第1話 奮い立つ斬撃〈覚えたて〉
女にモテたい。
暴力的に強い力が欲しい。
金持ちになりたい。
男で異世界行きたがる奴の願望なんて、所詮こんなところだろう。
斯く言う俺も同類だ。
いや、同類だった。訂正しておく。俺の場合、諦めた。
理由は一つ。
頭が禿げたからである。
脂ギッシュな禿げ頭に、いつもと変わらない日光を照らしつけながら、仕留めた豚鶏の血抜きをナイフで済ます。豚鶏とは、豚に鶏の翼が生えた鈍間なモンスターだ。
鶏肉のさっぱりとした歯ごたえは豚の油によって失われ、豚肉としての味は鶏肉の主張によって死んでいる。すべてが殺し合った食い物、それが豚鶏だ。牛肉のジューシーさや食感には到底とどかない。
この世界に迷い込んでから食い扶持がなく、俺は毎日こいつばかり殺してる。
ギルド会館のフロアには、丸テーブルに墓穴を掘ったような連中が溢れている。ビールジョッキ片手に、一生ここに居座るつもりらしい。今日も捕れたぞ、とそいつらへ死んだ豚鶏と死んだ目を見せつけ、俺は受付へ向かった。
「トキオ様、いつもありがとうございます」
小学生の頃から私立でした、みたいな顔した育ちの良さそうな受付嬢が、俺へ意味のない社交辞令の笑みを向けた。
「礼を言われるようなものじゃないよ、これしか狩れないから狩ってるんだ」
彼女が持って来た銀色のトレイへ豚鶏を置いた。サイズは鶏と一緒だ。だから片手で持てる。こいつは豚ではない、豚鶏だ。つまり、鶏である。
「トキオ様の継続的な献身が、ギルドへの一助になっています。スタッフ一同、大変感謝しています」
「そうかい?」
「あまり思いつめないでください。トキオ様が豚鶏をお持ちになるお姿を、私は何度も拝見しています」
「豚鶏を、ねぇ……」
「きっといつか、努力は報われます」
信用の得られない努力は、報われない。俺はそれをよく知っているつもりだ。
この受付嬢から俺に対する信用とは、いつも豚鶏しか持ってこないハゲ、だ。それがこの俺の努力に対する報いだ。
換金が終わると、貨幣とサービスのビールジョッキを受け取った。ここのギルドは俺たちのような、不敬不遜な輩に対して良心的だ。依頼一つにつき、完了すると無料でジョッキ一杯のビールをくれる。キンキンに冷えたビールだ。黄金色の泡の下で、ビールがややシャーベット状に固まりかけている。
「また今日も豚鶏か」
先に依頼を終えていたデブレックスが、ビールを流し込みながら言った。彼の右の席に俺は着いた。
「今日だけじゃない。昨日も明日もさ」
これと同じ会話を二年前から毎日繰り返している。進歩も成長もない証拠だ。
「聞いたか?」
「何が」
「今日王都からSランクの冒険者が来るらしい」
初めてする会話だった。
「Sランク? 何でまたSランクが?」
「黒竜の巣の調査だよ」
「何だそれ」
「知らないか?」
俺は首を振った。この町に住んで二年になるが、聞いたことがない。
「裏手の山をずうっと深く行ったとこにな、峡谷があんだ」
「そこに巣が?」
デブレックスが頷いて、ドン、と飲み干したジョッキをテーブルへ置いたとき、ギルドの扉が騒々しく開いた。
ギルド内が静かになってゆく。俺が豚鶏片手に現れても起きない現象だった。
ずけずけとギルド内に見知らぬ一行が入ってきた。一目見てわかった、彼らがSランク冒険者であると。相当に上質な鎧やらローブやら、それら衣服に身を包んでいる。間違いない。いまデブレックスが言っていた奴らだ。
「Sランクってのは、誰も彼も、俺たちのような凡人には到底及ばない天才って話だ」
