第3話 掛かったのは王女殿下〈アンデッド〉
冒険者には、死がつきものだ。
あのギルド内の冒険者たちも、昔からいるような顔しているが、入れ替わりが激しい。どこからでも沸いてくるゴキブリみたいな奴らだ。あんなのが誰一人死なずにいたら、いまごろギルド内は人流で大爆発を起こしてる。
しょっちゅう、人が死ぬ。
豚鶏狩りも楽じゃない。飛剣術がなきゃ、俺もさっき大蛇に食われて死んでたかもな。
でも仮に死んだとしても、霊廟で死ぬよりはマシだ。
霊廟内で死ぬとアンデッドになる。そうなると生死の判断が謎な状態のまま、霊廟内を彷徨うことになる。どこかの冒険者が殺してくれるまで。
それが嫌で冒険者たちは霊廟を嫌がる。
「何かいい武器ある?」
『もってけ泥棒』と看板が出ている海の家みたいな木造の小屋の前で、俺は立ち止まっていた。時刻は正午前。日も晴れ空の海岸のように照っている。すぐそばに地下へと続く霊廟の入り口が見えている。晴れていようが関係ない。
「あるわきゃねぇ。で、何が欲しい?」
霊廟内には、俺みたいな腕に自信のない冒険者が集まる。多いってわけじゃない。生きてくためには墓へ潜るしかない。
時間をかけて物色すれば何かしら得られるだろう。だが漁り尽くされて高価なものは、もうほとんどない。
モンスターは少なく、たまにアンデッドがいるくらい。
ただし古い霊廟だ。天井が崩落して生き埋めになるかもしれない。そうなると確定でアンデッドになる。そのリスクを犯すくらいなら、と初心者くらいしかここを利用する奴はいない。そりゃそうだ、腕があるなら霊廟以外にいくらでもある。
カウンター越しに見える範囲で、店主の背後に乱雑に置かれたガラクタを物色した。たくさんは持てない。
「それは?」
「これか?」
俺は頷く。
「トラバサミだ。うちの家の蔵にあったんで持ってきた。昔はこれでよく鹿を罠にはめた。通路に仕掛けときゃ、アンデッドがかかるかもな」
「じゃあそれをくれ。あと、そっちの鈍ら一本を」
店主から錆びて刃に欠けのあるブロードソードとトラバサミを受け取った。
「死ぬなよ。死んだらアンデッドだ」
「はいよ」
ここではこのセリフが、冒険者を送り出す際の餞である。
人の手が加えられていないような天然の洞窟、その階段を下りてゆく。
下りるほど薄暗くなってゆく。下まで降りると、いつか現世にいたころインターネットで見た九龍城の通路のような光景が広がっていた。壁伝いに電線のような線が伸びており、照明が等間隔に設置されている。そのおかで松明はいらない。
だが明るいというわけでもない。
湿気が酷い。カビと埃臭い。空気が砂っぽい。あと生臭いにおいがする。
他の冒険者の気配がない。耳を澄ますが足音もない。
「もう誰も使ってないのか……」
上の売店も俺しかいなかった。
「二年前はもう少し混んでたけどなぁ」
誰かいたら俺の声に反応してくれ、そう思いながらわざと声に出して歩いた。
しばらく歩き進み、適当な通路にトラバサミをしかけた。
あの店主がどうして『アンデッドがかかるかもな』と言ったのか? それはアンデッドが元人間で、ここの霊廟の場合は冒険者であることが多いからだ。
冒険者は何かしら準備をしてからここへ入る。
一番いいのは初心者冒険者だ。奴らはここがガラクタの坩堝であることを知らず、準備万端でくる。いらない物を持ち込む、たっぷりと。
初心者冒険者のアンデッドでもかかれば、そいつの持ち物を売って金にできる。霊廟内の古い物品を探すより楽だ。
この行為をシーフだと言う者もいる。遺品なのだから役所に届けろ、と。
嫌だね。
冒険者は自己責任だ。もちろんこの俺も、ここで死んでアンデッドになったら、いつかどこかのヘボ冒険者に奪われる。
だから俺は今日、手ぶらでやってきた。あとはこのブロードソードだけだ。
何も換金できそうな品物がなく、ブロードソードをぶんぶん振りながら通路を引き返していたときだった。
悲鳴が通路に響き渡った。おそらく女のものだ。近い。
「冒険者か? まさかアンデッドと遭遇したとか……」
先を越されたか。ついてない。
いくつもの曲がり角を無視して突っ走る。気が付くと俺は、出入り口である階段から近いその通路へ戻ってきていた。
壁に背中を合わせた。そしてそっと通路の先を覗き込む。
「何、で……こんなところに……」
