第9話 管理された奇跡
対応は、早かった。
崩落が起きてから、三日も経たないうちに、神殿には人が増えた。祈りに来る人間ではない。記録を取り、測定をし、判断を下すための人間だ。
ノインが再び現れたのは、その朝だった。
「現地確認を行います」
挨拶はない。状況説明もない。必要なのは、手順だけだ。
彼の後ろには、前回より人数が多い。端末を持つ者、地図を広げる者、周囲の空気を測定している者。それぞれが、役割を理解して動いている。
ミレイは、香も焚かず、花も置いていなかった。彼女なりに、できる限りの配慮をしている。
「……ご迷惑を、おかけしました」
そう言って、頭を下げる。
ノインは、それを咎めもしなければ、慰めもしなかった。
「事故ではありません」
淡々と、そう言う。
「分類上は、環境変動による軽度事象です」
事故ですらない。
その言葉に、ミレイが戸惑う。
「でも……道が……」
「人的被害はゼロです。交通規制も、予測範囲内」
ノインは端末を操作しながら続ける。
「奇跡と呼ぶには再現性がなく、災害と呼ぶには規模が小さい。従って――管理対象です」
管理。
その言葉が、すべてを覆う。
俺は、彼らの動きを見ていた。
いや、観測されているのは、俺の方だ。
「神性反応、微増」
誰かが言う。
「だが基準値以内。封じは不要」
封じ。
その単語が、静かに置かれた。
ノインは俺を見上げる。
「あなたの関与は、限定的でした」
まるで評価報告のような口調だ。
「意図的な干渉ではなく、周辺環境への間接影響。想定内です」
想定内。
俺は、内心で理解した。
俺が何を思ったかは、評価に含まれていない。
重要なのは、結果だけだ。
「対応としては、信仰密度を下げます」
ノインが言うと、部下が即座に動いた。
「参拝動線を変更。滞在時間を短縮。香の使用は禁止」
ミレイが、わずかに息を詰める。
「……はい」
彼女は、反論しなかった。
反論できる余地がないことを、理解している。
ノインは、最後にこう付け加えた。
「この神性は、安定しています」
褒め言葉だ。
「むしろ、優秀です」
優秀。
それは、第5話で聞いた言葉と同じだった。
扱いやすい。
制御しやすい。
問題を起こさない。
それが、この世界における「良い神」だ。
作業が終わり、人が引いていく。神殿は、以前よりも静かになった。祈りは減り、声の密度も薄くなった。
それは、確かに安全だった。
ミレイは、神殿の中央で立ち尽くしていた。
「……よかった、んですよね」
自分に言い聞かせるような声だった。
俺は、何も答えられない。
だが、はっきりしている。
奇跡は、消えたわけではない。
管理されたのだ。
意味は削られ、
感情は薄められ、
危険性は報告書に収まった。
それで世界は、前に進む。
ノインは去り際に、振り返った。
「この状態を維持してください」
命令ではない。
要請ですらない。
前提条件だ。
石の身体で、俺は理解した。
ここでは、
神は判断しない。
神は拒まない。
神は、説明もしない。
ただ、安定して存在する。
それが、管理された奇跡の正体だった。
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