「だろうな」
俺は鼻で嗤った。
数は四人。紫色のローブとロングハットの女、白い金糸の修道服の女、黒い鎧を着込んだ山みたいな体格の男──、
「おい、あの先頭の男、見てみろ。エルフみてぇな髪してら」
先頭に、ひときわ異彩を放つ男の姿があった。白に近い金髪で、女みたいな綺麗な顔をしている。
いつも俺に社交辞令の笑みしか浮かべない受付嬢が、発情したメスの顔になっている。顔全体がサウナ上がりのように紅い。ここからでも見える。
「何がエルフだ……」
俺に言わせれば、尿入りの石灰水みたいな髪色だ。
だが確かに目鼻立ちが整っている。この世界に整形手術なるものがあるかは知らんが、あったら確実にやってるであろう美形だ。
その他、女たちも一様に美形である。黒鎧の男も、むさ苦しいがイケメンの類。
「Sランクってのは、あれだなぁ、容姿まで一流だなぁ」
デブレックスがアホなことを言った。
「酒が不味くなる」
「なんだよ、連中を見てかないのか」
「見たら金でもくれるってのか。俺は忙しいんだ。明日も明後日も、鶏退治をしなきゃいけないんでな、竜じゃなくて」
ジョッキのビールを無理に飲み干した。返却口へ戻し、俺はギルドを後にした。
外の空気を吸い、町をしばらく目的もなく歩いた。いくら深呼吸しても、むかつきが収まらない。
まったく、見せつけてくれる。美形揃いに、頭髪はふさふさ。美女をふたり侍らせ、護衛のようなデカい男を従え……。
あれだけ髪がふさふさなら、そりゃ女も寄ってくるわな。
俺だって、初めからこんなネガティブ野郎ってわけじゃない。
この世界に迷い込んだばかりの頃は、夢や憧れを持っていた。わかりやすい冒険者という職業に、わかやすいランク付け、わかりやすい依頼に──。
あのエルフみたいな男、あいつらのことなら知ってる。
いつだったか王都新聞に載ってたやつだ。確か、名はエルフェレンと言ったか。王都でも一目置かれていると聞く。
インタビュー記事で、こんなことを言ってやがった──『下積み時代が長かったもので、食えないときがあって。飯が食えないと人って腐るんですよね』
「誰でも言えそうなこと言いやがって。そこらじゅうモンスターだらけだろ、食えないわけあるか」
この世界へ迷い込んだばかりの頃、俺には信用も職も、住民票もなかった。だが飯には困らなかった。豚鶏がいたからだ。ナイフ片手に森へ入れば、日に最低でも一羽には出くわす。
「容姿と能力は一流でも、舌は三流だな」
しかし、その少し考えればわかる嘘も、あのカリスマ的な美貌の前では真実になってしまうのだろう。
「ハーゲー!」
いつものガキどもに見つかってしまった。
五人くらいのガキが俺を囲い、「ハーゲ、ハーゲ」と合唱する。路地を通り過ぎてゆくお姉様方が、それを見て嗤っている。
「黙れ。それ以上言うと、将来俺のように禿げる呪いをかけるぞ」
「嘘だね、そんなのないよ」
しけたガキだ。
「トキオ、今日も豚鶏?」
「おうよ」
「明日は?」
「明日もだ」
「明後日は?」
いつもの質問に「明後日もだ」と俺が返すと、「万年ヘボだぁ!」と声をそろえ、クソガキどもは走り去っていった。
これに付き合ってやらないと奴らはいなくならない。それを覚えるころ、俺は溜息のつき方を忘れた。
「そこの坊や」
しわがれた声がした。振り向くと、路地裏から老婆が俺を見ていた。毒りんごでも持っていそうだ。
「婆さん、俺はもう二七だ。坊や、なんて呼ばれる歳じゃない」
「儂から見れば坊やも坊やじゃよ」