女がトラバサミにかかっていた。間違いない、さっき俺がしかけた奴だ。
考えが回らなかった。トラバサミにかかるのはアンデッドだけじゃない、人もかかりうるんだ。
「誰!」
女がこちらに気づいた。
俺は両手を上げ、通路へ出て行く。
「あんたと同じ冒険者だ」
「私は……冒険者ではありません」
「冒険者じゃない?」
尻もちをついた女の左足首へ、左右からトラバサミの刃が食い込んでいる。流血していて痛々しい。
「それ」
と俺は知らぬフリをし、トラバサミを示した。
「誰かが置いたようなんです」
「アンデッドでもかかると思ったのかね。気のまわらない奴だ、人だって通るってのに」
女の傍へ寄った。しゃがみこみ、彼女の足の具合を見る。
「すぐに剥がすと流血が酷くなりそうだ」
「そう、なのですか?」
女はよく痛みに耐えていた。
「……詳しくはない」
先にトラバサミを外した方がいいか。
女は確かに冒険者には見えなかった。何というか、品がありすぎる。
服がきれいだ。茶色のローブでごまかしているが、インナーに白のドレスっぽいものが見える。あのSランクの女の顔が脳裏によぎった。あいつと同じ修道服かとも思ったが、ドレスで間違いない。霊廟にドレスで来るとは……。
「あんた、見ない顔だな。デルカの人間じゃないだろ」
デルカとは、この町の名だ。
「どうしてそう思うのですか?」
「あんたのような一目見て気品がうかがえる美しい女性は、この町にはいない」
「う、美しいだなんて……」
壁の照明が彼女の赤らむ頬を照らした。ちょっと容姿を褒めただけでこれか、一体どこの温室育ちだ。
「とりあずそっちの小部屋へ移ろう。アンデッドが来ると困る。とその前に、このトラバサミ、先に外そうか」
「流血が酷くなるのでは?」
「と思ったんだが、この重りをずっとぶら下げてるってのも痛いだろ?」
「はい」
「どうする? 嫌ならこのままでもいいが」
「……抜いてください」
「外す?」
「はい。お願いします」
「わかった。じゃあローブの襟を歯でしっかり噛んで。舌を噛まないように」
彼女は言われた通りにした。
「トラバサミを開く。俺がいいと言ったら、足をゆっくり抜くんだ。いいな?」
彼女は頷いた。
自分でしかけて置きながら、俺は悪びれもせず飄々と話すことができた。不思議な感じだ。向いてるんだろうか、こういうことに。
「じゃあ、いくぞ」
トラバサミの左右に手をかけ、食い込む刃を肉から引き離しつつ、刃を開いた。
彼女の噛み締める歯の間から、悲痛の声が漏れる。
「いいぞ」
彼女の足が抜けると、俺は力を緩めトラバサミを閉じた。
小部屋にカチカチの布が巻かれた松明が捨ててあった。松脂が固まったものだろうか。彼女がマッチ棒を持っていた。それを使い、しばらく火であぶるとそのうち松脂が溶けて布に火が着いた。
室内が鮮明になると、彼女の美貌もよりわかりやすくなった。
庶民ではない。この世界の、というかデルカの町の庶民は、こんな線の細い綺麗な金髪は、生まれながらに持っていたとしても維持できない。すぐに汚れ、色素沈着して色が濃くなってゆく。
「それで、あんたは何で霊廟に?」
相当に痛かったらしい。彼女の額に汗の粒が見える。肩で呼吸している。
彼女を背中に担いで町まで戻るか。
「診療所の場所なら知ってるが、あんたを担いで町まで戻るほどの筋力が俺にはない。道中には獣がわんさかいる。俺ひとりなら、いつもどうにかなってるが、人を守りながら戦うほどの技術は俺にはない。だから応急処置をし、あんたがある程度一人で歩けるようになってから、一緒に戻ろうと思う」
「わかりました」
彼女は熱が出たような顔だった。
「薬や包帯がいるな。悪いが俺は金欠でな。買う金がない」
「これを」
彼女はふところから布袋を取り出した。
「これで、薬と包帯を……」
俺は受け取った。彼女の呼吸がさっきよりも荒い。
「買ってくる。扉を閉めてくよ、アンデッドが来るかもしれないから。連中に扉は開けられないだろうけど、一応気を付けてな」
彼女は頷いた。
部屋を出て階段を上がり、俺は数時間ぶりの日光を浴びた。
売店が見えてすぐ、店主と協力して彼女を担げばいいのでは、と思ったが店主の姿がなかった。帰ったらしい。ガラクタと店は施錠せずそのまま。
街道を駆け抜け、俺は町へ急いだ。
