第5話 管理される神
その日は、空気が違っていた。
風の流れが変わったわけではない。祈りが増えたわけでもない。ただ、神殿に入ってくる足音が、明らかに「慣れて」いた。
迷いがない。
敬意も、遠慮もない。
まるで倉庫に入るような足取りだった。
扉が開き、二人の人間が入ってくる。揃った服装。胸元には、見慣れない徽章。ミレイが一瞬、背筋を伸ばした。
「あ……」
彼女が何か言う前に、一人が淡々と名乗る。
「神性保管課。定期巡回です」
その言葉が落ちた瞬間、俺の内側で何かが固まった。
保管。
その単語は、祀るでも、敬うでもない。
保管する。
もう一人――先に立っている男が、俺を見上げた。感情の起伏が少ない顔。年齢は分からない。視線だけが、やけに鋭い。
「……反応、安定してますね」
彼は手元の端末を操作しながら言った。
端末。
紙ですらない。
ミレイは戸惑いながらも、頭を下げる。
「はい……特に問題は……」
「問題が起きてからでは遅いので」
遮るように言われ、彼女は口を閉じた。
男は俺の台座の周囲を歩き、角度を変えて観察する。祈る人間の動きではない。物品検査だ。
「管理番号、K-Ω-017。反応値、基準内」
その声は、淡々としている。
俺は、初めて明確に理解した。
この人間は、俺を“存在”として見ていない。
神でも、人格でもない。
機能。
あるいは、装置。
男は端末に何かを記録し、もう一人に目配せする。
「前回比、変動なし。局所的な偏りも観測されていない」
偏り。
その言葉に、ロウの顔が一瞬、頭をよぎった。
偶然が続きすぎている、と言った男。
だが、この目の前の人物は、同じ現象を見ても、まったく違う言葉を使う。
数値。
基準。
変動。
男は、ようやくミレイの方を向いた。
「あなたが管理担当ですね」
「は、はい」
「過度な信仰行為は控えてください。香の使用、装飾の追加、参拝導線の変更――すべて事前申請が必要です」
ミレイは、目を見開いた。
「え……でも、それは……」
「神性反応に影響が出ます」
ぴたりと、言い切る。
「反応が上がりすぎると、不安定になります。こちらとしては、安定していてもらう方が助かる」
助かる。
その言葉が、胸に沈んだ。
男は名札に手を添えた。
「ノインです」
それだけ名乗り、再び俺を見上げる。
「あなたは……優秀ですね」
唐突な評価だった。
ミレイが戸惑う。
「え……?」
「反応値が低く、変動しない。制御しやすい」
制御。
その瞬間、はっきりと分かった。
ここでは、それが褒め言葉なのだ。
ノインは続ける。
「このままでいてください。余計なことはしないで」
俺は、何もできない。
そのはずなのに、その言葉は、命令のように響いた。
ノインは端末を閉じ、最後に一言だけ残す。
「……神性は、補助要素ですから」
それは確認でも、提案でもない。
前提条件だった。
二人が去り、神殿に静寂が戻る。
ミレイは、しばらく動けずにいた。
「……あの人、怖いですね」
小さな声で、そう言う。
俺は答えられない。
だが、内心では否定していた。
怖いのではない。
正しいのだ。
管理する側として、あまりにも。
そして、それこそが――
この世界が、神をここまで追い詰めた理由なのだと、理解してしまった。
俺は、石のまま、ただそこに在り続ける。
優秀な神として。
扱いやすい存在として。
それが、この世界における「安定」だった。
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