機嫌の悪いときに人の気を逆なでしないで欲しい。脳天まで上がりかけた熱を、鼻から息を吸って冷やした。
「……かもな。もう坊やでいいよ」
「物分かりのいい。しかし覇気がないのお」
「ほっといてくれ。疲れてるんだ」
「ではひとときの休息に、読書はいかがかのお?」
婆さんがローブの内側から文庫本サイズの本を取り出した。何の本かと思ったが、婆さんの姿でだいたい見当はつく。
「悪いが、俺には魔力がないんだ。魔法書なんて貰っても使い道がない」
俺は三重苦を抱えている。
髪なし、金なし、魔力なし。
「魔法書ではない」
何の気なしに婆さんから本を受け取った。表紙に目を通すと題名が見えた。
「『飛剣術』?」
そう表紙にはあった。
「それが坊やの得物か?」
俺の太ももにあるナイフを、老婆がじろじろ見ていた。
「得物っつうか……魔力がないようなもんで、しゃあなし使ってるだけだ」
「丁度ええ、それで十分試せる」
「飛剣術ねぇ……」
「今ならこの短刀もつけるぞ」
婆さんがふところから、俺のナイフよりも刀身の長い刃物を出した。
「いいなそれ、貰っとく」
「三〇〇べリオンじゃ」
「金取んのか」
「価値が明らかなだけ安心じゃろ? それともお主は、あえて無料に手を出したがる愚かなものかのお」
俺は老婆の手から本と短刀を取り上げ、銀貨三枚をその手へ押し付けた。
毎度、という老婆の声を耳に立ち去る。
この世界の言語は、神から与えられた特典なのか、迷い込んだときには理解できていた。会話は方言がきつくなければわかるし、文字に関しても通常は読める。
本を開くと優しい読みものであることがすぐにわかった。挿絵がついていた。剣の振り方が描かれており、居合斬りする人、野球のバットを構えたような人の絵がある。
「ふざけてんのか、これ」
歩きながら、思わず愚痴がこぼれる。
居合斬りらしき絵の下部には『居合斬り』とあり、野球のバッティングのような絵の下部には『バッティングスウィング』とあった。両手持ちで振り上げた絵の下部には、『ブルータルスウィング』とある。
「何だスウィングって。剣の振り方ってスウィングって表現すんのか……?」
胡散臭い。読み進めるほど胡散臭いと感じた。しかし挿絵は丁寧だ。
問い質してやろうと今になって振り返るが、先ほどの路地にはもう、婆さんの姿はなかった。
「くそォ」
三〇〇べリオンは、日本円で九〇〇から一〇〇〇円くらいの価値じゃないかと俺は考えている。妥協すれば昼飯が二回食えるくらいだ。
いつか市営図書にこもって本を読みふけったことがある。情報収集だ。この世界に迷い込んだばかりの頃、何かを知るにはそれくらいしか方法がなかった。
下手に書物に触れた経験があだとなった。
堕落した人間にこそ本は手っ取り早い。魔力がいらない、という婆さんの売り文句に釣られた。手っ取り早く、楽して技を得ようした報いだ。
最後のページへ差し掛かるころ、逗留する木賃宿に着いた。軋む木の階段を上がり部屋へ入るなり、俺はせんべい布団へ横になった。
翌朝、頭の痒みで目が覚めた。スキンヘッドは頭皮が丸出しなので乾燥しやすく、直接触れる枕の影響をもろに受ける。
とにかく側頭部の痒みが酷く、昨日風呂に入っていないことを思い出した。
シャワーなどない。浴室には、バスタブとは言い難い何かに水が張ってあり、桶で汲んで頭から浴びた。もちろん冷水だ。石鹸を禿げた頭と体にこすりつけ、念入りに腋の下まで洗う。一カ月以上前に買った切れ味の悪い剃刀で、生え始めの短い毛髪を剃っていく。
剃り終わると泡を洗い流した。タオルでふき取ると痒みはマシになっていた。
