店主〈ドワーフみたいな〉
質屋の場所は、以前デブレックスが教えてくれた。
普通の質屋じゃ駄目だらしい。あそこがいい、と彼はそう言っていた。
店の戸を開けると鈴の音が鳴った。
アメリカ映画で見たガンショップみたいなカウンターだった。店内は名前のよくわからない雑貨がほとんどで、角の生えた生物の頭蓋骨が壁に飾られていたり、安物っぽい剣の束が部屋の隅の籠に乱雑に入っていたり、液体の入った瓶が戸棚に並んでいたりした。
目隠しシートが張られたようなガラス窓で締め切られている。
「物を売りたいんだが」
「みんなそうだ」
ここに置け、と言うように不愛想な店主がカウンターをとんとんと叩いた。ドワーフみたいな形の背低い店主だった。表情と目つきが落ちくぼんでいる。小太りで、俺と同じハゲ。スキンヘッドだ。
白いドレス、下着、靴、ネックレス、金色のブレスレットをカウンターの銀のトレイへ置いた。店主がトレイの品を物色する。
「いくらぐらいになりそうかなぁ?」
「見てみないとわからん」
「っすよねぇ……」
一通り見終え、店主が白いドレスを手に取ったときだった。彼はドレスの襟の辺りに目を凝らしていた。その目が、顔つきが変わるほどガン開きになった。
「つかぬ事を訊くが」
と店主は前置きし、
「あんた最近、王族でも殺したか?」
「……は?」
しんとする店内に、俺と店主の息遣いだけが聞こえた。
「やっぱやめるわ」
その間に耐えきれなかった。。
俺がトレイの品を回収しようとすると、
「待て、待ってくれ。旦那、気が早いなぁ。買い取れないなんて言ってないだろ」
不愛想で物静かだった店主が、ひょうきんに変わる。
「いや、でも」
「聞いただけだ。答えてくれとは言ってない。俺は顧客第一だ。顧客の個人情報は死んでも守る。ここで話したことはどこに漏れねぇよ」
「……本当か?」
「命をかけていい。あんたもうちを利用したってことは、わかってんだろ?」
「何が?」
「うちがどういう店かわかってだろって」
「ここは友人から聞いた。物を売りたいなら他は駄目だ、ここがいいって」
「その友人は、ここがどういう店か教えてくれなかったのか?」
俺は肩をすくめた。
店主は溜息をもらし、禿げ頭をかく。
「あんたこれ、どこで手に入れた?」
「いや、どこというか……」
「殺したのか?」
「え」
「この服やアクセサリーの持ち主を殺したのかって聞いてんだ。できれば正直に答えてもらいてぇ。言っとくが、これらの代物は他じゃ売れねぇ。他へ持っていったら、あんたがこの国のお姫さんを殺したことがバレる。即お縄だ。そだなぁ……都の広場で火あぶりの刑にでもされんじゃねぇか? あんた運がいい、その友人に感謝するこった」
「ちょ、ちょ、待ってくれ。何で俺がこの国の姫を殺したことになるんだ。殺してないし」
「本当か? だがこのドレス、こんな質のいいドレスは一般の市場じゃ出回らねぇ。これがデルカのアパレル店に売ってると思うか? まあわからんわな」
「わからん」
「売ってないんだよ。こっちのアクセサリーや靴もな。極めつけは、この王家の紋章だ」
店主はドレスの後ろ襟にある文様を見せた。
「ワルスワン王家の紋章だ。先日、王宮から王女から脱走したという話を聞いた。まだデルカには入ってきていない情報だが、いま王宮はお姫さんの失踪に大忙しらしい。下手に情報を漏らせば、自分たちよりも先に盗賊が動いちまうってんで、都警察に捜索願を出し渋ってるそうだ。王宮内部の者だけで捜索してるんだと」
店主は両手の平を上向きに開き、トレイの品々を示した。
「これらはおそらく、ミナリス・ワルスワン王女の物だ、──と俺の勘が言っている」
自分の頬が痙攣しているのがわかった。
あの女、王女だったのか? 嘘だろ……。
「初めまして、闇商人のイディエットだ。イディエットと呼んでくれ」
店主が握手を求めてきた。
もうあんたは逃げられないぞ、と脅されている気分だ。
「よろしく」
俺は握手を受け入れた。
「そう固くならんでくれ、あんた何か勘違いしてるよ。俺は別にあんたを通報しようなんて思ってない」
「じゃあどう思ってるんだ?」
「あんたの目の前にいるのは商人だぞ。俺は、あんたが持ってきてくれたこれを、あんたからいくらで買い取るか、それしか考えてねぇ」
「な、なるほど」
買い取ってはくれるってことか。それならもう、それでいい。
「しかし惜しい。あんた、姫さんを殺したわけじゃないんだろ? んじゃ偶然これらを見つけたってことか。惜しい……もし姫さんの身柄を都オークションの競りにかけたとして……一〇〇万べリオンはくだらねぇ」
「一〇〇万べリオン!」
この世界の貨幣価値を俺はそれほど詳しく知らない。日本円で表すなら、値に対して三〇〇を掛けたくらいの金額だと思っている。