ギルド会館の外まで騒がしさが届いていた。
「名乗り出てください!」
女の声だった。会館の戸を開けると、またあの修道服の女がいた。
デブレックスの姿がない。こんな時に……。霊廟の彼女を一緒に運べないか頼もうと思ったのに。
修道服の女が俺に気づき、細めた目つきを向ける。いちど無視してカウンターまで歩いたところで、「そこのあなた」と呼び止められた。
「ん?」
「昨日もお会いしましたね」
「だから?」
「山で大蛇の死体と見つけたのです」
まずい……。
できるだけ心の平静を保った。俺は顔に出やすい。
「だから?」
「大蛇はとてつもなく巨大な、山や森に同化した生物です。胴体は大木のように太く」
「だから何だよ」
「誰があんなことをしたのかご存じですか?」
「知らないよ。俺は忙しいんだ」
カウンターの受付嬢に応急セットを注文した。後ろで女が「実は」と演説でもするように冒険者たちへ語り始める。
「ただの大蛇ではないのです。大木ほどに太い大蛇の胴体が、きゅうりでも切るかのように、斜めに真っ二つに切断されていたのです」
会館内がざわつきはじめる。
当たり前だ。大蛇ってのが噂にはいると聞いていたが、実際その目で見るまで俺も信じてなかった。竜にしてもそうだ。デカい生物を一目見たいと思い、いっとき探したが見つからなかった。
「あれはあの深層林とデルカ山の主です。普段は山奥にいます。見かけるだけでも珍しく、人に害のあるモンスターではないので狩猟依頼などはありません。もしあればAランクからSランクの依頼でしょう」
嘘だろ? 俺、殺したぞ。
受付嬢から応急セットを受け取り、貨幣で支払う。
会館内が一層ざわつき始めていた。この女、冒険者たちをびっくりさせて一体どうするつもりだ。
「先日、エルフェレンが竜の巣で何者かに殺害されました」
と女が言ったところで、会館内の冒険者たちがにやつき始める。胡散臭いからだ。この町にSランク冒険者を殺せる奴がいるとでも?
──いない。だから胡散臭い。
「大蛇の切断面ですが、大変綺麗な切り口です。そして、エルフェレンの首の切断面とも酷似しています」
会館内が静まり返った。
「わたくしは、この二つの事例を同一人物による犯行と断定いたします」
心臓のばくつきが収まらない。最近動悸がしてばかりだ。寿命が縮んでいってる気がする。めんどくせぇ。さっさとずらかろう、と女の背後を静かに通り、会館を後にしようと思った……のだが。
「お待ちなさい」
「……はい?」
うぜぇ……。
「何を購入されたのですか」
「……応急セットですけど?」
関係ねぇだろ。ったく。
「顔色がよくありませんね」
「顔色?……そうか? 気づかなった。鏡は持ち歩いてないんだ」
「今日の午前中のことかと思われます」
「は?」
俺は目尻に皺を寄せた。
「大蛇です。今日の午前中。いえ、夜中かもしれません。あの森へ入った者を知りませんか?」
「知らん」
そのとき、ふと冒険者の話声が聞こえた。
「深層林なら、トキオがいつも使ってるよなぁ? 豚鶏を狩るのによ」
「ん? ああ……そういやそうだ。つうかトキオくらいじゃね? あの山に入るの」
「山はおっかねぇからなぁ。熊もいるしよ」
女が「トキオ?」といぶかし気な目を会館内へ向ける。
「すみません。そのトキオというのはどなたのことでしょうか?」
「ん? そいつだよ。あんたの目の前にいんだろ」
髭面の冒険者が顎をくいっとやって俺を示した。
修道服の女の厳しい目つきが俺を捉える。
自分の表情が崩れたのがわかった。流石に動揺の笑みを我慢できなかった。
「へえ、あなたがトキオさんですか」
「そ、そうだけど……それが?」
「今日の午前もあの森へ入られたのでは?」
「悪いかよ、入ったら」
「豚鶏以外にも何か狩猟されたのでは?」
「はあ?」
「たとえば大蛇とか」
「あのなあ」
「嬢ちゃん、あんた勘違いしてんぞ」
髭面の冒険者が言った。
「勘違い?」
女の目線が冒険者へそれる。
「トキオは『牛鶏』すらまともに狩れない、万年ヘボの低ランク冒険者だ。大蛇なんかそいつに狩れるわけねぇだろ、アホか」
いいぞ、もっと言ってやれ、老け顔。
俺は髭面の名も知らん冒険者を心の中で応援した。俺は名すら知らないのに、相手に俺の名や、生活実態まで知られていることがこのギルド内ではよくある。こいつら全員俺のストーカーだ。