浴室を出、素っ裸のまま畳に立つ。昨日、婆さんにカモられて買った『飛剣術』が目に映る。溜息が出た。
わかってる。即時解決できる問題などほとんどない。わかってはいるが、こういった自己啓発本の類につい手を出してしまう。
おまけでつけてもらった短刀を手に取り、本にあったように構えてみた。
「確か、『バッティングスウィング』だったか……」
短刀の柄が短く、両手持ちが難しい。ぎりぎりどうにかなった。
野球をするみたいに構えた。本に綴られていた一文に習い、軽く振ってみた直後だった、かすかな風が室内に吹き、ピシッ、という音がした。
「……え?」
部屋の砂壁に亀裂が入っていた。
三角の彫刻刀で削ったような痕だ。指で確かめるとカスがぼろぼと落ちる。こんなところに、こんな大きな傷などあっただろうか。
……もっかいやってみるか。
『居合斬り』を試してみよう。鞘はない。ないが、鞘があるイメージで右手に持った短刀を、左の腰にある架空の鞘に納めた。そして振りぬく。
ピシッ──。
また音がした。
今度は疑わなかった。間違いない。俺だ、俺がやった。
「まじかよ」
木賃宿の安い砂壁に、獣が引っ搔いたような二つの傷がついていた。
「これが『飛剣術』……」
こいつがあれば、豚鶏が楽に狩れるかもしれない。
豚鶏以外の獣を狩る発想すら浮かばないことに気づいた。自分の幅と視野の狭さ、連想力の弱さに呆れる。疲れが沸く。何かできるようになっても、新しい虚しさを感じるだけだった。
この世界へ来て生活が軌道にのってから、豚鶏以外の肉にほぼありついていない。あの肉の味以外、思い出すこともない。
「試しに別のを狩ってみるか。これなら、獲物に近づかなくていい」
朝はまだ早い。俺は珍しく急いで服に着替えた。性懲りもなく子供のころのようにわくわくしていた。
宿を出たところで昨日のSランク冒険者たちを見つけた。道路を挟んだ向かいにリッツカールトンみたいな高級ホテルがある。奴らは丁度、そのホテルから出てきたところだった。
「荷物は持ったか。今日じゅうに奴の姿くらいは見ておきたい」
あくびを漏らしながら玄関口より出てくるパーティーメンバーへ、エルフ顔が言った。
朝から癪に障る奴らだ。
何が黒竜だ。食われちまえ。エルフ顔の奴から食われてほしい、そしたらデブレックスに豚鶏以外の肉を奢ってやろう。
「けッ──」
と唾でもない、舌打ちでもない何かを吐き出し立ち去ろうとして、俺はピンとくる。
奴らの後をつけよう。俺には飛剣術がある。さっき試したばかりで実際に使えるかは知らんが、丁度いい。豚鶏以外の獲物を何にするか考えていたところだ。竜以外なら何でもいい。
何気なく尾行したところ、糞真面目なSランク冒険者一行は鬱蒼とした森から山へと上がっていった。
こいつらどうせ都から田舎へ遊びに来たんだろ? アメリカのB級映画でよくある、休暇に友人の別荘へやってくる大学生集団みたいによ、と内心思っていた。そうであるならこの後スプラッター映画みたいな死に方してほしい。
だが違ったらしい。依頼を全うする気があるっぽい。道中ずっと竜の話をしてやがった。
『あれは熊と同じだ。辺りに警戒するなら木の上を見ろ。竜は、越冬を終えると必ず〈栓〉と呼ばれる糞をする。この糞は太くて大きく、木片が詰まっている。竜は越冬穴へ入る前に必ず尻の穴に栓をする。そして穴から出るとき、栓を出す。その際、太く固い糞を脱糞するのにもがき苦しみ、悲鳴を上げるんだ』
──と。
どんな悲鳴か紫の魔女が訊くと、エルフ顔は「エ──」とふざけた声真似をし、三人は腹を抱えて笑った。
