第8話 神は、止められない
それは、はっきりと「危険」だと分かる祈りだった。
声の質が違う。
感情が、切羽詰まっている。
願いではなく、命令に近い。
『……あの人が、来られなくなりますように』
言葉としては、柔らかい。
だが、その奥にある意図は明確だった。
排除。
誰かを、ここから遠ざけたい。
誰かの失敗を、確実にしたい。
俺は、初めて、はっきりと恐怖を覚えた。
――これは、叶ってはいけない。
だが、拒否できない。
否定できない。
祈りは、祈りとして届いてしまう。
俺は、必死に考える。
どうすればいい?
どうすれば、これを止められる?
直接伝えられない。
夢は歪む。
偶然操作は、結果を保証しない。
それでも、何もしないわけにはいかなかった。
俺は、思った。
――誰も、傷つかない形で終わってくれ。
それは、あまりにも曖昧な願いだった。
結果は、半端な形で現れた。
翌朝、神殿の外が、少しだけ騒がしかった。
人が集まっている。
落ち着かない気配。
ミレイが、慌てて外に出ていく。
「……通行止め?」
道の先で、小さな崩落が起きていた。完全な事故ではない。だが、危険と判断され、人の流れが変えられている。
それだけだ。
怪我人はいない。
死者もいない。
だが――
「今日、来る予定だった人、来られなくなったみたいです」
誰かが、そう言った。
胸の奥が、冷たくなる。
叶ってしまった。
完全な形ではない。
だが、意図は実現している。
俺は、理解した。
祈りは、善悪を区別しない。
神は、裁定者ではない。
ただの、通過点だ。
ミレイは、崩落現場を見つめながら、青ざめていた。
「……神様が、やったんでしょうか」
その問いは、俺に向けられていない。
自分自身に向けたものだ。
答えは、出せない。
俺がやったのか。
世界が勝手にそうなったのか。
区別は、もう意味を持たない。
ミレイは、唇を噛みしめた。
「……だったら、これ以上、期待させちゃいけない」
彼女は、その日のうちに、香を減らした。
花も、半分片付けた。
だが、もう遅い。
祈りは、人から人へと伝播する。
噂は、管理されない。
夜になり、祈りはさらに増えた。
『どうか、あの人が失敗しますように』
『私だけが、守られますように』
俺は、初めて、はっきりとした結論に辿り着いた。
神は、止められない。
力が足りないからではない。
権限がないからでもない。
構造として、そう作られている。
願いを集め、
拒否できず、
結果だけを世界に流す。
それが、この世界における神の役割だ。
ミレイは、その夜、神殿に泊まった。
眠れず、何度もこちらを見上げる。
「……見てるだけ、なんですよね」
小さく、そう呟いた。
俺は、答えられない。
だが、はっきりと分かっている。
見ているだけ、という役割は――
想像以上に、重い。
石の身体で、俺は初めて、「神であること」を後悔していた。
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