「Sランクのあんたにゃわかんねぇか? 下層の冒険者くずれの差なんてよぉ」
女が困った顔をした。
「そのハゲが牛鶏に負けて、血だらけになって帰ってきたとき、俺らに何て言ったと思う?」
「……さあ。何と言ったのですか?」
「『角があるから無理だわ』──そう言ったんだよ」
会館内の冒険者たちがバカ笑いした。みんな腹を抱えている。
「だから角のない豚鶏を狩ってんだと。ここじゃそいつくらいだ、牛鶏も狩れねぇのは。鶏サイズの生きもんに角が生えたくらいで一体何が変わるってんだ」
みんなガラスジョッキをテーブルに叩きつけ、泣き笑いした。手で口元を隠しながら、受付嬢まで笑っている。肩を震わすほどに。
「もういいか?」
俺が背中に声をかけると、女の申し訳なさそうな顔が振り向いた。どう言葉を返せばいいのかわからないらしい。
俺は卑屈な笑みを口元に浮かべ、わざと女へ見せつけ、怯んだ目をしてギルドを出た。建物を走って離れ、十分距離を取ったところで顔を元に戻す。
「っしゃ!」
ちょろいな。Sランクってのも大したことねぇ。どうせ脳筋なんだろう。
「まったく、修道服なんか着てるから自分の罪に弱くなるんだ」
霊廟の女が水を持っていなかったことを思い出し、飯屋に寄って水筒に汲んでもらった。その足で街道を抜け、霊廟へ戻った。
階段を駆け下り、小部屋を見つけた。一応ノックする。
「戻ったぞ」
中へ入ると、女が床に倒れていた。
「おい、大丈夫か。薬と水もってきたぞ」
歩み寄り、上体を起こしてやろうとしたときだった。
女の閉じていた目が、何か巨大ロボが起動するみたいに、ギンッ、と開く。女が襲いかかってきた。
「え、ちょッ!」
焦っているうちに、俺は馬乗りにされた。
「嘘だろ」
彼女の目つきがおかしい。狂暴で、俺を押さえつけている股の力が異常だ。さっき会ったあの温室育ちっぽい、か弱そうな女のものと思えない。
いっきに力を入れ、俺は彼女を放り投げた。床に彼女の身に着けていたローブが落ちている。それを拾い、闘牛士のように持った。
「アンデッドになっちまったか」
にしても早い、早すぎる。あの程度の怪我でこんなに早く死ぬだろうか。
考えている余裕はなかった。
彼女が両手の爪を突き立て、走ってくる。
何か策はないか、と考えながら俺はローブをひらひらさせ、彼女の顔を覆うようにして視界を奪う。
顔に被せてそのまま包んでやろうとしたが、うまくいかない。
まずはあの歯と爪だ。あれでやられたら、俺もアンデッドになっちまう。
次に彼女が突っ込んで来たとき、彼女の口にぴんと張ったローブの上端を食い込ませた。そのまま頭の後ろでローブを結ぶ。
彼女は猿ぐつわのように食い込むローブを取ろうと暴れた。
あとはこの両腕だ。俺は自分のズボンのベルトを解いた。背後から馬乗りになった。前のめりに倒れたところで、彼女の両腕を背中で縛る。
「豚鶏を相手にしてて良かった」
すべて奴らを狩猟する際に学んだことだ。連中はすばしっこく、小柄な割に力が強い。だがこちらが力の入れ方を学べば、俺のような細身でもそれなりに対処できるとある日気づいた。
「さて、どうしたもんか。アンデッドの助け方なんて知らんし」
そう声に出してみたところ、ふと考えが浮ぶ。
そもそも俺はどうして、彼女を助けようなどと思ったのか。
赤の他人だ。
冒険者とは赤の他人であり、仲間ではない。ギルド会館での俺への侮蔑、連中からの扱われ方がその証拠だ。
彼女の身に着けている白いドレスに目がいった。首元にはネックレスも見える。靴も上等そうだ。このローブだって安いセーターとカシミヤくらい違うだろう。
「結局、あんた誰なんだ?」
ぐうぅ、と室内に重低音が響いた。情けなく「うぇっ」とびびってすぐ、自分の腹の音だと気づく。
「そういや、昼飯食ってなかったな。金もないし」
この女から貰った金で飯を食えばよかった。応急セットと水に消えた。露店の婆さんから貰った短刀は砕け、俺の愛刀であるナイフも大蛇戦で砕けた。
あとはこのブロードソードのみ。錆びついたおんぼろ。足で踏みつけたら折れそうだ。豚鶏の肉に通るだろうか。
「しょうがないよなぁ」
女のネックレスを外した。それから白いドレスと下着、靴を脱がし、身ぐるみ剥いだ。