緊張感のない奴らだ。ピクニック気分でこんな山入りやがって。
四人が崖の前で立ち止まっていた。水の音が聞こえる。俺は離れた大木の後ろに隠れた。
黒い鉄鎧の男が崖下を指さしてる。まさか、崖を降りるつもりなのか。
ここへ来たのは初めてだ。どうなっているのか、ここからだとあっちの景色がよく見えない。
黒い鉄鎧の男が俺の方へ戻ってくる。手にロープが見え、バレたか、縛られるのか、と思ったが、男は傍の太い木にロープを結びつけると先端を持ち、仲間のところへ戻っていった。
四人はロープを使い、順番に崖下へ降りて行った。
彼らの姿が消えたのを見計らい、木陰から出る。崖下を覗くと、遥か眼下に激流が見えた。視界の端に、降りられそうな場所も見つけた。
「あそこか」
四人の姿がない。連中、来る前にあるていど巣の場所を把握してやがったな。
あの足場付近に何か洞窟の入り口でもありそうだ。このロープを使わせてもらおう。俺も例に倣い、降りた。
足場へ降りきる前から洞窟の姿が見えていた。やっぱりか、都の奴らはここに竜の巣への入り口があると初めから知っていたんだ。
自然光を頼りに洞窟を歩き進んだ。松明が必要かと思い始めたあたりで、奥に明かりを見つける。俺は暗闇を抜けた。
目を見張る光景が飛び込んできた。
「なんだ、ここ……」
古代遺跡のようだった。天井からシャンデリアのような白い光が差し込んでいるが、その仕組みはわからない。外の光だろうか。
「ここが竜の巣?」
「というより、ここを竜が巣にしてるって感じだ、厳密には」
女と男の声がして、俺は柱の陰に隠れた。
あのエルフ顔──エルフェレンの声は覚えてしまった。いけ好かない声だ。
遺跡内部は、例えると中庭の大きな高層団地のようだった。洞窟の入り口はその最上階にあり、Sランク冒険者たちは通路を見つけて下層へと降りてゆく。
俺は柱の陰から下層を覗き込み、
「ざっと一四階くらいか」
いい加減に数えた。バレないよう、足音が聞こえないよう、十分な距離を取り彼らの後をついていく。階段を下りた。
Sランク冒険者たちが団地を下りきる頃、俺はその様子を四階辺りから見下ろしていた。下まで下りることはない。
金目のものがないか遺跡へ入ってからずっと物色しているが、一向に見当たらない。ここは下へと続くばかりで、道中に小部屋もなかった。物がない。モンスターの気配もない。一体なんなんだ、ここは。損した気分だ。
何かが上から振ってきた。と思ったら体が傾くくらいの風圧を肩に感じた。俺は地面に手をつかされていた。
銅鑼を顔の近くで食らったような重い音、次に振動があり、心臓というより腸にボーリング玉を食らったような衝撃を感じた。
立ち上がろうとして眩暈がし、バランスを崩す。片膝を着いた。天井から落ちる埃と砂が顔にかかる。ぷっぷっ、と唾を飛ばし、口に入った砂を吐いた。
踏ん張り、何とか立ち上がった。欄干から一階を見下ろすと、そこにどす黒い、大きな生物の姿が見えていた。
言葉を失った。何のリアクションも、感想も出てこない。
一刻も早くここから立ち去らなければならない。そう直感した。
「あれが黒竜……?」
一階の広場でSランク冒険者たち四人と黒竜が対峙している。四人の掛け声が俺のいる四階まで響いてくる。
「エル、指示をお願いします!」
修道服の女がそう言って、
「全員、展開! 配置に着け!」
エルフ顔が指示を出す。
竜を左右、正面から囲むように四人は動いた。
「構え!」
四人が同時に銃を向けた。
