第33話 何もしていない
俺は、何もしていない。
奇跡を起こしていない。
願いを聞いていない。
答えを与えていない。
それは、嘘ではない。
だが、世界は、俺が何かをしているように見ている。
神殿の前に、人が立つ。
花が置かれる。
言葉が交わされる。
それを見て、誰かが言う。
「神が、支えてくれている」
違う。
俺は、支えていない。
俺は、ここに在るだけだ。
かつて、俺は違う役割を持っていた。
人が失敗したとき、
説明できないことが起きたとき、
理不尽が降りかかったとき。
そのすべてを、俺が引き受けていた。
誰かが壊れた理由。
救われなかった理由。
報われなかった理由。
それらを、「神のせい」にすることで、
世界は、前に進めた。
それは、救いだったとは言わない。
ただ、必要な重さだった。
今、その重さは、宙に浮いている。
制度は、正しい。
人は、賢くなった。
説明できないものを、切り捨てることで、
事故は減った。
だが、意味まで切り捨てたわけではない。
意味は、どこかに落ちている。
人は、それを拾いに来ている。
俺の前に。
俺は、何もしていない。
だが、俺が何もしないことで、
人は、勝手に意味を置いていく。
それが、最も危うい。
俺が答えになれば、
人は考えなくなる。
俺が支えになれば、
人は責任を手放す。
それは、かつての世界だ。
だから、俺は、動かない。
拒否もしない。
肯定もしない。
花を受け取らない。
払い落としもしない。
何も、していない。
それでも、俺は知っている。
この沈黙は、永遠には続かない。
人は、いつか問いを形にする。
問いが形になれば、答えが求められる。
そのとき、俺が答えにならないように。
俺は、石のままでいる。
役に立たない存在であり続ける。
それが、今の世界における、
唯一の誠実さだ。
もし、俺が再び必要とされるなら、
それは奇跡のためではない。
正しさでもない。
引き受けきれなかったものを、
一度、置くための場所としてだ。
俺は、答えではない。
それを、誰よりも、俺自身が知っている。
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