つまり一〇〇万べリオンは、三億円くらいってことだ。
「ちょ、ちょっと待っててくれないか」
俺はカウンターを離れた。店を出て、すぐ首だけ店内へ戻し、「あんたを信用する。ちょっと待っててくれ」と言ってその場を後にした。すぐに忘れ物を思い出し、店に戻る。
「中が見えない大き目の袋が欲しい。破れない、頑丈なやつを」
「大き目って、具体的にどのくらいのサイズだ? 何を入れる?」
「なんというか……人間ひとり、入るくらいの大きさというか」
俺がそう答えると、イディエットの口元がかすかに笑った。
「おっどろいたなぁ。あんたマジか」
霊廟の女改め、ミナリス・ワルスワンを詰めた頑丈な布袋をカウンター傍の床へ置いた。
「これ、何が入ってんだ?」
イディエットはうごめく布袋の中身を知りたがった。そのころには俺の緊張も解けていた。
「わかるだろ?」
俺は堂々と答えた。
イディエットが布袋の口をわずかに開き、中を確認する。彼女が見えたらしい。すぐに閉めた。
驚いた顔と三白眼がこちらへ振り向く。
「ミナリスだ。間違いねぇ」
俺は誇らしい顔をした。
「地下へ運ぶ。そっちの足を持ってくれ」
「地下?」
「こんなとこに置いて、客でも来たらどうする?」
そう言いながらイディエットは店の玄関扉を開け、おそらくドアにぶら下がっていた札を『閉店』に変えた。それからドアに鍵をかけた。
「さあ、運ぶぞ」
カウンター奥の事務所、その床下に扉があり、開けるとコンクリートみたいな階段が続いていた。地下はその先にあった。
俺たちは協力して、袋のままミナリス殿下を運んだ。
下まで降りると長い通路があり、左右に鉄格子つきの牢屋が並んでいた。ほとんど空だったが、一部動物の耳の生えた人間みたいなのが見えた。
俺は気にせず、イディエットと突き当りの部屋まで姫を運び入れた。
「よし、この絨毯の上に置いてくれ」
部屋はウッドベースで、ペンションみたいだった。暖炉があり、山中の贅沢な小屋を思わせる。
「秘密基地みたいだな」
「いいだろ? 闇で稼いだ金で作らせた」
絨毯の上に置かれた布袋の口を、イディエットが開こうとしたので「ストップ」と俺は言った。
「何だよ、姫さんの顔を拝ませてくれないのか」
「姫はアンデッドだ」
「は?」
布袋の口に触れたイディエットの手が止まる。
「話せば長いんだが……」
俺は何故だかすべてを話した。トラバサミのことは黙っていても良かったようなもんだが、彼が顧客情報は漏らさないと言ったので、それを信じた。というより、俺は疲れていた。誰かに罪を吐露したい、そんな気持ちだった。弱さが出た。
「小銭稼ぎに霊廟へ行き、売店で受け取ったガラクタのトラバサミを通路に仕掛けた。そしたらそれに姫さんが引っかかった。こういうことか?」
「そういうことだ」
「何で通路にトラバサミなんか置くんだよ」
「アンデッドがかかると思ったんだ」
「姫さんがアンデッドになっちまってんじゃねぇか」
「まあ、そうなんだけど……」
「まあ、ある意味アンデッドがかかったってことか、とびっきりの、高級なアンデッドがよお」
「そう、いうことになるのか?」
「あんたやはり運がいい」
運がいい、というときのイディエットの目は爛々としている。歯茎むき出しだ。職業病だろうか、ギルド会館にいる冒険者たちなど比じゃないくらいの悪党の目だ。
布袋からミナリスを出すなり、イディエットの顔は高揚した。
「売れる! こりゃ売れるぞお! 3割だ、落札価格の3割くれ」
「俺は7割ってことか? 逆にあんた3割でいいのか?」
相場がわからない。
「もっと吹っ掛けりゃよかったか? まあいい、俺は顧客第一だ。客をカモにはしねぇ。3割でいい」
「わかった。あ、その猿ぐつわと手錠は取らない方がいい。暴れるから」
「オークションに出すんだ。新しい猿ぐつわと手錠、足枷を用意しよう。それにこのローブも売れる。彼女が身に着けていたものも同時出品しよう、彼女が失踪時に身に着けていた物としてな、売れるぞぉ」
「出発はいつだ?」
「そう焦るな。オークションは来月だ」
「来月か……」
「どうした?」
「金欠なんだ。いくらか生活費をくれないか、今日の分だけでいい」
イディエットが尻から財布を取り出した。
「銀貨6枚は?」
「それでいい。助かる」
「旦那にとってもデカいビジネスってこった」
「そうだな。あと悪いんだが、ツケで刃物を譲ってくれないか。金は返す」
「刃物?」
「剣とかナイフとか。豚鶏を狩りたいんだ」
「豚鶏? あんなもん狩ってんのか、変わってんなぁ、旦那。剣なら店の隅の籠に安いのを大量につっこんである。好きなものを持ってけ」
あれか。さっき上で見たやつだ。
「助かる」
転換点が訪れたようだったが、生活は変わらなかった。オーディションの日まで、相変わらず豚鶏を狩って過ごした。




