第2話 人間〈俺〉の仕業
人間、銃を持ったら人へ向けて撃ちたくなるって言うだろ? それと同じだ。
どうせ当たらないし、届かない。届いても防がれる。どうせ……。
どこかでいい加減に、そう思っていた。
単なる悪戯だった。
だが俺の悪戯は……飛翔する斬撃は、エルフェレンの首を刎ねたっぽい。ちゃんと見てないから知らんが。
峡谷を離れ、山を駆け下りた。つまずいて一転し、樹木に激突する。痛む体を起こし、びっこ引きながら下山した。
木賃宿へ戻るなり衣服を脱いだ。まだ外は明るいが今日の豚鶏狩りはなしだ。今日だけは休もう。そう思った。
浴室の水で顔を洗った。鏡で自分の顔を見た。
何の気休めも浮かばない。妄想だが、あのエルフ野郎の首がすぱっと刎ね上がるシーンが頭から離れない。あとにあの女の悲鳴が宙に満ちる。
──それが延々と脳裏で繰り返される。
「はぁ……はぁ……くそぉ……」
息が詰まる。
部屋に戻り、服を着替えて布団に包まった。横になる。
とりあえず目を閉じた。
悲鳴がしつこく繰り返す。
目を覚ますと夜中の三時だった。窓の外は真っ暗闇。
金縛りにあった。
解けると、全身汗だくだった。服のまま川へ飛び込んだようだ。布団を出てシーツをめくった。衣服を脱ぎ、浴室へ行ってシャツとズボン、下着、シーツを洗った。
水を桶ですくって浴びた。
部屋に戻ってそれらを室内に干し、素っ裸のまま畳に胡坐をかく。窓から月明りが差し込んでいた。何の癒しにもならない。市場価値0円の月明り。
早朝、朝日がスキンヘッドの後頭部に突き刺すなか、別の服に着替えた。
「はぁ……今日はサボれない……」
日課の豚鶏狩りへ出かけよう。そう思い、木賃宿を出る。ギルド会館前にたどり着くと、通りを行く黒装束の列が目に入った。
参勤交代みたいだ。そう思ってすぐ、何の列か遅れて見当がつく。
「昨日の今日で……?」
人が亡くなった翌日の葬儀に、あれだけの参列者が揃うのは一体どういうからくりだろうか。そんなことをむかし婆ちゃんの葬儀で思ったことがある。
通りは野次馬で溢れていた。
人流のあいだを縫うのに苦労した。やっとのことでギルドの前へ到着すると、そこにデブレックスの姿があった。
彼は俺を見つけるなり「トキオ!」と俺の名を呼び、豪快に手を振った。
「聞いたか。あのエルフみてぇなやつ、死んだらしいぞ」
「死んだ?」
とっさに惚ける。俺の顔はおかしくないだろうか。違和感ないだろうか。そんなことを思う一方で心臓は脈を打ち、体は熱くなる。
「黒竜退治に竜の巣へ行ったんだと。んで、具体的に何があったのかは俺も知らねぇんだけど、やっべえぞ、あの兄ちゃん首がちょん切れちまったんだ」
「ちょんぎれ……ん?」
デブレックスは説明に難儀しているようだった。手で首が斬れる様をジェスチャーし、必死に伝えようとしている。もちろん、エルフェレンの首がどのようにして刎ね上がったのか、俺にはイメージできている。
俺が殺した。
そう、俺が殺したのだ。説明など不要。俺が殺したのだから。
「なんだ、今朝はやけに顔色が悪いなぁ」
デブレックスに指摘され、とっさに苦笑が漏れる。「はぁ? ええ?」と笑いながら、俺はギルドの扉を開いた。
「見てかないのか」
「日課があるんでな。Sランクが何人死のうが、俺には関係ねぇ」
そう口にしたとき、ふと女と目があってしまった。
それはエルフェレンのパーティーメンバーである修道服の女だった。声が聞こえていたらしい。彼女は目をぐっと開き、俺を睨んだ。
まずい。目が合っていないフリをした。俺は急ぐようにギルドのなかへ入った。
その背を彼女が追いかけてきたのがわかり、目の奥にぐんっと熱が走った。まずい、まずい……。やや眩暈がする。動悸が始まった。このまま倒れて気絶してやろうか。
「何が関係ないのですか!」
背中へそうぶつけられた。
振り返ると、両目を涙で真っ赤に濡らし、女は立っていた。
くそ、よりにもよって……間の悪い。何でこうも俺は間が悪いかねぇ。
自分の間抜けっぷりに辟易する。まさかパーティーメンバーに声が聞こえるとは。
デブレックスが入り口からこちらを見ている。額に片手を当て、「あちゃー」みたいなことをどうも言っているらしい。
ギルド内はしんとしていた。みんなが俺と彼女を見物している。
「わたくしたちは、あなた方のために命をかけて……」
女の言葉が涙声に消え入る。
「わ、悪かったよ……口がすべったんだ。いい加減に言っただけなんだよ、考えなしにな。あるだろ、そういうことって? 悪気はないんだ」
女の表情は変わらない。
女の口が動いた。何か言ったようだが聞き取れなかった。俺は「ん?」と聞き返す。
「竜じゃありません」
「え?」
「彼を殺したのは、竜じゃありません!」