「撃て!」
エルフ顔の号令をへて、それぞれの銃口の前に魔法陣が展開する。総攻撃が始まった。
銃は、魔法銃と呼ばれている。ギルド会館の連中も全員使う。この世界の魔法使いにとっての杖みたいなものだ。
魔力のない俺には、どうあっても使えない。握っても反応しない。
四人が使っている魔法銃は、アメリカの戦争映画によく登場するM1ガーランドという半自動小銃によく似ている。
火やら雷やら、連中はひとりひとり違った色の魔術を銃口から放った。火薬は使っていないはずなのに、何故だか火薬の香りがする、──ような気がする。四色の攻撃が竜を襲う。
「何だこりゃ、ひでぇ……」
これじゃあリンチだ。動物虐待だろ、これ。
俺もこれまでせんど豚鶏を殺してきた。やってきたことは同じだ。だがこれは何というか、一方的過ぎる。今まで考えたことなかったけど、Sランク冒険者ってのはもっと神聖なもんだと思っていた。密猟でもやるような悪党に見える。
魔力を顔や首、翼や胴体に浴びながら、竜は悲鳴を上げた。
「見るのが嫌になってくる」
偽善だとわかってる。
俺たちは冒険者だ。依頼をこなし、金を得る。俺もこいつらと同じだ。違いはランクだけ。
だけど……ふと、あのエルフェレンとかいう金髪の顔が目に入り、俺は誤解が解けたような感情を抱いていた。爛々と光るぎらついた瞳、卑しく吊り上がった口元に光る、眩しい白い歯。竜に魔術を浴びせながら、彼は恍惚とした顔をしていた。
悪戯してる人を見ると、俺も悪戯してみたくなる。
俺はそんなことを想いながら、短刀を抜いていた。
どうせ俺はヘボだ。万年ヘボ。
そんなヘボの攻撃なんて、尊いSランク様には当たりもしないだろうし、当たったところでかすり傷ひとつつけられないだろう。わかってる。
どうでもいい。
悪戯というやつは、抱いた時点で完了されている節がある。
実行は、おまけである。何故ならほとんどの場合、実行されないのに人は悪戯を、その結果を、無邪気に想い抱くからだ。
ロマンである、悪戯とは。
「何にしよう……あ、そうだ。ブルータルスウィングってのをお見舞いしてやろう」
俺は短刀を両手に握りしめ、脇を上げ、頭の上で構えた。
そして心のうちで『ブルータルスウィング』と魔法を詠唱するみたいに言った。まだ名も無き一振りだ。それをエルフ野郎めがけて振り下ろしてやった。花瓶か石か、野球ボールを油断してる奴に上から投げつける気分だ。
で、すぐにしゃがんだ。
「くぅ……」
目をぐっと開いた。奥歯を嚙み締める。引き攣った顔を凍結させ、俺は唾液の混じる吐息を歯のあいだから吐いた。
「やっべぇ」
自分でやっておいてそう思う。
「気持ちぃ……」
とてつもないアドレナリンがあぶくのように沸いてきた。後頭部から頭全体が熱を帯びる。脇汗が出る。背中が燃えている。頭が痒い。
甲高い悲鳴が高層団地を突き抜けた。溶接工場から聞こえるような金属音みたいだった。いや、あれより刺さった。
俺はそっと欄干から顔を出し、一階を覗いた。
自分の心臓が一瞬止まった、ように感じた。
エルフ野郎の胴体に首がなかった。傍にエルフ野郎の美形な首が転がっている。ここからだ若干見えにくいが、多分、生首の目が開いている。
悲鳴の正体は、修道服の女だった。
弱っているかのような黒竜の姿も見えた。
もういい、見納めた。俺は首を引っ込める。そのまま足音が鳴らないよう、階段を上がった。
「俺か? だよな、あれ……俺だよな」
手元の短刀の刀身が、ガラスみたいに砕け散っていた。その場に捨てて帰った。




