第6話 マニュアルに載っている神
それは、偶然聞こえた会話だった。
神殿の裏手、普段はあまり人の立ち入らない場所で、低い声が交わされていた。ミレイが掃除の合間に立ち止まり、耳を澄ませている。
「……この手順、また成功率上がったらしい」
「例の、旧式のやつか」
聞き慣れない言葉だが、意味は分かる。
旧式。
それは、捨てられる前提で使われる言葉だ。
ミレイは声を潜め、柱の影から様子をうかがっている。向こうには、見覚えのない二人組。神性保管課の人間ではないが、服装や口調からして、役所関係だろう。
「理由は相変わらず不明だそうだ。理論上は説明できない」
「でも安定してるなら、いいだろ。現場じゃ結果がすべてだ」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥が、ひどくざらついた。
――その理屈、知っている。
かつて、何度も聞いた。
そして、その理屈が通った場所では、必ず何かが壊れた。
ミレイが、小さく首を傾げる。
「……旧式って、なんのことですか?」
勇気を出して声をかけたらしい。二人は一瞬だけ驚いた顔をしたが、すぐに気に留めない様子で答えた。
「ああ。昔の形式だよ。神性を前提に組まれてる」
その言葉が、静かに突き刺さる。
神性を、前提に。
俺は、思い出していた。
祈りを受け取り、意味を測り、どこまで応えるべきかを考え、あえて何もしないという選択を含めて構成されていた、あの体系。
手順だけを抜き出せば、確かに「非効率」だ。無駄が多い。判断が曖昧だ。数値化できない。
だが、その曖昧さこそが、安全装置だった。
「今は、ほら」
役人の一人が続ける。
「神性がなくても再現できる方向に、調整してる最中だ。旧式は、そのつなぎ」
つなぎ。
その一言で、全てが繋がった。
俺は、完成する前の部品として扱われている。
ミレイは、よく分からないまま頷いていた。
「でも……神様がいるなら、直接聞いた方が早いんじゃ……」
二人は、顔を見合わせた。
そして、どちらともなく、苦笑した。
「いや、それは……」
「非推奨だな」
非推奨。
その言葉は、拒絶よりも冷たかった。
「伝達が不安定だし、感情が混じる。再現性がない」
「それに――」
一人が、言葉を選ぶように間を置く。
「神性は、誤差が大きい」
誤差。
俺は、静かに理解した。
意味を扱う存在は、誤差になる。
だから、削られる。
だから、補助にされる。
だから、石にされる。
二人は話を終え、その場を去っていった。ミレイは、しばらく動けずに立ち尽くしていた。
「……なんだか、難しい話ですね」
小さく、そう呟く。
俺は、何も言えない。
だが、はっきりと分かってしまった。
この世界は、俺を使っている。
だが、俺を完成形に含める気はない。
マニュアルに載っているのは、神そのものではない。
神だったものの、影だ。
それでも、その影が必要とされているうちは、俺はまだ残される。
だが――
影が不要になったとき、何が起きるのか。
石の身体で、俺は初めて、はっきりとした予感を抱いた。
これは、進歩だ。
そして同時に、終わりでもある。
本話もお読みいただき、ありがとうございました!
少しでも続きが気になる、と感じていただけましたら、
ブックマーク や 評価 をお願いします。
応援が励みになります!
これからもどうぞよろしくお願いします!