言い直された言葉がギルド内へ響き渡る。ありません、という言葉が耳をつんざく。
「彼?」
俺はエルフ野郎のことなど知らないフリをした。
「彼って、ええ、ああ……つまり……」
すべて言葉にしてやることはない。精一杯の動揺を表した。顔の表情で、できうる限りの戸惑いと、困り果てる様を演じた。大げさ過ぎないくらいに。
彼女が答えないので、俺は肩をすくめた。
「エルフェレンを殺したのは、人間です!」
彼女は「人間の仕業です」と付け足すと、修道服のふところから何かを取り出した。目に映り、それが何であるのか理解した俺の頭は真っ白になる。
あの短刀だった。刀身部分が砕けた短刀。ジプロックみたいな透明の大きな袋に入れられている。間違いない、俺が捨てて帰ったやつだ。
彼女はそれをギルド内の冒険者たちへ、見えるように掲げた。
しばらく誰もが静観していると、そのうち彼女はギルド会館から出て行った。
肩をすくめながらデブレックスがこちらへ走ってくる。俺は動揺を隠しながら、彼と同じように歯茎むき出しの笑顔を作った。
一生分、心臓をポンプした気分だ。これ以上は血管が切れる。
「なんだよ今の、あいつめっちゃキレてんじゃん」
デブレックスは笑いを堪えながら、なぜか小声で言った。
「あいつ何でお前にキレてんだよ」
「知らね、職業病じゃね?」
そう答えてから、俺は我慢できなかったというふうに噴き出す真似をした。デブレックスが笑い声を上げると、俺も倣って笑い声を上げた。
心では、まったく笑えない。
気持ち悪い汗を、頭から尻の穴から全身でかいた。生まれて初めてというくらいにかいた。あれほど息が詰まったこともない。
「人間の仕業って何だ?」
「知らないよぉ。代わりに聞いてきてくれよぉー」
語尾を伸ばし、ふざけて答えた。
「やだよ、トキオが聞いてこいよ」
「御免だね。あんなヒステリックとは関わりたくない」
人笑い終えた、というタイミングを見て「じゃまた後でな」と切り上げ、振り返ると受付嬢が気まずい顔をしていた。俺たちが笑っているのを見ていたらしい。
何も答えてやるつもりはない。女の前で恰好つける癖は、頭髪と一緒に、二年前に失った。髪の毛ふさふさのエルフ野郎に頬を赤らめていたくせしやがって。社交辞令の顔だけしてろ。そう思いながら、いつもの依頼を申請し、俺は豚鶏の狩猟へ出かけた。
それから一時間くらいあとのことだった。
豚鶏を見つけ、適当に狩って下山するはずだった俺の目の前に、山の主なんじゃないかというくらい大きな蛇が現れる。
その深緑色は山の樹木に同化していた。
考えている暇もなかった。食われる、と思ったときには、俺はナイフで飛剣術を使っていた。
いい加減に左から右へ振り抜いたのだが、三回目にして、これまでにないくらい強力な斬撃が飛び出した。
大蛇の胴体は、真ん中でキュウリを斜めにスライスしたみたいに切断された。おまけに飛翔する斬撃は土をえぐり、辺りの木々を何本か切り倒した。
木が倒れるたび、樹冠のほうで鳥たちの飛び去る音がした。足元が揺れる。耳と胸に振動が伝る。
「っしゃあ!」
俺は両腕を掲げ、雄たけびを上げた。
この世界にきて初めての収穫だ。
「絶対主だ、違いねぇ!」
ギルドへ持ち帰ったら、一体いくらになるだろうか……。
そう考えてすぐ、脳裏に修道服の女の悲鳴が蘇る。エルフ野郎の生首。彼女が持っていた、俺が使った砕けた短刀。
「駄目だ……」
俺のレベルはギルドの連中に知られている。過去、俺がこんな巨大な生き物を狩猟できたことはない。まず間違いなく、どうやって殺したんだと詰問される。そのとき何と答えればいい。
「無理だ!」
しばらく考え、呼吸を忘れるほどに考え、そして吐き出した答えだった。
無理だ。
できるわけがない、俺にこんな大蛇、殺せるわけがない。
「あの胴体の切断部、あれを見られたらバレるんじゃ……」
百歩譲って、あの修道服の女は気づく。
「あ……」
持っていたナイフの刀身が砕け散った。ガラスみたいに。
「初めて買ったナイフなのに……」
この世界にきて依頼をこなし、奮発して初めて買ったマイナイフだった。呆気なくおじゃんだ。
ナイフは高い。本当は剣が欲しいところだが、あれは聞くところによると手入れが大変らしい。だから比較的コストの低いナイフにした。剣ほど豪快な狩りはできないが、これなら血抜きもできる。これ一本で成立する。
「くそぉ、次から次へと……」
どうにもできないので大蛇は山に放置して帰った。
一度ギルドへ戻り、デブレックスにスペアのナイフを譲ってくれないかと頼んでみた。
「悪い、俺も金欠で今月やばいんだ」
と断られ、
「しばらく霊廟に潜るしかないか」
翌日、俺は最終手段に出ることにする。




